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2023年12月17日 (日)

劇評「友達」(04年11月)青年座

Tomodati_20231217231801 この作品は、昭和四十二年青年座初演である。僕はこの奇妙な芝居の評判を新聞で見たのを覚えている。ある日突然独り者のアパートへ八人もの家族が訪ねてきて居座ってしまう話ときいた。そのころ、田舎の高校生(浪人か?)だった僕には、都会とはそんな闖入者があっても不思議ではないところというイメージがあった。東京オリンピックが終わり高度成長が始まっていた。翌年出た羽仁五郎の「都市の論理」が何故か売れに売れた。「都市ゲリラ」という言葉もあった。「都市」はその当時の思潮を表すメタファのひとつだったのだ。背景には、産業構造の変化による暮らし方の急激な変化があった。隣同志が名前も職業も知らないのが都会ではあたりまえになった。農村型の顔の見える共同体が解体し、孤立した個人の出現という新しい時代を迎える空気は存在した。戦後の民主主義は法的な個人を保証し、文学や思想に強い影響を与えた実存主義は自他を峻別する主体論を掲げた。

 

しかし、この個人という言い方にはどこか居心地の悪さがあって、頭で分かっていても実感に乏しかった。何故居心地が悪いのかといえば、個人の自由を束縛する「世間」というものが僕らの周囲にも心の中にもあったからだ。実態は名も知らぬ他人の集まりでその中心は雲をつかむようなものだが厳然として存在する共同幻想である。「世間」は「個人」と対峙した。個人とは時代を変えようとする意志であり世間はそれを阻止しようという旧勢力の喩えであり、その対立の象徴が「都市」のイメージであった。個人は自分の中にある世間とさえ闘ってこれを追いださなくてはいけなかったのである。


 

僕らは今日、不祥事を起こした会社や病院や警察、行政府の責任者がテレビカメラに向かって深々と頭を下げる様子を大変よく眼にする。あれは被害者ではなくて「世間」に対して謝っているとの暗黙の了解がある。世間の代表のような顔をして撮っているマスコミも、しかし代表づらなどしようものなら世間から逆襲をくらうということになっていて、一体誰が「世間」なのかまことに分かりづらい。とりあえず「世間」に向かって「お騒がせした」事を謝罪する。するとそれはおさまるというわけである。
こんなことは日本だけのことだ。外国なら被害者に謝ればそれでおしまい。「世間をお騒わがせする」という考え方は恐らく理解できないだろう。あの頃から既に、というよりずっと昔から日本にはこの「世間」という摩訶不思議なものがあって、遠くから見つめていたり時には寄り添って、幽霊のように取り憑いたり襲いかかってくる存在だったのだ。


 

この劇の冒頭に歌われる唄は「世間」と「個人」の関係を端的に示している。
「夜の都会は  糸がちぎれた首飾り  あちらこちらに  とび散って  あたためてくれたあの胸は  どこへ行ってしまった  迷いっ子  迷いっ子 」
個人は独りぼっちのはぐれものだから、その孤独を癒すために愛と友情を届けるのだと八人の家族が、ある男のアパートを訪ねる。男は婚約者と電話で話しているところだった。コートを来てトランクを下げたこの大所帯の家族は止めるのも聞かず強引に上がり込んだ。父親(嶋崎伸夫)は宗教家タイプの紳士、母親(宮寺智子)は妙な髪形、祖母(東恵美子)は屈託なく穏やかである。長男(桐本琢也)は「頭は切れるが、病身で陰性。元私立探偵。」次男(蟹江一平)は「アマチュアボクサーで新人賞、ギターを抱え」ている。長女(田中茉紗子)は「三十才、男に襲われる夢を持ち続けているオールドミス」次女(森脇由紀)二十四才は「善意を結晶させた様な、清楚で可憐」末娘(山本美也子)は「見かけによらぬ小悪魔」である。


 

男(横堀悦夫)は商事会社の課長代理、三十一才。出ていけと怒鳴るが父親は善意で来てあげたのだからと平然とトランクの荷物をだし始め、家族も部屋を割り当て食事を作るなど居座わる構えである。手品を見せながら巧妙に財布まで取り上げた。男は警察を呼ぶことにした。管理人(徳永街子)と一緒にやってきた二人の警官(福田信昭、山口晃)は、実害がないのだから関係者でうまく話し合ってくれといって帰ってしまう。この二人の警官は本物のようなリアリティがあって驚いた。


 

男はアパートで何かが起きていると疑う婚約者(小柳洋子)に事の成り行きを説明しようとするが、後をつけ回す長男に先回りされ結婚について男が逡巡していると吹き込まれる。事情を理解できない婚約者は知り合いのトップ屋に頼んで家族の意図を確かめてもらうことにする。ところがトップ屋は孤独な人々を救済する都会の隣人愛という父親の説明に感動し、自分も参加したいと言い出す始末。
長女が薄暗い部屋で酒をのみながら男に近づき婚約者は長男の手に落ちたかもしれないとほのめかす。そして男を誘惑しようとして上半身裸になったところで突然明りが灯り、次女が現れる。次女は姉の魂胆を見透かして家族を起こすと男が逃げようとしたと告げる。ハンモックに縛りつけていたのだから逃げようがなかったのだが。それ以上に給料は袋ごと取り上げ、退職金の前借りまでさせていたのだから、男に逃走資金はなかった。


 

父親は檻をもってこさして男を閉じこめる。立つ事も寝ることも出来ない。食事は次女が運んだ。しかし、男の病気はよくならない、あなたは謀反人だと言って責める。婚約指輪が長男の手を経て帰ってきた。男にはもはや関心もなければ状況にあらがう気力もない。次女はついに牛乳に仕込んだ薬で男を殺してしまう。
「逆らいさえしなければ、私たちなんか、ただの世間にしか過ぎなかったのに・・・」
終幕、家族がやって来たときのように身支度を整えて、トランクを持ちアパートを去ろうと打ち揃っている。父親が今日の朝刊を広げ主だった記事の見出しや広告を読み上げる。「・・・世界は広い、広くて複雑だ。さあ、元気を出して。みんなが我々を待っているのです。さようなら・・・」
あたかも寄生虫が宿主を食い殺し、新しい寄生先を探して出発するように不気味な笑い声を響かせながら「ただの世間」は去っていくのであった。


 

「劇」小劇場は初めてだった。外観はこんな狭いところで?と思うが膝つきあわせて見るのもたまにはいいものだ。大野泰の装置は幅三尺、高さは足下から天井まであるブラインドで四角い舞台を取り囲むというアイディア賞モノだった。これが自動的に上がったり下がったり、下がったまま開閉したりする。狭い空間で幕のような役割を果たし、さらに瞬時に開閉する機能はそれ以上のことを表現した。広い舞台ではこうは行かない。机の上のノートパソコンも映像を映し出してブラインドの機能性とともにデジタル時代の「友達」とでも言えばいいか、おもしろい効果を上げた。

闖入者ということでは同時代の別役実「マッチ売りの少女」を思い出すが、この劇の方が世間というはっきりしたテーマがあってわかりやすいかもしれない。ただ両方とも理不尽なことが起こるという点で不条理劇といっていいだろう。要するにこの時代は日本人の伝統的な暮らし方に実質的な変化が訪れた時期であり、作家の感性の根底には未来に対するさまざまな形の「不安」があった。世代の差以外にあえて二人の違いを言えば、別役が日本共産党の早稲田大学における細胞のひとつに属していたのに、安部公房は文学的発想の根拠をハイデッガーに置いて出発し左翼とは無縁であったことである。


 

もう一つ違いを言えば、別役の描く世界では「状況」は迫ってくるが中の人間関係は淡泊である。一方、この劇にしても「砂の女」や「燃え尽きた地図」などの小説でも描かれた世界は異常だが印象は案外乾いている。しかし中の人間と人間の関係は濃密で執拗である。若くしてハイデッガーに関心を抱いたという安部公房の感性が作品の中で自己と他者の関係性にこだわり続ける原動力になっていたのであろう。

演出の越光照文はこの「関係性」について必ずしも丁寧に描こうとはしていない。父親および母親と祖母は世間の善意の象徴と考えていいが、五人の子供たちの男に向き合う態度はそれぞれ全く違う。知的で狡猾そうな長男、暴力的で酒飲み、ボクサー上がりの次男、屈折していて直情型の長女、禁欲的で清心とみえる次女、早熟な三女と並べれば、作家が何故このようにはっきりと違うキャラクターを用意したのか考えてみたくなる。しかもそれは兄妹という設定である。「ただの世間にしかすぎない私たち」は世間のどんな側面をそれぞれ分担したのだろうか?
寓意を詮索するのは作品を狭い世界に閉じこめる俗流という言い方もある。しかしそれは戯曲として読むのなら正しいかもしれないが、舞台では具体的に役者が向きあうのだから関係性の基本設計だけでもあるべきだ。みたところ、戯曲に忠実なのは分かったが彼らが男に示したむしろ「悪意」の理由について得心のいくシグナルが示されることはなかった。


 

この印象を作ったのは「男」の横堀悦夫が最初とほとんど同じテンションで最後まで通したということが大きい。
大家族の闖入にはもっと怒るべきだった。警官の対応にも同様である。この後いったん状況を受け入れ、次ぎに婚約者とのやり取りで救いがあると考えた心理状態の起伏がもっと大きく表現されていい。

トップ屋が家族の善意にシンパシーを感じ、婚約者も去っていくところでタイミングよく、しかし唐突に長女の誘惑があるが、このふたりのかみ合っていない場面もよく分からない。(本自体が中途半端な書き方になってはいるが)次女が入ってきて「逃げようとした。」と言いがかりをつけ、姉の魂胆をけん制するから、どこかよそでも同じことがあったのだろうと思わせる。ところが男の態度はここでもはっきりしない。次第に抵抗を諦め無気力になるなら、そのように表現するべきだ。

こう言う視点は、演出家が始めから男の「告発不可能性」を意識しているからである。男の側から見たら必死に抵抗するはずである。つまり男は告発可能性を信じている。だから男の抵抗が激しければ激しいほどこの劇の「黒い喜劇」と言っている悲劇性が増幅するのではないか?


 

初演当時は石川淳、埴谷雄高、長谷川四郎、三島由紀夫というそうそうたる面々が推薦文を寄せたようだが、これははじめて書かれた本格的な不条理劇という話の構造を称賛したものだと思う。巨匠夷斎石川淳は「この舞台の世界に起こる事件は地球上の問題だ。」と評したようだが、この大仰なものいいは仲のよい後輩に対する敬意の表現でそれ以上でも以下でもなかろう。この舞台を見ると、筋書きはいいが、ディテールの表現には問題がないわけではない。例えば唐突に現れる長女と男のからみの部分はもっと書き込まれていなければならない。婚約者との終わり方も曖昧である。また、後半の展開が急で不条理とは言え薬を盛られる理由があまり合理的でない。そんなところに、なんとなく演劇好きの小説家が書いた戯曲という気配を感じる。

書くほうは観客などハナから意識していないのだから、演出がしっかりしなければならない。横光照文の演出には上のような不満が残った。
横堀悦夫については既に書いたが、彼はボオとしたところが持ち味で、はじめからこの役には向かなかったのではないか?他に長女をやった田村茉紗子が目に付いた。ただし、メークとかヘアスタイルはあれでいいとは思はない。美人だけに一人浮いて見えた。
この芝居を観て少し立ったある日新聞の死亡欄を見て驚いた。徳永街子が亡くなったとある。プロレタリア作家の徳永直の長女だった。あの日目の前で管理人役の長い口上を聞いたその人は顔色も悪く生気もなかった。よほど悪かったのか。
とにかく冥福を祈る。


 

この芝居は青年座の五十周年記念として下北沢の五つの劇場でそれぞれ別の演目を同時に上演したもののひとつである。他は見ていないが、こんなことが出来る劇団が今どきあるだろうか。快挙である。
この機会に青年座のHPをのぞいてみたら、研究生の公演があるというので12月のはじめに行ってみた。演目は永井愛の「萩家の三姉妹」。若い俳優のどこがよくて何が悪いかわかった。いつか感想を書こうと思う。
        
      (2004.12.17)
 

 

題名: 友達
観劇日: 04/11/26
劇場: 「劇」小劇場
主催: 青年座
期間: 2004年11月25日~12月5日
作: 安部公房
演出: }越光照文
美術: 大野泰
照明: 桜井真澄
衣装: 合田瀧秀
音楽・音響: 高橋巌
出演者: 横堀悦夫 小柳洋子 東恵美子嶋崎伸夫 宮寺智子 桐本琢也蟹江一平 田村茉紗子 森脇由紀 山本美也子 徳永街子 青木鉄仁 福田信昭

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2023年11月28日 (火)

劇評「クリスマスキャロル」(02年)劇団昴

Kurismas毎年恒例の公演だということだが、何度かみているというつれあいにさそわれていい年をしてと思ったが、はじめてみた。 音楽劇に仕上げてあって、担当した上田亨は手慣れた様子でこの話に、曲想や演奏、タイミングという点で過不足のない、いい曲を書いていた。 問題は脚本で、全体に甘い。 スクルージが冷酷でけちで、不信心のひねくれもの、情というものをいっさい解さないという男であればあるほど、この話は面白くなる。つまり、最初に、弱い者いじめを徹底的にみせて観客の憤激をかき立て、精霊に懲らしめられる場面で観客の怒りを解き放ち、最後の改心によって観るものがカタルシス得るという構造である。 この点で、河田園子の脚本は、スクルージに手心を加えてしまった。
  前半の描き方は、スクルージの悪意に焦点がなければならなかったが、いじめられているものが、家族愛によって耐えている様子の方が強調されているように見えた。ここは踏ん張って、スクルージがいかに悪いやつかを徹底的に描くべきだった。 金尾哲夫のスクルージも、意地の悪さや吝嗇ぶりを示すのに身体全体を使うよりは、主として顔の表情だけで表現しようとしたために悪役ぶりが薄められて、脚本の甘さを助長した。子供が見ていたら、憎悪が湧くというよりは少しこわい学校の先生ぐらいにしか見えないのではないか。僕にも人の悪い上司が部下をにらみつけている程度にしか感じられなかった。

 


  この話をひとつの寓話とみなして脚色するなら書くものの自由である。しかし、河田園子がディケンズの「クリスマスキャロル」を描こうとしたのなら、決定的に見逃したものがある。 それは宗教的な背景である。「神は見ている。」という怖さを日本人の感覚では、理解しにくいと思うが、この「恐れ」(=超越的な存在に対する)が物語の土台を作り、通奏低音のように存在していることを河田はおそらくほとんど意識していなかった。(そこを外すと、単なる勧善懲悪のお話になってしまう。) その結果、人間の悪意と不信心の象徴と「神」〈新教における〉との対峙という深刻な課題としてスクルージをとらえることが出来なかったために、この主人公が単なる意地悪人間のように描かれてよしとしたのではないか?僕はそうにらんでいる。
 

 

こういう認識の甘さがあったので、各プロットの描き方に締まりが無く、全体にお子様向けのお手軽な印象を与えてしまった。 この印象は美術にも表れていた。加藤ちかは、大きなクリスマスツリーを舞台中央において、背景の板に開けた同じ形の空間を通して、必要に応じて出し入れしたが、この空間がメルヘンというよりは便宜的で安っぽい漫画のように見えた。街の様子が雑然としているのは、ねらいだったかもしれない。しかし、その主な原因は、パステルカラー調の色使いにあって、褪めたような色の装置や小道具が作り物であることと寓話性を強調したことが、かえって舞台全体のビジュアルコンセプトを焦点ぼけさせたところにあった。衣装も同じような発想にみえたのは、河田演出の注文だったのであろう。


 

  こういう舞台美術の表現感覚は、才能もあるが、体験すること、多くの舞台を見ることで養われるものだと僕は思っている。同じメルヘンタッチでも、色や形の採用によって暖かくもシャープにもなりうる。研究してもらいたい。 それにしても北川勝博は怪優である。どんな役でもやってのけるが、いつでも北川勝博をさらけだしている。今度の舞台も何役やったか数えてなかったがずうずうしいくらいの存在感は、いったい特やら損やらわからない。もっと目を大きく開いて演ったら、「特」の方に少し傾くかもしれないと思うが。 ついでによけいなことだが少しダイエットをしたらどうか。 
  オルガン弾きの新喜ゆかりがよくやっていたと思ったら初舞台とのこと、今後も自信をもってやってほしい。 田村真紀の精霊ぶりもよかった。

 

河田園子は、今度の舞台は「家族」をテーマにしようと考えたようだが、その演出意図はよく出ていたと思う。その点では満足していいと思う。 しかし、観客の方から眺めると、ドラマとして面白いことが第一義的関心である。スクルージが悪の権化で、それを懲らしめ改心させるというドラマの起伏が激しければ激しいほど面白いし、その振幅がリアリティを欠くほど大きくなったときに観客は引いてしまう。この物語の場合、その臨界点を押さえるのがディケンズの時代の宗教的な倫理である。 こうしたことを十分に吟味し立体的なものとして構築したうえで、その背後に「家族」というテーマが透けて見えてくるようにつくれたら観客の満足度はもっと上がっただろう。 何しろ、このところ会社人間だったことをやめたお父さん達が家庭に帰ってきて、日本中が「家族って何だったんだっけ?」と考えはじめている。 河田の関心は、問題意識という程のものではないが、ずばり時代の核心をついていて、この人の演出家としての感度のよさを間違いなく示している。                         

 

(2/12/03)
題名: クリスマスキャロル
観劇日: 02/12/17
劇場: 三百人劇場
主催: 劇団昴
期間: 2002年12月17日~25日
作: チャールズ・ディケンズ
翻訳: 河田園子・菊池准
演出: 河田園子
美術: 加藤ちか
照明: 石島奈津子
衣装: 岩倉めぐみ
音楽: 上田亨
出演者: 金尾哲男 田中正彦 北川勝博   宮本充  西村武純 田島康成 金沢君光 奥田隆仁 竹村淑子 大坂史子 田村真紀 矢島祐果 新喜ゆかり 喜田ゆかり

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2023年11月21日 (火)

劇評「蜘蛛女のキス」(05年)

Kumoonna 

ウイリアム・ハートがアカデミー賞(主演男優)をとった映画で知っていた。20年以上も前の作品だ。たまにテレビで彼がそれらしい格好ででているのを見かけて、なるほど当時いろいろあった賞を総なめにした「演技」だわいと感心した。感心しただけで、まともに見てはいない。同性愛ものは嫌いだからだ。

これだけ長い年月のうちに、たくさん情報が入ってきたからだいたいの話は知っている。マヌエル・プレグの原作も評判だった。南米といえばガルシア・マルケスに代表される幻想的な小説を思い出すが(ほこりっぽくて嫌いだ。) 全編会話体で読みやすく、主人公がゲイであることも気にならないという人が多い。小説を読むほうがいいらしい。ゲイの何であるかよりも、ラテンアメリカというものがわかるかもしれない。いや、ますます理解できなくなるか。ただし暇だったら。


 

なぜ、嫌いなものを見る気になったかというと、今村ねずみである。「ザ・コンボイショウ」で驚いて、以来Yがひいきにしている。今村は若い頃「夢の遊眠社」にいたが、野田秀樹に見る目が無かったせいで、一度も舞台に立つことなく二年で劇団から去った。ビートたけし(なぜかヨーロッパだけで評判の)映画監督)僕は一本だけ見て、こいつは才能ないやと見限ったが)兼(日本では一応)コメディアン兼大学教授(!)が、芸人たるもの一度は見るべきと絶賛した舞台を創り出した偉才であった。野田なんかのところでぐずぐずしてなくてほんとによかった。それからずっとストレートプレイには縁がなかった。ようだ。

 

「コンボイショウ」を見たらわかるが、あれは体力がいる。企画力も、メンバーを束ねる統率力も、(二十年続けてきた)持続力も必要だ。上大岡の化粧品店の二階で出演者より少ない観客の前で「コンボイ」を始めた二十歳代の今村も、いまや50歳を目の前に迎えている。そろそろ新しいことを考えても誰も文句は言わないだろう。

というわけで、今村ねずみのストレートプレイデビューを見に行ったのであった。
結論から言えば、はじめからこんな難しい役どころをやろうとしたのは最悪の選択だった。むろん今村だけが悪いわけではない。この芝居をまったく理解していなかった演出の松本祐子がA級戦犯だろう。あの役は、ほうっておけば「泣き」芝居になるに決まっている。素人同然の(少し大げさに言えばだ)役者に台本を渡して、書いてある通りに読ませた。演出は、ゲイとはこんなものだろうと当たりをつけていたのだろうが、今村もそれに応えてその「こんなものだろう。」という表現を作り出した。

 

結果、作り声に一本調子の泣き芝居の平板退屈えせゲイ役者が出来てしまったのだ。松本祐子もいっぱしの演出家だというなら、横面ひっぱたいて作り声はやめろというべきだった。ウイリアム・ハートのアカデミー賞演技を見せて、振り付けしてでももっと人間としての奥行きを見せなければいけなかった。ゲイは特別の人間ではない。そしてとりわけ女ではない。
最後まで見る気になったのは、二つの理由からである。
一つは何といっても、原作のストーリーテリングの面白さである。演出は、何もしないでこの話の展開に寄り掛かった。
冒頭、モリーナ(今村ねずみ)がバレンティン(山口馬木也)に一方的に語り始める映画の感想が興味深い。最初は今村の語り口にうんざりしていたが、どうもしゃべっている内容は筋がいいらしい。何本か話題にしたが映画の批評として的を得ていることは、その映画を見たこともない僕にもわかるのだ。モリーナの鑑賞眼を見るとその知性が、ゲイであることと関係なく、意外に高いことに気付かされる。

 

政治犯バレンティンと少年に手出しをした罪で8年の刑を食らったゲイが同じ獄房で送っているという不思議は、まあ、そこがラテンアメリカとあいまいに理解した上で、その理由である、権力がバレンティンの反政府組織の情報をモリーナを通じて手に入れようと画策しているらしいことが次第にわかってくる。
最初はゲイを拒絶したバレンティンがモリーナとことごとく対立する。しかし映画の話を聞くともなしに聞き、生い立ちや母親の話に耳を傾けているうち、バレンティンはゲイのおしゃべりに耳を傾け始める。

あるときバレンティンが猛烈な発熱と下痢に襲われ、止まらなくなる。当局の陰謀であった。ついに失禁したところをモリーナに見られるが、モリーナは献身的にバレンティンの世話をする。熱は下がらず、食欲もないままベッドに横たわっているバレンティンを慰め、母親からの差し入れの果物やスープを与えて看病を続けるモリーナ。バレンティンはこの根源的な優しさに触れて、急速にモリーナに心を開いてゆく。


 

権力側は、親しくなったモリーナが、バレンティンたち反政府組織に協力を誓い、バレンティンがその申し出を受け入れてくれることを望んでいる。
病気から立ち直ったあたりで、ついに二人はベッドをともにする。
この後はいつモリーナを釈放することにするか、タイミングは微妙である。バレンティンが外の仲間と連絡をとりたいとモリーナに頼めば、それをたどって仲間を一網打尽に出来る。果たして釈放寸前になってバレンティンは仲間との連絡方法を耳打ちするのである。

こういう話の流れが起伏に富んでいてスムースであり、裏にある権力の意図も透けて見える緊張感が厭きさせない。それだけを考えれば、なぜモリーナはゲイでなければならなかったかという必然性が疑わしい。女であることは常識的にあり得ない。男であったなら、こういう友情が成立しやすいことは想像できる。しかし、マヌエル・プレグはあえてモリーナをゲイに仕立てた。モリーナの中にゲイの本質があるといわんばかりに。


 

僕の持続力を支えたもう一つの理由は、山口馬木也である。この俳優はどこから出てきたものか、はじめて見たが、第一声を聞いて「うまい!」と思った。モリーナに比べれば遥かに楽な役どころだが、それにしても僕にとっては無名の若い役者がこれほどやれるとは驚きだった。声がいい。せりふを十分咀嚼した上で吐かれる低音の声が良く響いた。松本祐子の演出がここで働いていたかどうかはわからない。ぼくには彼が勝手に作り出したバレンティン像のように見えたが。背が高くて筋肉質の体格がいい。いかにも男っぽい体つきで、今村ねずみとは対称的のところが芝居の内容にあっている。頬からあごにかけての筋肉のつき方が悲劇的で雰囲気がある。こういう顔はゲイにとってもほおっておけない存在であろう。
この芝居は僕にはバレンティンが山口馬木也だったから、見続けていられたといっても過言ではない。

ところで、最初に同性愛ものは嫌いだと書いた。嫌いだから見ないようにしているのは事実だが、何か偏見があるのか、差別しているのかと思われても心外だから書いておこうと思う。

性愛あるいはゲイの存在については否定の仕様がないと思っている。それを装う、あるいは演技としてゲイを演ずるものを見るのがいやだといっているだけのことである。
この小説は、物語の構造だけを考えればモリーナがゲイでなければならない、ことはない。なぜゲイにしたかといえば、マヌエル・プレグがゲイを書きたかったからに違いない。何よりも彼が精神においてゲイだったからだろう。
だから文学者の責務として同性愛は犯罪でないことを声を大にして訴えたかったのだ。

 

なぜそんな必要があるのか?
カソリックでは同性愛は神を冒涜するものだから、罪悪視され、迫害された。ここのところは僕ら日本人には理解が及ばない。ロバートメープルソープが「ゲイは美しい」と叫んでいたのもこの時期である。エイズが彼らの間にまん延し始めていたことも無縁ではあるまい。つまり、彼らは時を同じくして同性愛の宗教的禁忌からの開放を訴えたのだ。
これには僕らも驚いた。日本でもないわけではないが迫害されるほどのことはない。見て見ぬふりをされるだけのことだ。こういうものに日本は昔から実に寛容な社会で、ことさらのように声を荒げる必要などはない。

信長にとっての蘭丸、南洲にとっての月照、上げればきりがない。日本人は人間には同性を慕う気持ちがあることを十分知っていた。その延長に性愛の問題はあるがそこは霧の中として踏み込まない暗黙の了解があった。女性にしてからが、いまの宝塚を見たら一目瞭然だが、観客の9割5分まで同性である。こんな劇団、世界広といえども日本にしかないだろう。男女のことだって、江戸初期の浮世風呂は混浴だった。日本社会がなぜ倫理においてこれほど特殊なのかは学者にでも聞いたほうが早いと思うが、とりあえず同性愛だからといって監獄にぶち込まれるようなことはないのは幸である。「処女懐胎」といい、キリスト教がいかに妙な考え方をその中に持ち込んでいるかわかるというものだ。

 

僕にとっては、誰がゲイであろうとどうでもいい話で、日常的なつきあいに支障がなければ関心の外である。しかし、そういうものを誰かが演じる、うそにつき合わされるのはごめんなだけのことである。
セクシャリテの現れ方(社会的に編制されたジェンダーと排除の問題)、フィジカル=メンタルな性の問題について、もう少し踏み込んで書きたいこともあったが、この芝居に関連させるのは無理なので、またの機会にしよう。
今村ねずみのストレートプレイデビューを称賛したかったが、どうにも役が難しすぎた。こういうものを企画したプロデューサーにいっておくが、デビュー作は喜劇の方が圧倒的に成功確率が高い。今村は、もともと少し静的で、ともすれば暗くなりがち、やや線が細い。大勢でわいわいやれるコメディを選んで、もう一度やり直したらどうか?


 

(2005年10月14日)

題名: 蜘蛛女のキス
観劇日: 05/9/2
劇場: アートスフィア
主催: FTV・アートスフィア
期間: 2005年9月2日~9月11日
作: アラン・ベーカー (原作)マヌエル・プレグ
翻訳: 常田景子
演出: 松本祐子
美術: 二村周作
照明: 小笠原純
衣装: 北村道子
音楽: 井上正弘
出演者: 今村ねずみ 山口馬木也

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2023年11月16日 (木)

劇評「民衆の敵」(06年)燐光群

Minsyu_20231116084801 イプセン没後百年だそうだ。この間はチェーホフの百周忌があったばかりで、そこら中チェーホフだった。ノルウェー政府が世界中に呼びかけているというから、今度はイプセンだらけになるかも知れない。なにしろ近代演劇の創始者だ。ノラのファンも多いことだろう。ただし、坂手洋二はノルウェー政府の話を知らなかったという。
この前の「上演されなかった三人姉妹」はかなり政治を意識した作品(モスクワのゲリラによる劇場占拠事件を下敷きにしている)だったが、その延長で今度は「民衆の敵」、正統的社会派の古典をもって演劇の社会参加を実践しようというのか?
ところがポスターをみると、描いたのは(虫プロの正義漢=というのもおかしいか)石坂啓、漫画である。なるほど、いまごろ正面切って「民衆の敵」でもないな、と思ったのか。つまり、民衆というものは(呉智英先生もいっている通り)大昔からバカなものだ。バカの敵と言うのだから賢いわけである。おそらく、大義は「敵」にあると主張するのに、大いなる「照れ」があったのだろう。
ここは一つ漫画、寓話ということにして、直截な物言いは避けようという魂胆だったに違いない。幕開けのナレーション(渡辺美佐子)でイプセンがこれを喜劇として書いた云々はもちろんでたらめで、坂手の単なる照れ隠しである。

 

まあ、含羞とは常識人にあるべき好ましい態度といえるが、まるで子供漫画のような結末では、せっかく照れをみせてくれたのに「これが賢いってことかい?」と苦情の一つも言いたくなる。
かなり原作に寄りかかって翻案したからつじつま合わせに苦労の跡が窺えるが、自慢の工夫は主人公を女にしたことだろう。なんというか、あたりが柔らかくなった効果は出ていたと思う。

 

ある小さな町の郊外で温泉が湧いてでる。これを町まで引いて来るパイプラインは出来ていて、これから宿泊施設をはじめ温泉街を作ろうとすでに出資者が集まっていた。
ところが水質を調べていたスドウトモコ(大浦みずき)が、この温泉がバクテリアだの毒物だのに汚染されていることを突き止める。原因は高台にある源泉のそばに廃棄された皮の鞣工場があって、そこの廃液が紛れ込んでいるらしい。このまま事業を進めたらたいへんなことになるとトモコは、町長をしている実の姉(中山マリ)に知らせ、打開策として汚染地域を迂回する別ルートの建設を提案した。
町長は厄介なことになったとあまり積極的ではなかったが、部下に試算させたら少なくとも百億円は追加予算が必要と聞いて、ますますやる気を無くした。その上工期も一年はかかるという見通しで、近隣の町に後れを取ってしまうのでは、この提案は受け付けられないと判断した。つまり、トモコの説をごまかして強行突破しようというのである。すでに出資している町の有力者たちにしてもこれ以上の投資は出来ないと、町長の意見に賛成である。

 

トモコは科学者の良心にかけてこれを訴え、阻止しなければと決心、新聞に論文を発表し広く認知を求めようとする。
「日々新聞」の編集長ホリエ(江口敦子)と印刷会社の社長アクツ(鴨川てんし)は多いに感じ入ってトモコの支援を約束するが、まもなく町長の圧力が功を奏しトモコの前から逃げ回ることになる。
ついにトモコは直接町民に訴えるしかないと、集会をひらいて論文を読み始めるが、町長一派の妨害にあって、かえって民衆の反感を買うはめになってしまう。事業の推進に異を唱える煽動者というわけである。
トモコは町の職員の身分だったが解雇された。支援してくれるのは、家族を除けばなぜか捕鯨船の船長(裴優宇)だけ。その家族も、夫キヨシ(猪熊恒和)は絵描きでたよりなく、教師をしている長女のフミエ(宮島千栄)は職を失い、二女のエリコ(樋尾麻衣子)息子のテツオ(小金井篤)はともに学校でいじめに遭うというひどい有り様。石を投げられ家もめちゃくちゃ、ついには家主から出ていってくれといわれ、一家は町をでる決心をする。

 

しかし、捕鯨船の船長の提案で、町に踏みとどまり正しいことを訴え続けることが、民衆の敵としての自分の役割だと翻意する。船長が持っていた建物をレストランに改装し皆でやっていける見通しもある。そうして一家は互いに抱きあい、家族の絆を確かめあうのであった。

 

脇筋として、夫キヨシの父親オカモリジュウゾウ(川中健次郎)が廃液垂れ流しの鞣工場を持っていた男で、キヨシに遺産をやるとかやらないで騒動が起きるというのがある。この男は、トモコの論文をネタにして町の有力者から密かに株を買い集めていたのだ。トモコが論文をなかったものとしてくれれば、株の価値は上がる。そうなれば自分を長年さげすんできた有力者たちに復讐が出来るし、孫たちに遺産も残せるというのである。トモコが即刻断ったのは言うまでもない。

 

なかなかの力作だったが、家族が肩を寄せ合い団結してことに当たろうという結末はいくら漫画でも安直に過ぎた。我々の時代の家族はすでにそこにはいない。

 

それにしても温泉の開発を巡る話にしたのはいい思いつきであった。本人も気に入ったと見えて、入浴剤「民衆湯の華」を作るほど入れ込んでいる。ただ、源泉からの迂回路を造るのに百億円と一年以上の工期というのでは間尺に合わない。ダムでも造る気か?そもそも千メートル掘るのに一億円くらいかかるといわれているが、大概千五百メートルも掘れば温泉は出るものだ。付帯設備といったってせいぜいそのスケールの事業である。

 

そういう気掛かりなところはあるが、温泉を掘り当てた町の興奮、そのなかで行政官、町の有力者・ボス、新聞、民衆、良識派の科学者が対立する、という基本的な構図は絵に描いたようによく出来ている。こういう構造は、特に地方に行けばいくらでも現実に存在するから、漫画といっても侮れない。例えば、脱ダム宣言をした長野県、などを思い描いて見たらリアリティが増すかも知れない。

議員化した土建屋たちの議会とそのボスが経営するメディア、ダムは環境破壊と税金の無駄遣いといって対立する知事、国の威光を通そうと抵抗する国家の官僚、公共事業をあてにしてきた県政に反旗を翻した地元金融機関、どっちにつくべきか揺れ動く県民、これらは冗談ではない。現実である。どちらが正しいと青筋立てて言うこともないが、そうした昔からある話を、イプセンは写しとったのであったし、この劇はそれを寓話に仕立たものである。

 

坂手は本筋の他にいくつかのエピソードを添えて話をにぎやかにしている。
その一つが、最初に登場するクジラを食べさせるレストランで、ここでは捕鯨の問題に言及している。クジラは冷めると硬くなるが焼き方次第とか子供の時分は給食に出たとかいいながら、トーンはIWCの方針に批判的である。もっとはっきりと解禁を訴えてもよかった。近ごろはよく海岸に上がることが多くなったが、増えすぎて生態系をこわしているのではないかという気もする。食べるほうについては、あまりうまい肉でもないからどちらでもいいが、あえていえば子供の頃遠足に持っていった「須の子」の缶詰、あれだけは復活して欲しいと願うものである。

 

また、夫キヨシの父親オカモリジュウゾウのエピソードは被差別部落の問題を示唆している。革の鞣工場と、長年さげすまれてきた有力者たちへの復讐というのは、それである。権力構造の他に、社会には時間軸に添ってでき上がった構造もあることを入れて、劇に陰影をつけた。そして、彼が株を買い占めるのは、いまをときめく?インサイダー取引で、誰もが話題の人物を思い出すという時宜を得た描き方であろう。

 

喜劇、というよりは漫画のトーンだから、主人公のトモコ、大浦みずきはまるで宝塚に帰ったように伸び伸びとヒロインを演じた。もちろん、手を広げ大仰に首を振り、大股で歩き回るという宝塚独特の動きと男役特有の野太い声がよみがえった。多少浮いていたが、なにしろ漫画だから、その程度のことは許される。

 

ところで、いま思えば島次郎の装置が案外生きていたと気付いた。舞台の上に一尺ほどの高さの台をいくつかおいて、場が変るごとに適当に移動させて塊をつくるというシンプルなもので、空間全体は黒で統一されている。そのなかに、レストランのテーブルあるいは新聞社の編集室のデスクや棚、何種類ものクラシックなスタイルの椅子などをその都度配置し、場の雰囲気が出るように考えられている。これがものトーンのために変化があまり感じられないが、実は多いに変っている。こういう主張しないスマートさ、物語の奥にありながら、後で浮かび上がってくるような美術は、島次郎ならでは、という気がした。
むろん彼には「コペンハーゲン」(マイケル・フレイン作・新国立劇場)のようにコンセプトそのものを直接的に表現するという、これとは対極にある方法もある。なんとも懐の深い想像力といわねばならない。
この「民衆の敵」は、喜劇と呼ぶにはあまり適当でない。笑えないからだ。坂手洋二がこの劇を喜劇にしようとしたなら、失敗だというしかない。喜劇の定義は難しいが、取りあえずこの劇に「道化」を探そうとするのは無理がある。滑稽なところもあるが、隣り合わせにシリアスな現実がある。だから、最初からいっているようにこれは漫画だ、と捉えるのが僕にはしっくりくる。くしくもポスターは石坂啓である。そう考えたら、この劇は僕の目には成功しているように見えるのだが。
                                           
 
 

 

 

題名: 民衆の敵
観劇日: 06/6/2
劇場: 俳優座劇場
主催: 燐光群
期間: 2006年5月26日~6月4日
作: ヘンリック・イプセン
翻案: 坂手洋二
演出: 坂手洋二
美術: 島次郎
照明: 竹林功
衣装: 宮本宣子
音楽: 島猛
出演者: 大浦みずき 中山マリ 鴨川てんし 川中健次郎 猪熊恒和  大西孝洋 宮島千栄 江口敦子 樋尾麻衣子 内海常葉 裴優宇 久保島隆 杉山英之 小金井篤 工藤清美 桐畑理佳 阿諏訪麻子 安仁屋美峰 樋口史 渡辺美佐子

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2023年11月 9日 (木)

劇評 ミュージカル「異国の丘」(03年)劇団四季

 Ikokunooka 「ミュージカルは嫌いだ」とタモリが常々いっている。突然歌いだすのが気味が悪いというのだが、あれは対応のしようがないことに内心照れているのである。
日本人の習慣にしゃべりながら自然にメロディがついて言葉が音楽になると言うことはない。英語なら抑揚を極端にすれば音楽になる、というのは中学生でもわかる。タモリは、無理して外国人のまねをやっているようなものだから「不自然だ。だから気持ちが悪い。」といっているのである。
言葉の違いから来るものともいえるが、オペラという伝統芸術の約束事に慣れたものには案外平気なのだろう。
では我が民は歌わないのか。万葉のはるか以前から歌垣などと言われる習慣が広く行われていたことは周知である。若者が恋の相手に思いを訴えるなどというのがこれである。
王朝文学はすべて歌で成り立っているといって言い過ぎではないが、本人の前で節を付けて歌ったという話は聞いたことがない。歌舞伎に七五調はあっても役者が歌うことはない。我が国ではどうも舞台の上でも歌わないのである。

 

しかし、能は謡曲にのせて演じられるし人形浄瑠璃もまた太棹の音調に合わせて動く。洋の東西を問わず、言うまでもないことだが芝居に音楽は欠かせない。だから、日本の現代演劇では、音楽の必要性に応じて役者が歌う事もある。これはあきらかに明治以降のオペラやオペレッタ、ミュージカルの影響にほかならない。

 

タモリは、エノケンやアキレタボーイズを知っているはずだが、浅草を知らない世代(田舎者でもある)だから、これを楽しむ術を知らない。あるいはこのルールについて容認したくないといっているのだろう。しかし、何度か見ているうちに慣れてきて、やがて楽しくなって病みつきになるかもしれない。かつて彼が批難していたゴルフに、いまは「はまって」いるように。

 

しかし、このミュージカルを見て、タモリの言い分は間違っていることに気がついた。あれは突然歌いだすのではない。通常のせりふに既に音符が割り振られ、音楽として発声されているのだ。少なくとも役者はそのような気分で抑揚またはメロディのあるせりふをウタうのである。
そもそも、それがミュージカルではないかといえば、それまでの話だが、日常会話にまで節回しを付けて演じるこの形式は、我々の感覚から言えば特殊である。だから、井上ひさしが、「唐来参和」のものがたりは一人称で語る小説の形を求めていると感じたように、(後に小沢昭一が独り舞台に乗せたの驚いていたが)その話が音楽で表現する形式を求めている、言い換えればミュージカルにふさわしいものがたりというものがあるのではないかと考えてしまう。そこは欧米人の感覚と少し違うかもしれない。「キャッツ」はエリオットの詞に音楽をつけたものであり、「ロメオ&ジュリエット」の翻案にバーンステインが才気あふれるスコアを書いたものが「ウエストサイド物語」だ。ビクトル・ユーゴーの大河小説さえミュージカルになる。その延長で言えば「曽根崎心中」でもミュージカルになるのだが、それは理屈で、お初と徳兵衛が不倫の唄でも歌いだしたら僕らには大いに違和感がある

 

この「異国の丘」は、吉田正(中嶋徹が語り部として演じる)がシベリア抑留中に作曲した有名な歌謡曲の主題をベースに、近衛文麿の息子文隆(石丸幹二)と蒋介石政府要人の娘、アイリン(佐渡寧子、木村花代とWcast)の恋愛と彼らがからむ日中の和平交渉、そして文隆のソ連による抑留という波乱の物語をミュージカル仕立てにしたものである。
前半は舞台がニューヨークの上、戦争中の政府高官の子弟同士の恋愛という、ちょっと「ウエストサイド・・・」を思わせるドラマチックな仕立てでミュージカルらしい。ところが舞台が上海に移って、南京政府との和平の条件を探る極めて危険で政治的にデリケートな場面になると、さすがに唄で表現するのは難しくなる。相手は「白髪三千丈」「腹芸」の本家である。こちらも「阿吽の呼吸」とかいって間合いを計って動くのを信条とする。
それでも、アイリンの父宋子明(岡本隆生、日下武史とWcast)にバリトンで心情を歌わせ、文隆に政治的メッセージをテノールで伝えさせることを、浅利慶太は強引にやればよかった。しかし、浅利はこの曰く言い難い心のうちを歌詞に託して表に出すのをためらった。後半は、音楽的感興に盛り上がることなくストレートプレイのように進行したと言ってよい。

 

文隆のシベリア抑留は、ソ連政府が彼を自国のスパイに仕立て上げ、帰国して政治家になることを強要するためだった。文隆は、偽装転向を勧められたがこれを拒否してついにシベリアの土となる。名もなき兵士達の望郷の想いはいたいほど解るが、この文隆の心のうちは理解しがたい。もののふの覚悟と言ってもこの公家の末裔には不似合いである。これは唄にはしにくいだろう。

 

このように「異国の丘」は必ずしもミュージカルという形式で表現されるべき物語ではない。むしろ史実としてしっかりと認識すべきというなら特に後半はストレートプレイの方がすっきりと頭に入ってくる。
そんなことをいえば、「これがミュージカルだから客が入るのだ。」と浅利慶太は言いそうだ。「演劇好きの実業家」の言うことだから反論はしないが、和製ミュージカルなどと言われるものなら単なる西洋かぶれである。タモリに気色悪いといわれても仕方がない。だから、東洋的な考え方を西洋合理主義の言葉に翻訳して音楽を付け、全編歌うようにせりふを吐くというものに意地でも磨き上げて見せなくてはならない。この点浅利はこういう中途半端さで、甘いところを露呈してしまった。もっともそれをやるとなれば作曲家三木たかしには重荷だろう。
我が国の過去にはいずみたくと言う才能があって、美しいメロディラインを創作したが、徹頭徹尾ミュージカルであることは難しかった。三木には恋の告白のアリアに見るべきものがあっただけで、音楽劇の大きな骨格を作り出す構想力はもとより、会話の音符化などは望むべくもない。

 

僕は浅利慶太が「李香蘭」を書き下ろしたと聞いたときから、二つのことが気になっていた。一つは、上に述べたようにミュージカルという表現形式に照らして、どのようなポジションを確保できているか?と言うことである。
いまひとつは、長い間オリジナルをやっていなかった浅利慶太が何を発言しているかという点である。この「異国の丘」のチラシには「私たちには語り継がなければならない歴史がある。」という文言が見える。シベリア抑留と中国との和平工作のことだろうが、長年ソ連と共産中国に遠慮して我が国の進歩的知識人と言われる人々が触れなかったことである。浅利には遠慮する理由がないから若いときからこの種の発言を繰り返して、保守反動などと攻撃されていた。それに嫌気が差したから劇団四季の経営に専念していたはずで、こういう時代が来て、さぞかし溜飲を下げていることだろう。
確かに、日本の近代史なり昭和史は見直される必要がある。これからの我々の進路を決めるために、我が国をいったんそのような時間的なパースペクティブにおいて考えるべきだと思う。おそらく浅利慶太もそう考えたに違いない。しかし、その歴史とは「語り継ぐべき」ものだという。シベリア抑留という過酷な運命にみまわれた人々の記憶を語り継ぐことが大事なのだと浅利は考えている。例えば同じように原爆の体験もまた語り継ぐべき(民族の、と言う枕詞を入れてもいい)歴史である。こういう認識には危ういところがあって、「語る」言語を共有する集団の歴史という概念を前提にしているから、異民族には伝達しにくい。
そして「体験」は時間の経過とともに必ず風化する。また吉田正は、シべりア抑留から帰還して以来、その体験を家族にさえ決して語らなかったという。更に原爆について言えば、被爆は差別を生んだ。そんなものを誰が語るものか!体験は言語にならないのである。ただそれは、記録されるだけである。それを語り継ぐことは、本質的にあらかじめ挫折している。

 

浅利のように歴史をある種浪漫チックに考えるのは勝手だが、そこから我が国の未来など決して見えはしない。
そのような観点から「祖国と恋人に殉じた、ある貴公子の物語」と言うサブタイトルが出てきたのだろうが、近衛文隆を貴公子という大時代な言い方でたたえるところが浅利慶太の真骨頂で、歴史はロマンででき上がっているとでも考えているのだろう。ようするに、浅利が語り継ぐべきと言っている物語は、戦後長い間進歩的知識人が意図的に無視してきた歴史の封印を解くと言う意味はあっても、我が国の未来を開く新しい視点を提供するものでないと言う意味で、戦後の論壇と同根あるいは背中合わせの議論だと思う。

 

僕はこう考えている。シベリア抑留はスターリン独裁の政府が決めたことである。彼らには勝手な理屈があって、それが正義だと思い込んでいた。俘虜も人間だ、家族もいるだろう、望郷の念もあるだろうとは考えなかったのか?考えもしなかったから何年も家畜同様ただでこき使ったのである。それはロシアの文化だっただけでなく、一皮剥けば我々自身の姿でもある。権力者が人権蹂躙するなど今でも日常茶飯である。それが社会であり、そういうことをやってしまうのが人間の愚かさで、世の中は自分も含めてこのどうしようもない馬鹿でできている。だから、せいぜい自分で気をつけていようと思うばかりである。
そんなことにならないように、賢く振る舞うにはどうしたらいいかと考えるために、僕にとっての歴史はある。
抑留経験のある知り合いの大人が、あるとき吐き捨てるように「ロ助け!
」と一言だけ言ったので驚いたことがある。想像を超える憎しみがこもっていた。何があったかは聞けなかった。吉田正もまたその事を口にしなかったという。
 
「異国の丘」は、吉田正が収容所の中で作曲した。帰りたいという素朴な心情をはげますように歌ったもので、曲想は穏やかである。復員してからは、都会的で洗練された旋律を2000曲あまりも作り続け、ミュージカル「異国の丘」を見ずに亡くなった。この浅利慶太の壮大なセンチメンタリズムを目にしなかったことは、幸いだったと思う。                        
                                    (2003.10.3)


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2023年11月 3日 (金)

劇評「その場しのぎの男たち」(03年)作 三谷幸喜(東京ヴォードヴィルショ−)

Sonobasinogi 創立三十周年だそうである。確かこの劇団初期の頃に見たことがあった。大勢が舞台でどたばたしている喜劇だったと思うが、あとのことはきれいさっぱり忘れた。その頃東京乾電池も評判で、こちらも見たような記憶がある。佐藤B作も柄本明も自由劇場からトンズラこいた(と柄本がパンフレットで言っている)連中だった。柄本が、乾電池の旗揚げ公演を見にきた吉田日出子に会うと一言「バカ!」といわれたという。
ボォーという寝起きみたいな顔で下北や笹塚をふらふらしている柄本をみると、同根といっても、どこかに田舎の秀才が残っているB作にはヴォードヴィルに徹しきれないところがあって同じ喜劇でも質は違うと思う。自由劇場がとっくに解散したのに、分裂騒ぎもなくどっちも劇団として今日まで続いているのはおそらくテレビのおかげであろう。70年安保の後は、どの劇団にとってもいい時代だった言える。

 

開幕前の二十分ほどお決まりになっているらしい「オードブルショー」というコント集を見せるのだが、これはあまり感心しない。第一に台本がよくない。間が悪い。役者に味がない。したがってサービス精神を感じない。浅草のヴォードビリアンは観客の鋭いやじや冷たい視線に鍛えられて芸を磨いた。溢れかえるほどの娯楽がある今と比較するのは酷だが、木戸銭を取る以上はもっと魅力ある芸をみせてほしい。本がダメなら例えば坂本あきらがいるではないか。買いかぶりかもしれないが、彼なら二十分を持たせられるだろう。それに追随する若者が出てくるかもしれない。そういう注文をつけてもいいのではないかと考えた。
それにしても三十年は長い。世相は変わっても新しい観客を獲得しながらここまで来たことは客席を見れば分かる。まずはご同慶の至りである。

 

さて、この芝居は92年初演というから三谷幸喜の30才前後の作品である。彼の評価は確立されたあとだと思うが、どこか若書きの感がある。せりふが練れていなくて、やり取りがぎくしゃくしたり、必要のないエピソードの挿入やスピード感のないギャグには白けるところがある。よく知らない劇団、ヴォードヴィルショーに書き下ろしたせいか、このての喜劇が得意でなかったからか、いずれにしても、もっと整理してシャープにできる余地を多く残した。才能にケチをつけるわけではないが、彼にしてはあまりいい出来の作品でない。
演出は三谷の理解者といわれている山田和也である。山田の演出には、舞台の脇でギャグをやらせるなどディテールのつくりで納得のいかないところがあった。笑いをとるやり取りは立ち位置が不自然だろうと強引にでも舞台中央で見せて欲しい。隅でごそごそやるのはテレビカメラの目線のつもりなのか?
決定的な問題は、山本龍二(伊藤博文役)の暴走を許したことだ。(伊東四朗とWキャスト)あの語尾をあげて、啖呵を切るような山本の癖をそのまま放置したから、他の役者から著しく浮いてしまった。山本龍二は「パートタイマー秋子」の時もそれが目だった。(拙稿を参照)しかし、「キーン」(作:J - Pサルトル、演出:栗山民也)の従僕の役では演出がこの癖を極力抑えた。いえば抑えることも可能だということである。怪優として定評があり不器用の割に誘いが多いのはいいとして、この癖が喜ばれているはずがない。伊東四朗は「この役はシリアスにやるべきだ。」と言っている。「伊藤博文はすでにフィクサーだから引いてやる芝居で、その中にすご味が出せればいい。」喜劇を知っている人の言葉である。このWキャストは伊東四朗で見たかった。
山田がこの伊東四朗の線で踏みとどまって喜劇を作り出そうとしたら、もう少しましな芝居になっていたかもしれない。。しかし、この演出家に多くを求めることはどうも無理がありそうだ。
三谷の若書きを責める気はないが、山田演出でもどうにもならない問題が脚本自体にあったということを指摘しておきたい。というのは、強引に喜劇仕立てにしようとしたために、人物と台詞に乖離が生じて説得力を欠いたという点である。観客は自分の中にある大臣という概念を舞台上の架空の大臣にいわばチューニングする作業が必要だった。そのかわりに観客は歴史的大事件というこの芝居の背景を見失ったのである。別の角度からいえば、話の筋が「その場しのぎ」、つまり単なる思いつきで、ころころ変わるのはギャグコントのようで面白いが、このてんやわんやの展開の先に三谷が見ているものはなにか?ということはさっぱり理解できないのである。

 

三谷幸喜は、題材の選定がうまい。そして構成の巧みさにおいては当代一と言っていいだろう。この芝居も大津事件と言う申し分のない題材で、明治新政府の要人がロシアという大国相手に右往左往するどたばた劇である。襲われた皇太子の傷がどの程度のものだったか、ロシア公使シェービッチが日本側の面会を断ったために、さまざまな憶測がとんだこと。津田三蔵を皇族に対する罪で死刑にしようとしたこと。それがかなわず、狂人に仕立て上げようとしたこと。精神は正常と鑑定されたので、殺し屋を雇って拳銃で暗殺しようとしたこと。などの周章狼狽ぶりは史実であった。まことに喜劇に仕立て上げられるべき話である。しかし、当時の日本にとっては対処を誤れば大国ロシア相手の戦争に発展しかねない深刻な事件であった。何としても津田三蔵を死刑にしなければと伊藤博文は軍事に関係させて戒厳令まで持ち出したという。また後藤象二郎(当時逓信大臣)と陸奥宗光(当時農商務大臣)はまじめに暗殺説を唱え、青木周蔵(当時外相)に向かって「君、帰りがけ獄舎の窓から津田三蔵を撃て!」と言うと「維新前なら名案だった」と皮肉られたらしい。
近代国家を作る現場とは実際こうだったのだろうと思って興味は尽きないが、三谷幸喜がこのどたばた劇のタイトルを「その場しのぎの・・・」としたところに三谷の劇作家としての態度が表れている。
単刀直入に印象を言うと、三谷は「憶測」をもとに「その場しのぎ」で右往左往する軽薄な男たちの喜劇を書くために、この事件を利用したのだ。皇太子が軽傷で怒ってもいないことが判明するところでさっと幕を引くのは、喜劇の仕掛けとしての「憶測」が氷解(一種のオチ)したからで、この芝居は実際のところ出来のいいコントが持つ典型的な構造を持っていたのである。

 

しかし、事件の本質は、むしろこの幕が下りてからにある。大津事件とは、日本中を自殺者まで出す騒ぎに巻き込んだことや、我が国が法治国家として世界に認められるか否かという課題を突きつけられたという意味から、維新以来近代化の過程でおきた最初の大きな国際問題だった。
 三谷は、こうした背景は喜劇のためには余計なものあるいはお飾りと思ったのだろう。

 

就任五日目にして不幸にもこの事件に遭遇した首相松方正義(佐渡稔)は、藩閥政府の薩長輪番制でたまたまなった頼りない男として、また内務大臣西郷従道(坂本あきら)は松方の幼なじみで時には下僕のように慕うアッパラパーの人物として描かれる。陸奥宗光(佐藤B作)はいかにも知恵者かと思わせて実は思いつきの無責任、外務卿青木周蔵(市川勇)は単なる使い走り、後藤象二郎逓信大臣(石井愃一)は直情径行の変節漢である。一方、伊藤博文(山本龍二)は露骨に無能ぶりを笑う意地悪い老人として彼らとからむ。やがて、皇太子が無事とわかって一同胸をなで下ろしておしまいなのだが、これでは事態の深刻さや思いの切実さ、とりわけ事件が我が国の近代化に与えた影響の深さが伝わらない。
このように三谷幸喜にとってこの歴史的事件のハイライトは、その場しのぎの無責任男たちの大騒ぎとして完結してしまっている。あえて言えば主題としての射程は、現代の政治家だってこのレベルではないかと言う批判として届いているかもしれない。しかし、それなら既に周知のことであり、何を今さらの感がある。この大騒ぎが終わってみれば、ところでそれでどうしたの?という思いだけが残って、観客はどうにも宙ぶらりんである。
三谷は最近のエッセーの中でこんな意味のことを書いている。
芝居を観終わった観客が「ああ面白かった!」と思ってくれて、家路に向かう駅につくころにはすっかり中身を忘れてしまっている。自分が書くのはそんな芝居でありたい。
これをまるまる信用するものではないが、この芝居を観ると「その場限りのおもしろ劇」という点で、符合するのである。

 

三谷のものをすべてみているわけではないが、「マトリョーシュカ」の展開の見事さと終盤のもたつき、ニール=サイモンばりの都会派ラブストーリー「You are the top 」の登場人物のいかにものリアリティと締めくくりのまずさ、映画「ラヂオの時間」「みんなの家」の豊富なエピソードとしまらない最後、と一様に前半の構成の面白さに比べると終幕は感動も余韻も薄い。何故かということを考えて、今回はじめて気がついた。三谷にとっては歴史観も思想性もなくて構わないものだったのである。面白い話はどうにでも作れる。しかし、なるほどとひとが納得出来るようにまとめるのは難しい技である。作家の側にある世界と向き合う思想なり人生観なりが根拠となって伝えたい概念が手渡されるのだが、三谷幸喜の場合、それが見当たらない。三谷だけではない。この世代以下が現在のテレビドラマをつくる中心にいるはずだ。消費される「面白い話」に一々批判精神やらある種の毒を込めても職場を失うだけだと彼らは心得ているのである。かくて、テレビ世代は面白いが結局はつまらない話を「面白い話」としてすり込まれ、感覚をマヒさせていくのである。三谷幸喜がその先べんをつけたとは言わないが、後少しなのにといういらいらがいつもこの作家にはつきまとう。
                              
 
                              (11/26/03)
題名: その場しのぎの男たち 観劇日: 03/10/29 劇場: 本多劇場 主催: TBS/東京ヴォードヴィルショー 期間: 2003年10月11日~11月3日 作: 三谷幸喜 演出: 山田和也 美術: 石井強司 照明: 宮野和夫 衣装: 菊田光次郎 音楽・音響: 石神保 出演者: 佐藤B作 佐渡稔 石井愃一 市川勇 あめくみちこ 伊東四朗 山本龍二 坂本あきら たかはし等 山本ふじこ 大森ヒロシ 増田由紀

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劇評「袖振り合うも」(03年)

Sodesuriau

短いプロットを暗転で繋いでいくやり方は映像作品のもので、いかにも山内久らしいと思ってみていたら、あとになってこれは平成十二年NHK土曜ドラマで放送された脚本を舞台に上げたものだと分かった。無論見てはいない。これだけではなく、もう何年もテレビドラマというものを見たことが無い。なぜ見ないかは疲れるから言いたくない。最近、週刊誌の見出しで知ったが、倉本聰と山田太一が「この国のテレビドラマは、もうおしまいではないか?」という対談をしたらしい。自分のフィールドで悪口を言うのはなかなか勇気のいることだ。(テレビ屋はけっこう意地悪なところがあるから)なにも今さら言うまでもなく八十年代から既に「おしまい」だったと僕は考えている。
 
物語は、制作が用意した<あらすじ>をそのまま引用しよう。
日本刀の研師一筋で六十五歳を迎えた安宅巌(千賀拓夫)は、 長年連れ添った愛妻ハル(藤井美恵子)を突然交通事故で失う。 生きる気力もなくなり、睡眠薬で後追い自殺を図るが、 たまたま集金のアルバイトに訪れた舞台美術家志望の 葉子(榎本葉月)に発見され、一命をとりとめる。 巌の事情を知り同情した葉子は、元料理人志望の 吉見(中川為久朗)を賄いとして住まわせ、おいしい手料理で 巌にもう一度生きる希望を見いださせようとする。
そこへ巌の師匠の娘、美佐(上甲まち子)が転がり込んでくる。
いつの間にか葉子に「女性」を感じている巌、 焼けぼっくいに火がつき再び巌に恋心を燃やす美佐、 “恋敵”の登場に慌てる吉見、 おまけに幽霊のハルまで飛び出して、 果たしてこの四人の共同生活の行方は・・・?

 

これにマンションの管理人の老人(西沢由郎)が加わった6人の登場人物による芝居である。
奇妙に思ったことを羅列すると、
まず、研師がマンションの一室で仕事をしていること。出来ないことではないだろうが、水を使うことやある程度広い空間を必要とすることからマンションでないほうが自然である。(僕の知っている研師は屋敷の庭に面した水屋のある仕事部屋でやっている。)
葉子が自殺を図った巌を発見する偶然は、ややご都合主義であるが、まあ許せる範囲として、料理人を賄いにして同居させるというのはおせっかいの度をすぎたものだろう。
この料理人に巌は毎月四十万円を支払うというのだが、いくら金持ちでも常識を疑う。家政婦を二人雇える金額である。「手料理」ではないが、毎日一流料理屋から出前をとって、おいしい食事が出来るだけの予算だということは誰でもわかることだ。
このマンションには三人の居候がいる。巌の寝室と仕事部屋とあわせると5LDKのようである。ハルの生前はこの広いマンションに二人で住んでいたことになるが、当節こういう住まい方はあまりきかない。僕が研師だったらマンションを売って、郊外に仕事部屋を求める。都心でなければできない仕事ではない。
 

 

ブラウン管の狭い画面で、思わせぶりをやったり、タレントによりかかって(巌=仲代達矢だったらしい)ごまかしをやればそれなりに見える。家で見ているほうもいい加減だから、文化庁芸術祭優秀賞(平成12年度)をとれたかもしれないが、舞台で見るとこういうあらが目立って、感興をそぐことおびただしい。
このあたりを演出の堀口始が気づいて、たとえばマンションを住宅街の屋敷に変え、管理人の老人は隣人にするなど手を入れるべきだった。
また、登場人物達が「袖振り合う」導入部もテレビのプロットをそのまま繋ぐ省略の多い手法だったので、出会いも「同居」もご都合主義の感じがして、こういうのは演出の感度の鈍さを示していて感心しない。

 

一同が同居してからは、吉見と葉子の恋愛ざた、巌の葉子への思い、美佐と巌の関係に割って入るハルの幽霊など茶の間の主婦が好みそうな「いかにも」の艶っぽい話を下敷きに、老人と若者の対立を主題にした山内久らしいものがたりが展開される。
最初から頻繁に流れるBGMがジョーン・バエズであることにおどろいた。僕はいやな予感がした。ジョーン・バエズは、いうまでもなく四十年前の若者たちが聞き、愛唱したフォークであり、プロテストソングである。堀口始はこの歌に何を込めようとしたのか?いやこれは山内久の注文だったのかもしれない。いづれにしても、老人と若者というテーマに対して、いかにも古色蒼然としたイメージを重ねたものである。
登場する老人、巌は六十五歳という設定である。若者は多分二十代であろう。とすれば、いづれにも当てはまらないから、ジョーン・バエズが意味したものは、「若者たち」を書いた作者、それに同調する演出家のあの輝かしい時代への郷愁そのものではないか?
ここで何が起こりそうかだいたいの想像はつく。 現代の老人vs若者のジャジメントは自分たちがやるということなのだろう。

 

ところがこの若者、舞台美術を勉強中の葉子と板前修業を伝統的なしきたりがいやだと言って逃げ出してきた吉見のふたりが現代を代表するのかといえば全くそんな気がしない。舞台美術修業は結構だが、現実にはそれは未来にわたって失業者と同意である。つまりそれで生活できる可能性は限りなくゼロに近い。それをごまかして何やら希望みたいなものをほのめかすのは、ジョーン・バエズの時代、高度成長の時代を基準に世の中を見ているのである。
 
吉見のように一晩で二百万円も失うギャンブルに手を染める若者もいるだろう。しかし、現代においては覚せい剤を買うための金を盗む若者の方がはるかにリアルで社会的問題である。高校を出てもその半分は就職先が見つからない。大学を出た若者の三割はいわゆるフリーターになるしかない。就職できてもいつ馘首になるか心配してなくてはならないのが現代を、少なくともこの十数年を生きる若者の現実である。 
 
ジョーン・バエズを聞いていやな予感がしたといったのは、老人と若者という枠のなかに老人にとって都合のよい若者をはめ込んで、説教でもしようという魂胆だと直感したからだ。
 管理人の老人は戦争体験者で、酔った勢いで戦争中人肉を食ったと口走ったり、ニューギニアで飢えたあげく部落を襲って住人を生き埋めにした話を告白する。自分たちのように戦争を体験したものがその悲惨さを伝えていかなければならないというのだ。その志はいい。しかし、体験は絶対に伝わらない。そして体験した人々は時間とともにいなくなる。それが歴史というものだ。このことを根底から認識していた大岡昇平は、自分の戦った戦場がなんだったのか、その有り様を確かめ克明に記録した。それは体験というものを透徹した眼差しでとらえ直し、知性によって未来に引き渡そうとする態度であった。

 

最近読んだ本から孫引きするが、歴史とは何かを考えさせられる一文である。 
  「私自身は、戦争中、友人を殴打、足蹴にしてはばからぬ軍人や軍国主義的教官の横暴を体験しており、その背後に絶えず存在した日の丸・君が代を国旗・国家として認めることは断じて出来ない。それは個人の感情と言われるかもしれないが、この法律は、二月十一日という戦前の紀元節、神武天皇の即位の日という全く架空の日を「建国記念の日」と定める国家の国旗・国家を法制化したのであり、いかに解釈を変えようとこれが戦前の日の丸・君が代と基本的に異なるものでないことは明白な事実である。」(「『日本』とは何か」網野善彦より)これは歴史を専門とする学者の発言である。僕にとって建国記念日は数ある休日のひとつにすぎないが、軍人に殴打、足蹴にされた記憶を持つ人には許しがたいものであり、政治家による法制化の裏には国家主義への危険な郷愁があると指摘しているのだ。しかし、こうした議論が既に賞味期限切れのことは明らかである。
むしろいまは、そういう日本が無くなったことの方が問題なのだ。

 

「東西冷戦の終結、バブル経済の崩壊を経て、援助交際、出会い系サイトの流行・・・。これまで人々の行動を秩序づけてきた道徳や価値が共有されなくなり、年長者には日本社会が無規範な混乱状況(アノミー)に陥ったと見える。従来の常識が通用しないから疎外感を抱いてしまう。・・・そういう寂しい年長者の問題は、日本という国のヘリテージ(相続遺産)が何なのか分からないという、根の深い問題につながっている。
例えばフランスには「自由、博愛、平等」というフランス革命の理念がある。ところが日本は、どんなに街の風景が変わっても「オレたちには○○があるぜ」と胸を張れる「何か」を共有してこなかった。・・・」(宮台真司 都立大助教授 朝日新聞4/10/03付け朝刊「男女共同参画社会」関連記事より)
宮台が指摘(し、自らは何も提案しようとしない)するように、そのヘリテージを21世紀に向けて、そろそろフィードフォワードしなければならないのだが、日本とは何か?あるいは何であるべきか?という議論に、この五十年、たえず<戦前> vs<戦後>という超えがたい枠組みをはめてきたために、恐ろしく不毛な観念の応酬が横行してきたのである。その最後っ屁のような「新しい教科書を作る会」の登場によって、そのばかばかしさに終止符を打つことが出来た(と見える)のは幸いであった。 ついでに言えば、いずれの陣営もTOYOTAのトラックが砂漠を走り、世界中の人々がPANASONICのテレビでSONYのカメラが撮った映像を見ているという現実を見ていないし、産業主義の向こうにはすでにEUがやったようにボーダレス社会が見えていることを理解していない。
日本の歴史を時間的にも空間的にも位相を移して、新たなパースペクティブにおいて考えなければ、宮台の言う「相続遺産」を共有することなどできないと僕は考えている。

 

山内久の時計は「若者たち」で止まってしまったのか。 
  「若者たち」は自分の住んでいる社会は間違っている、だから自分達が頑張れば世直しが出来ると思っていた。反体制こそ正義であると考えた。社会の理不尽に抗して生きるのが美しい、そのことに誰もが同意した。 しかし、こう思った若者たちの最後の世代は自分達の「あらかじめ挫折した未来」を知っていた。やがて消費の総体が生産の総量を上回ると、若者たちが敵意を向ける先も見えなくなってしまったのである。 こうして、「若者たち」は孤立し、敵意も熱情も解体され、都会の街中に紛れ込んで消えた。
労働者もまた消費者として社会の主役に踊りでると、階級という区分を失って、単なるEmployee の意味になった。

 

老人はどうか?日本においては昔から人生の先達、経験者として尊敬され、老人もその立場から助言をしたり、取りまとめたりする「役割」を期待されてきた。「老人らしさ」は双方の了解事項だったのである。しかし、民主主義においては、「女らしさ」「子供らしさ」「学生らしさ」も「老人らしさ」もいわばヴァナキュラーなことがらはすべてHuman Rights に統一される。老人の経験も知恵もその及ぶ範囲は肥大した現代社会に対してあまりにも狭いのである。 このようにしていくつ年齢を重ねても老人はもはや「老人らしく」ならないし、誰もそれを期待しない。身体だけは衰えていくが、精神が枯れて「隠居」するということがなくなったのである。
 
山内久は、自分を老人だと思っている。
その老人のまま若者に出会って何かを言わねばならないと考えたに違いない。そして、その思いを刀の研師という日本の古い伝統を受け継ぐ職人、巌に託したのは象徴的である。葉子に対する励ましや金を盗もうとした吉見の生き方に対する説教は、そのまま若者全体へ向けた、作者のものだろう。そしてこの二人は巌の援助を素直に受けて、あっさりと新疆ウイグル地区の奥地に移住してしまうのである。 これは近ごろの親と子供の関係を見るような気がする。ただし、親の説教など子供には通用しない。金だけとって外国へ行くとか好きなことをしているのが当節の若者気質というものだ。 これでいったい何が解決したのだろう。いいかえれば、日本刀の研師から我々はどんな「ヘリテージ」を受け継げばいいのだろうか。

 

割り切れぬ思いで終幕を迎えた。
役者に言及すると、皆ベテランで安心してみていられた。藤井美恵子の幽霊は、陽気だが嫌みが無く、よいアクセントになっていた。葉子の榎本葉月は稽古を重ねた跡が見えて、一生懸命さがよく伝わってきて好感が持てた。 
   上田淳子の装置は、都会のど真ん中という雰囲気をだすために背景にマンションやビルを置いて、灯まで仕込んだ。舞台全体のマンションらしい部屋とはマッチしているのだが、刀の研師という設定と大都会のイメージとの違和感が僕には見ている間中、気になった。さらに肝心の仕事部屋がいかにも狭い感じがした。 
   ジョーン・バエズの「乱用」にはまいった。あんなに使う必要はなかっただろうに。
 
山内久は若者に説教していい気持ちだったと思う。
  しかし、老人も若者も現代においては、フィクションである。どこにもいないものを無理に袖振り合わせて作る物語は、むなしい。
宮台真司がいうように「日本社会が無規範な混乱状況(アノミー)に陥ったと見え」ている年長者の列に山内久がいるとすれば、あの「若者たち」を作った瑞々しい感性がもはや「現代」と斬り結ぶことはないだろう。しかしまだまだ、1925年生まれが老人のふりをしてはいけない。

 

(4/11/03)

 

 

 

 

題名: 袖振り合うも
観劇日: 03/4/4
劇場: サザンシアター
主催: 青年劇場
期間: 2003年4月4日~12日
作: 山内久
演出: 堀口始
美術: 上田淳子
照明: 横田元一郎
衣装:
音楽・音響: 菊池弘二
出演者: 西沢由郎 千賀拓夫   上甲まち子 藤井美恵子  中川為久朗  榎本葉月

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2023年10月29日 (日)

劇評「デモクラシー」(05年)

Democracy

だいぶ前からテレビで大宣伝をしていたから話題作に違いないと漠然と思っていた。面白そうだが、こう言うのに限って内容は存外ヒドイのが多い。

 


分厚いパンフレットの最初のページを開くと自信なさ気な若い顔が現れた。ホリプロの社長とあるから二代目なのだろう。対するページにはテレビ東京の社長の顔がある。やれやれ、こう露骨にプロデューサー殿が出張ってきては芝居が嘘臭く見えてくる。宣伝文句も「26年ぶり舞台共演!」などとプロデューサーが劇の中身に関心がないことがあからさまである。ところが、これが案外効いていたらしく「デモクラシー」などという社会科の勉強みたいなタイトルに関わらず、鹿賀丈史と市村正親の共演ならば見逃してなるものかと駆けつけた観客が多数いたことを近ごろ流行りのWeblog上で知った。若い観客にはスパイ事件そのものがピンと来ていないこともあって、退屈な共演をあくびをこらえて見ていたようだ。

 


僕は、劇場に行くまでマイケル・フレインの作品だとは知らなかった。
結論から言うと、あの「コペンハーゲン」にまさるとも劣らない知的興奮を誘う正統派英国演劇といえる出来であった。まず構成がしっかりしている。しかも様々のテーマを、つまり現実政治的な或いは人間関係にまつわることに限らず欧州の社会をかたち作ってきた歴史、その到達点である民主主義そのものにかかわるテーマをいくつも重ねた奥行きの深い物語になっている。
そして、基本的には昔から人をひきつけてきたスパイの話である。もともとが複雑な人間関係、その中での心理的駆け引きという点で十分演劇的なのである。グレアム・グリーン、ジョン・ル・カレ、フレデリック・フォーサイス、フリーマントルといった英国スパイ小説の系譜につらなるというには無理があるが、マイケル・フレインが人間に向ける関心にこれらの英国作家たちに共通するものがあると感じた。
原子爆弾の製造を巡って、ナチに開発を命じられていたハイゼンベルクがコペンハーゲンで亡命の機会を待つボーアのもとを訪ね、製造の可能性について互いの真意を探り合うというのが「コペンハーゲン」であった。原子爆弾という人類最悪の発明に向き合った科学者の苦悩を遠景に配し、二人が打ち立てた量子論の不確定性原理の世界をあたかも会話劇に翻訳したような知的でスリリングな展開のミステリー(推理劇)であった。

 


この劇では何故マイケル・フレインは数あるスパイ事件の中からブラント=ギヨーム事件を取り上げたのか?英国では、もっと大掛かりで、大物のスパイ事件があった。キム・フィルビーはケンブリッジ在学中からの共産主義シンパで、政府中枢にもぐりこんだ彼らは機密文書を超小型カメラで撮って送り続けた。発覚寸前に逃亡し、亡命したソ連政府から勲章が与えられている。西側にとっては少し苦々しいが、見事成功を収めたスパイの話としては「華」がある。
おそらくギュンター・ギヨーム(市村正親が演じている)が逃げなかったことにマイケル・フレインは、注目したのだと思う。ギヨームは自分に疑惑の目が向けられていたことに気付いていながら、しかも国外に出て逃亡の機会がありながら、東ドイツとの国境を越えようとしなかった。何故彼は、命の危険を犯してまで西ドイツに留まったのか?その時ギヨームの心に何が起きていたのか?
当時僕はこの事件を新聞で見て、何かの冗談ではないかと思った。よりによってブラント(鹿賀丈史)の秘書官がスパイだったなど、そんなことを許した西ドイツの政府はなんてどじなんだと思ったものだった。写真に写ったギヨームはなんとも風采の上がらない平凡そのものの太った中年男だった。その後ブラントが苦境に立たされたと言うニュースは何度か目にしたが、ギヨームによってもたらされたダメージがどんなものだったかの報道は無論ない。米国がNATOの情報を渡さないという嫌がらせをやったことで想像が出来た。やがてシュミット(この劇では三浦浩一がやっている)が後を襲って、僕らはギヨームの存在を忘れた。

 


逃げなかった男、ギヨームに興味を持ったマイケル・フレインは、自分のなぞ解きの旅のたどり着いた先から逆にこの劇を語りはじめる。
東ドイツから亡命、地方の社会民主党のなかで頭角をあらわし、写真屋でコピーの仕事を引き受けながら、西ドイツ内閣府のオフィスに居着いてしまうギュンター・ギヨームという男の話を。
開幕からギヨームにはアルノ・クレッチマン(今井明彦)が影のようにつきまとっている。東ドイツの諜報機関でギヨームの上司にあたる。ギヨームが撮影した文書のフィルムを受け取る連絡係でもある。
舞台上手手前には首相のスタッフである大臣ホルスト・エームケ(近藤芳正)の執務室、真ん中奥に連立内閣を組んだ自由民主党との混成チームの大きなテーブル、あとは全体が黒一色で統一されたシンプルな舞台である。時々二三枚のパネルが舞台中央を横切るのが場面転換に使われる。堀尾幸男の装置は、蜷川芝居のようなよけいなものをとりさって、この上なくさっぱりとしているように見えるが、漆黒の大きな板を鋭角的に張りだし、緩やかな階段状に重ね、その向こうに一段低くスタッフのテーブルを配するなど、実は巧みにこの重厚な会話劇にふさわしい緊張感を作り出しており、久しぶりに得心のいく仕事ぶりだった。

 


その奥のテーブルのまわりにいるのは、ヴィリー・ブラントと同じ社会民主党の長老ヘルベルト・ヴェーナー(藤木孝)副党首で後の首相ヘルムート・シュミット、内務大臣で自由民主党のゲンシャー(加藤満)その部下で社会民主党の保安局長官ギュンター・ノラウ(温水洋一)らで、どちらかといえばブラントに対立する人々である。ヘルベルト・ヴェーナーなどは常に党内の権力争いの中心にいる人物で、腹の底は明かさないといういかにも政治家らしい態度の老人である。シュミットがこれと結んでいると見えるがしかし、真意を計りかねるという政治的な思惑や連立政権の政策を巡る駆け引きなど権力中枢の裏話的面白さもこの劇にはある。実際、実在の大臣や首相が権力をむき出しにしたり、変化する状況を前におろおろする様子は実に人間的で、権力者と言えども内実はそういうものだろうなと思わせる。
そのような権力闘争の場があればこそ、ブラントが心を休めるところは政治家であるよりは法律学者であったホルスト・エームケの執務室であった。
演出のポ-ル・ミラーは、この対比を適当な距離で表現し、簡潔にして要を得た登場人物および背景説明を素早く冒頭で見せてくれた。そして最後まで抑制の効いた身振りと明晰なせりふ回しで劇全体の知性と品位を保ち続けた。この前に平田オリザの「御前会議」を見ていただけに、演劇の形式は決してひとつではないなという思いを強くした。

 


エームケが大臣を辞して、いよいよ頼りになるものはギヨームしかいない。スパイは偶然願ってもない首相の秘書官という地位を手に入れる。
二人はドイツ中を遊説に出かける。また、ブラントはアウシュビッツを訪ね、地に膝まずきユダヤ人に謝罪を表明した。東ドイツとはその存在を認め宥和政策を採る。ギヨームにとっては、何一つ邪魔立てすべき政策はなかった。ブラントが目を通すものはギヨームも見た。ブラントが書いたものはギヨームの手から渡された。首相がいつなにをするか、誰と会うかは、ギヨームだけが書き込むノートによって決まった。
ある日、保安局長官ギュンター・ノラウの報告によってこの長い蜜月時代は終わりを告げた。首相の周辺から機密事項が漏れ出していることに気付いた長官がギヨームに疑いの目を差し向けたのだ。ブラントには告げられたが、意に介してるふうには見えなかった。そうした中、戦前ナチに追われて亡命していたノルウェイの田舎で家族とともに休暇を過ごすことにしたブラントが、既に親しくなっていたギヨームの家族も誘う。
素晴らしい休暇を過ごしたあたりから、ギヨームは嫌疑がかけられていることに気付きはじめていた。自分はスパイである。しかし、逃亡すれば、これまで培ったブラントとの友情を裏切ることになる。おそらくそれをしたくなかったギヨームはスパイである自分を裏切ることにしたのだ。
ギヨーム逮捕の後、ブラントが辞めるまで少し間があったが、その間の権力争いはいわゆる「政局」といわれるもので、デモクラシーなどとほど遠い。結局、民社党の黒幕ヘルベルト・ヴェーナーが動いて、後継者にシュミットを指名、就任演説をするところで幕が下りる。
ポール・ミラーは演出のポイントを二つの流れを際立たせることに置いたといっている。ひとつは西ドイツ中道左派政権を舞台にしたソーシャル・コメディと呼べるような物語。もう一つはマイケル・フレインが言っている「複雑性の芝居」というもの。つまり、個人のもつ内面の複雑さの表現、である。それはねらいどおり十分にでていてこの芝居の一種の分かりやすさになっていた。

 


それにしても、タイトルの「デモクラシー」とはなんだったのか?
西ドイツの社民党はソ連やと東欧、東ドイツなど東側に寛容で、ブラントは歴訪によって戦争の謝罪をし、融和しようとした。それが西ドイツ大衆の民意であったとすれば、それこそデモクラシーというものではないか。しかし、ナチが台頭した遠因は第一次世界大戦にある。ナチは始めから独裁ではなかった。選挙によって政権をとったのである。そのときデモクラシーの原理は機能していた。結果として600万人のユダヤ人が虐殺され、2000万とも3000万とも言える人々が戦争の犠牲になった。ブラントの時代、ヨーロッパは二つの大戦の教訓によってデモクラシーの意味を更新したのである。我が国でも、軍人が何と言おうと戦費の支出は国会が決めた。結果三百万人の同胞が戦死し、1500万人の東亜の人々が犠牲になった。日本でも、戦後デモクラシーの意味は深化したのだと思いたい。

 


そして米国のデモクラシー。傷ついたことのない大国の原理原則。そろそろどこかで止揚されることがなければ新たな犠牲が生まれるだけ、とそのような気がしている。

 


最後に、役者について言及することにしたい。さて、演出のうまさだけが目立って特別目に留まったことはないが、男ばかりの殺風景な芝居に関わらず皆達者で、素直に劇の世界に入ることが出来た。市村正親は眼鏡で適当に表情を殺し、いつもよりは抑えてギヨームという難役をこなした。ブラントの鹿賀丈史は風格があった。藤木孝は適役を得た。そういえばこの二人はジャズ、ロックの歌手出身だった。古い話だ。
久しぶりに本格的正統派演劇を目にして十分満足した。マイケル・フレインはやはりすごい。

 


   (2005/4/11)

 


題名: デモクラシー
観劇日: 05/3/25
劇場: ル・テアトロ銀座
主催: ホリプロ・テレビ東京
期間: 2005年3月16日~31日
作: マイケル・フレイン
翻訳: 常田景子
演出: ポール・ミラー
美術: 堀尾幸男
照明: 沢田祐二
衣装: 小峰リリー
音楽: 高橋巌
出演者: 鹿賀丈史 市村正親 近藤芳正 今井朋彦 加藤満 小林正寛 石川禅  温水洋一    三浦浩一  藤木孝

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劇評「その河を越えて、五月」」(02年初演)

Sonokawawo (再演の劇評は上げてあったが、初演の劇評は移してなかったので)
この作品は、2002年舞台芸術賞〈朝日新聞主催、テレビ朝日共催〉グランプリを受賞した。(1月発表〉サッカーワールドカップの年にふさわしい配慮かもしれないが、グランプリはともかく、等身大の韓国と日本の交流を穏やかに描いた佳品として、十分評価できる。まずはプロデューサー栗山民也の手柄であろう。
設定がいい。
ソウルの街中を流れる漢口の河原で、日本人の韓国語学校の生徒とその先生である韓国人の一家が一緒に花見をする。桜の花びらがちらほら落ちてくる木の下で弁当を広げ、言葉がうまく通じないながらも互いに理解しようと努める姿をみるのは、気持ちの良いものだ。平田オリザと金明和が話し合って決めたことだろうが、ひょっとしたらこの世代でなければ考えつかなかったかもしれない。
僕が日韓条約反対運動にかかわったのが、高校生のころだ。このころは韓国の軍事独裁政権が人々を押さえつけていて、国内が、あるいは暮らしがどうなっているかあまり情報も届かなかった。民主化されるまでは、長い間、反日教育が徹底していて、日本の情報は鎖国状態、文化的交流など全くかんがえられもしなかった。
僕らは、差別の実態を子供ながら少しは知っていた。たとえば、小学校六年の同期の男子が父親に連れられて北朝鮮に帰った。〈日本人の母親は残ったが。〉学生時代の友人は日本に帰化した。差別はなんの意味もないことを知っていたが、なぜ、いつごろからあったのか、よくは知らなかった。それについて誰も語らなかった。
こういう過去を知っていると、まず、植民地支配と差別を非難され、謝罪しろといわれるような気がする。それからこっちも政治的なレベルの反論をして・・・という展開になりそうだ。少なくとも、いきなり桜の木の下で一緒に花見をするという発想は、なかなか出てこないのではないか?と思う。

 

はずかしながら、朝鮮半島の人々の生活原理のようなことを知ったのは、司馬遼太郎によってであった。 彼はどこかでこんな意味のことを書いていた。「韓国や朝鮮の老人はじつにいい顔をしている。にこにこしていて屈託が無く、ひがな一日踊ったり食べたりして、日本の老人の暗い表情とは大違いだ。老人が大事にされる、長幼の序を重んじる社会だからこうなるのだ。」
つまり、この国は儒教の教えを土台にして成り立っているというのである。しかし、これが行き過ぎると、論理的正当性だけを追求するようになって、空理空論に陥り、現実から乖離して実効性を失う、特に政治においては、ともいっている。

 

そういえば、韓国語教師の弟夫婦がカナダへ移住することをオモニ(母親)に言い出すことが、家族にとって極めて深刻な問題あるいは事件として、この物語の重要な骨格になっているのがそれであろう。母親に対する異様なほどの畏れに驚くが、そうとわかってしまえば、納得できることである。
日本人のグループは、年齢もさまざま、それぞれが事情を抱えて韓国語を学んでいる。転勤の夫についてきた主婦、不登校だった若者、ボールペンを販売している会社の社員、水泳選手でオリンピックを目指す在日韓国人の青年とその恋人、世界中を回っているフリーターの女性などである。それに、韓国に新婚旅行でやって来て花嫁とはぐれて河原に迷い込んだ男が静かな舞台をかき乱す。これがアクセントの役割を果たして、少し平板な芝居の構成をひきしめた。
ひとつひとつのエピソードは、いまの日本の一般的な市民の状況を表していて、さらに韓国に身を置いた日本人の視点から韓国の現在を語る。僕が考えたような政治的議論はきれいさっぱりなくて、彼我の違いを確かめ、善意にあふれた言葉を取り交わすのである。 この平田オリザの水彩画のような現代の切り取り方は、この場合適切で、不満のないところだ。そして、とりわけきれいで的確、安心して聞ける日本語がいい。平田オリザの芝居は観たことがなかったが評判以上であった。ここではむしろ平田を指名した栗山民也のプロデューサーとしての才能が評価されるべきか。
俳優では、何と言っても白星姫の貫録。この存在感は、日本ではたとえられる女優が見つからない。 韓国語教師の李南煕も人柄のよさがにじみ出ていて好感が持てたが、次男の徐鉉吉吉も韓国にいかにもいそうな青年を表現豊かに好演した。
佐藤誓がサラリーマンというより「営業マン」の雰囲気をよく出していて、思わず実際、経験があるのでは?と思ってしまうくらい達者だった 。 収穫は小須田康人だと思った。第三舞台から出たようだが、何かやってくれそうな雰囲気を持った俳優だと感じた。  
このようにして、若い世代が次の日韓の関係を築いていこうとするのは、僕も賛成だ。2000年くらいの長いスパンで見れば、「不幸な時代」はそれほど長いものではない。しかし、こういえばいきり立つようにして不幸な時代を問題にする世代も残っている。はたして、「それは、それ」としてすまされるのか? その人たちの意見も聞いて見たい気がする。

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2023年10月28日 (土)

劇評「世紀末のカーニバル」(04年)地人会

Seikimatu

この間、宮城県沖地震の時浅野知事が不在で問題になった。ブラジル移民80年とかの行事に招かれて地球の裏側にいたのだ。こんなことで責任追及しようというのは卑しい根性である。地震は知事なぞの人格や行動にかかわらずいつでも起きる。そんなときほど役人連中など当てにならないと心得たほうがいい。いかなる天変地異も起きうるのだから自分がどう対処するか、肝心なことは普段の覚悟の問題である。


 

いや地震は本題ではなかった。
宮城県からブラジルへ移民して80年といえば既に三世代以上代替わりをしている。他の県でも事情は同じようなものだろう。80年たっても遠く隔たった先祖の土地を忘れない。それどころか律義に現在の知事を招いて紐帯を確かめる。人間とは不思議なものだ。
斉藤憐によると移民は、英国からの借金で賄った日露戦争の戦費を返すのに、税を取り立てたのがきっかけに始まったという。現金収入が無い農村は疲弊した。大正から昭和初期にかけての経済恐慌と冷害による飢饉もまた移民に拍車をかけた。当時の人口は、今の半分以下であったろう。〈少子高齢化といって恐れているのは片腹痛い。〉それでも我が国は飢えた。食えなくなったらやがて不満がつのり政権は危うくなる。そうなる前に人口を減らすには移民しかない。

外務省は南米に交渉していくつかの受け入れ先を見つけた。だましてでも入植させるのが国家戦略だから、後で随分恨まれた様子が芝居の中に描かれている。こんな役人は憎まれて当然である。斉藤憐はこれを称して「棄民」とどこかに書いた。しかし棄てられたほうも頭からお上を信じていたわけでもあるまい。ごみのような言われ方は不本意であろう。どうせ小作農の次男三男、日本にいてもいいことはあるまいと覚悟して故郷をでたのだ。覚悟とは、野垂れ死にしても責任は自分で引き受けることである。
 

 

同じ頃、日露戦争に勝って以来の足がかりがあった分満州には行きやすかった。満州は中国には違いないが、万里の長城の外で、十以上の軍閥が覇を競っている無法地帯である。〈アフガン戦争を思い出したらいい〉この連中をてなづけた帝国日本は、特に関東軍はほとんどここを自分のものという気分で見ていたふしがある。
働き場所はいくらもあった。南満州鉄道はソ連などの妨害はあったが大威張りで営業していたし、開墾すべき土地は勿論〈中国人の土地だったが〉、牡丹江の露天掘りの炭坑、国策会社、日本産業株式会社〈日産自動車の前身〉などがあった。相当の投資を続けていたのは、ここに植民地を作ろうと言う意図があったからである。途中から五族共和の独立国に変更したまではいいが、時の勢いは止めることが出来なかった。
 


 

永瀬タツ〈渡辺美佐子〉は、満州からの引き揚げ者である。夫がシベリアに抑留されて行方不明になったので息子ミツル(武正忠明)を連れて青森野辺地へ帰った。帰っても食えないから下北の開拓村へ入植し、そこで出あった男と所帯を持った。子どもが出来たところへ死んだと思った夫が帰ってくる。迷ったあげく長男だけを連れて下北の家をでて、夫とともに飯場を転々としているうち東京でブラジル移民のポスターを見て応募したのであった。この時期にも海外で一旗組は存在したのだ。
だから、ブラジル移民一世といっても戦後何年も経ってからの移民で、しかも戦前満州移民を経験しているという点では珍しいケースである。

 

永瀬一家は、孫であるマリオ(佐川和正)と三人、電機会社の吉井(花王おさむ)の持ち家で暮らしている。この家には他に沖縄出身の移民、阿波根義雄〈飯田和平〉と息子シーロ〈沢田冬樹〉と今は、通訳をかねて日系人の生活の面倒を見たり情報発信したりしているがもともとサンパウロ大の社会学助教授であるイネス〈日下由美〉が住んでいる。
ミツルには大学病院の医者である妻へジーナ〈順みつき〉がいて、ブラジルで一人頑張っていたが給料の遅配などで生活してゆけなくなり、ついに日本に出稼ぎにやって来る。医師免許は日本で通用しないから、看護婦の仕事につこうというのだ。
吉井の電機会社の様な部品メーカーへ出稼ぎの労働者を斡旋したりその家族の面倒を見ているのが、沖縄出身で自らも移民であった謝花紘一(鈴木慎平)である。イネスもジーナも謝花の世話で職場を得ている。
当面のトラブルは、ブラジルしか知らないマリオが電機会社で朝礼をしたり日本風にしつけられたりするのに反抗的で、一向に定着しようとしないことである。
マリオはすったもんだのあげくに日本人の娘とブラジルに帰ってしまうのだが、何年もしないうちに日本の良さを見直したといって舞い戻ってくる。

 

そのうち、タツが下北に置いてきた息子上村耕作(田中壮太郎)が突然現れ、恨み辛みをぶつけるということになる。しかし耕作が陸奥小河原開発で手にした金をちらつかせると、ちゃっかりそれを出資させて、タツは日系人相手の雑貨屋を開いてしまう。これが成功して、暮らしは順調に見えたが、日系人社会と日本社会には微妙なずれが生じていることを誰もが気づくようになる。
結局、ミツルとへジーナ夫妻はブラジルへ帰ることになり、阿波根もまた息子をおいて帰国を決心する。
 
物語は平成元年に始まり、平成七年のナガセ夫妻の帰国で終わる。
この間、日系人の出稼ぎは増加の一途をたどり、受け入れる自治体もポルトガル語教育や行政サービスの面でそれなりに対応策を打ち出してきた。しかし、バブル崩壊の影響が徐々に現れ、働き先が安定しているという状況は望めなくなった。

「ミレナ」の後というのが少し腑に落ちないが、こんど斉藤憐は、日系ブラジル人の出稼ぎという問題に注目した。何故にという問いに対する答えがとりもなおさずこの芝居である。日本社会の中に一時的に異質の文化が入り込んで、それがどのような影響を与え、いかなる結末を迎えるかということである。異質と言っても元は日本人、あるいは日本文化の影響下にある日系人のことである。肌の色や宗教や習慣を大きく異にする人々がこの規模で日本に入ってきて新たにコミュニティを作ったとしたら、それはまた別の話である。

 

ブラジルの日系人は優秀だというのは定説である。ナガセミツル夫妻は医者であり、イネスは大学の助教授である。こういう人たちが食えなくなるというのも困りものだが、出稼ぎ者の実態はそんなところである。一方受け入れる日本人も電機部品の組立という労働集約的事業を営んでいる工場主で、単純労働を引き受けてくれる働き手はありがたい。住宅を提供するなど当然と思っている。それを斡旋する仕事をやっている人間ももとはといえば移民一世で、彼らの苦労はよく知っている。異文化?同志とはいえ、このように善意を絵に書いたような人々の間にそれほど深刻な問題が起こるだろうか?果たして大したことは起きないのである。

 

 

芝居を構成するそれぞれのエピソードは面白い。特に主軸である永瀬タツの半生は、波乱に富んでいてスリリングでしかもしたたかである。肝っ玉「かっちゃ」〈津軽の方言〉そのものといってよい。雑貨屋を開いて周辺を巻き込み、多少のトラブルにもめげず楽しんでいる様子は、この人生が、自分の足でしっかりと大地を踏みしめてきたという覚悟のほどを表していて、見ていて心強い。マリオが日本の習慣になじめないという話はかえって日本人のやり方を見直す機会になるし、シーロが車を買って日本に定住しようというそぶりを見せるのも若者が国というものをそれほど深刻に意識してはいないことを表していてある種ほほ笑ましいともいえる。ミツルにしても、物心つくまで暮らした祖国にいるとは言え、もともとブラジルに医師というしっかりした生活基盤があったわけで、帰国は当然のことであろう。また、謝花紘一が日系ブラジル人の出稼ぎ者を集める苦労も物語の背景を示唆していて重要だが、陰惨な気配などみじんも感じられない。
 

 

これらのエピソードを通じて僕が感じたのは、「よかったね。」ということだ。先祖の国がとりあえず暖かく向かえてくれたのは幸いであった。しかし一方で、僕が最も強く感じたのは日本人は随分変わってしまったということだった。礼儀正しさ、家族の絆、互助の精神、故郷を思う気持ちなど昭和三十年代までは確実にあった素朴な生活信条が日系ブラジル人の社会にはまだ濃厚に残っているにもかかわらず、我が国ではすっかり姿を消してしまった。そのことに気づいて、やりきれない思いになったのである。この物語は僕らが豊かさを手に入れる代わりに失ったものの大きさを教えてくれたのであった。

 

しかし、斉藤憐が言いたかったことはそれよりも、、国策としての移民と入管法改定の背後にある国家のご都合主義を告発するという主題にあったであろう。確かに日系三世や四世は日系人か?という問題は重要である。イタリア人系はどこまでさかのぼってもイタリアのパスポートを取得できるらしい。それもひとつの考え方である。日本は単一の民族が同じ文化〈言葉〉のもとで長年暮らしてきた。異質な文化の移入に果たして耐えられるかという問題は誰もが懸念するところだろう。
  
しかし、国際化〈インターナショナル〉とはいわずグローバル化の時代である。つまり、今後長い時間をかけて国家は実質的にも概念的にも解体されていくのであり、地域共同体あるいはもっと小さなコミュニティがひとつの単位を形成して生きていく時代が来るかもしれない。国家に帰属して生きるという幻想が消滅したらもっと別のルールをあみだしらいいのである。
 

 

そう考えてくると、この物語はそうした時代に先駆けた、もっともおだやかで納得のいくフィージビリティスタディ(Feasiblity study)になっていると気がついた。
それはそれで未来の問題だが、最も現実的で重要と思われるブラジルの現在と将来展望についてこの芝居ではなにも言及していないことが不満として残った。

ブラジルのハイパーインフレは、ある日突然始まった、という印象がある。その後ストリートチルドレンが大勢射殺されるなど治安の悪化が伝わってきた。一体何が起きているのかこっちは知るよしもない。この間日系人はこうした事態にどのように対応してきたのか?ペルーでは日系人が政治家に、大統領になった。ブラジルの日系人は政治に参加しないのか?彼らが帰っていくブラジルの今後はどうなるのか?この点の見通しについて斉藤憐には少しなりとも見解を入れて欲しかった。そうでないと、ブラジルにおける日系ブラジル人というものが、僕などには、何だか収まりの悪いものに見えてくるのだ。

 

演出の木村光一が、肩からぶら下げる巨大な携帯電話をもちだしたり、甲子園の高校野球を話題にしたり、懸命に時代背景を描こうとしているのをみて、それが大した意味を持つのかと思ったものだから、おかしいというよりもほほ笑ましく見ていた。この失われた十年のさなか記憶に刻まれた事柄はいくつかあるが、自分達の生活と結びついた「リアリティ」という意味でなにがあったか、解読された歴史は何一つなくすべては遠いことのように思えるというのが僕の実感である。携帯電話の小型化と多機能化は確かに時間の経過を示して象徴的といえるが、それは便利さの進化というよりはむしろ過剰と停滞を印象づけて、うまい喩えとも言い難い。この芝居の中の日系出稼ぎブラジル人社会もまた時代に翻弄されるというよりは、むしろ時代に関係なく牧歌的時間を過ごしていたのではないかという印象があったので、木村演出の力みが目立ったということである。
 
さて、役者は脇がよかった。花王おさむはもと喜劇の人だが、いかにもいそうな中小企業の経営者をけれん味なく演じて説得力があった。飯田和平も移民一世としての苦労を滲ませて存在感を示した。そして鈴木慎平。達者な役者である。最近こういう役柄が多いような気もするが、僕は必ずしも適役と思っていない。「夜明け前」の番頭役で見せたような、知的な閃きを表情の裏に隠してきびきびと動き回る、というようなわき役を是非見てみたいと思う。
田中壮太郎のワルぶりも印象に残った。
                         
(3/12/04)

 

 

題名: 世紀末のカーニバル
観劇日: 04/2/27
劇場: 紀伊国屋サザンシアター
主催: 地人会
期間: 2004年2月17日~29日
作: 斎藤 憐
演出: 木村 光一
美術: 横田 あつみ
照明: 室伏 生大
衣装: 宮本 宣子
音楽・音響: 日高 哲英・斉藤 美佐男
出演者: 渡辺美佐子 武正忠明 順みつき  佐川和正 高安智実 田中壮太郎  鈴木慎平  飯田和平 沢田冬樹  日下由美  花王おさむ

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