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2023年5月27日 (土)

映画評「ホッテントットエプロン・スケッチ」(2006年)

Photo_20230527125101 昨年5月に見た「眠り姫」と同じスタッフによる音楽演奏+映画の公演である。「眠り姫」は漫画の山本直樹の原作を監督の七里圭が翻案したもので、筋書きを追うというよりは一種の気分、イメージを味わう映像作品であった。本作品は原案(新柵未成)があって、それを映像化したものらしいが、基本的には七里圭の映像文法とも言うべき手法で描かれている。「眠り姫」の方は原作との距離感が今一つはっきりしないところがあって、山本直樹に触発されたといっても、後半次第に思想的な緊張感を欠いて、終いには類型的な映像(グラフィックとしては完成されているが・・・)に逃げてしまっていた。

 


それに比べると「ホッテントットエプロン」とは実に直截な表現ではあるが、その主題を終始一貫追及するという点では、前作を上回る出来栄えだったと思っている。 
里香(阿久根祐子)は、ステーキレストランでアルバイトをしている。アパートでは彼氏と暮らしているようだが、かいがいしく夕飯の支度をしても相手が帰ってこない日もある。女の子らしくビスケットのパッケージがおいてある。一人「森永マリー」を噛む音はぽりぽりと乾いている。あれは油っ気を極力押さえた焼き菓子で、ややもすると粉っぽさが砂漠の砂を連想させるものである。(偶然だが最近僕はこのビスケットを景品欲しさでよく買っている)クッキーではないところが、何かもの言いたげであった。それが現実の里香の生活である。
彼氏との関係は微妙であり、さらに里香は見えないところ=下腹部に大きな痣があることが気になっている。この痣は里香の心理的な瑕疵になっていて、目下のところ、彼女にとってはそのことが重いのだ。何故そんなところに・・・?という問いとそこから逃げ出したいという思いがあふれ出てくる。その切実な思いを交錯させながら里香の心に浮かんだ幻想を映像が追いかける。 
山の中の誰もいない朽ちかけた別荘のような建物。白と黒の斑模様からカメラがひくとそこには立派な体躯のホルスタインがいる。自分の身体の痣がこの斑の一つによく似ていてそれを移したものだというのだろう。 


 

里香は家具のない別荘の青暗い部屋の中に閉じこもる。ふすまを外した押し入れの中に自分とそっくりに作られた等身大の裸の人形(関節で折れ曲がる)がすわっている。始めはこの人形を抱きしめ、いとおしいものとして扱っている。それは自分の中にあり自分と一体である。人形と一緒に薄暗い部屋の中に閉じこもっていれば、そこは唯一里香の安心できる世界なのだ。
ところが、人形は自分の問い掛けに応えてくれない。里香は外へ出ようと段ボールで出来た壁をはがしはじめる。繭を破って羽化する蝶のようだ。どんよりと曇った空から雨が落ちている。庭へでてどこかへ行こうとするが、うっそうと茂った木々が行く手を阻んでいた。絹の下着が濡れて身体にはり付いている。濡れたまま再び部屋の中に戻ると真っ赤な毛糸がクモの巣か何かのように下がっていた。それを刈り取り濡れた身体を暖めるようにまといつかせ、ころげまわる。それでも自分がその痣から解放されないと分かると、一転して今度は人形が次第に疎ましくなっていく。もはや人形との戦いである。 
戦いに疲れ、ぼう然としているとザクロが転がっているのが目に入る。ザクロにかみつき赤い汁を滴らせ、吐き散らす。ザクロは人間の血肉の分かりやすいモンタージュである。まるで居直っているみたいだ。 
気がつくと壁に粘土で出来た斑模様がいくつもはり付いていて、自分が抱えている奇妙な格好にひしゃげた人形の顔にも腹にもべっとりと斑模様が付いている。 
夜、段ボールの残骸やら木片を庭で燃やす。人形はもはや生命を失ったかのように片隅に転がっている。朝になって、とんがり帽子のマントを羽織った男が吹いている笛に誘われて、建物を後にする。霧の中をどんどんついていくと、水辺にでた。川岸なのか、沼なのか杭が一本水からでている。何かがゆっくりと動いている重そうな水の中に次第に沈んでいく・・・。

 


映像は前後するかもしれないがおおよそこのような流れであった。開幕してすぐに「昨日、彼が私のからだを見た」「かくせない痣に怯えてしまった」「母の夢を見た」などのせりふが声とともに字幕(英語も併記)で示されるが、基本的には無声映画である。
思春期の男でも女でも、この種の悩みを持つことは存外普通のことであり、大概はどうにか精神的にやりくりして始末をつけるものだ。自分の顔が気に入らないといってもそのうちに慣れてくるのと同じで、結局身体は自我と分化出来ない、一体となって自らのアイデンティティを形成しているとやがては悟るのである。それは何よりも『彼氏』という他者との関係があって初めて了解できる事柄で、「怯え」とはその関係の始まりに過ぎない。それがどのように展開するかは分からないが、要は時間が解決する。そう言ってしまっては身もふたもないが、我々はそうして生きている。 
ところが、この映画の主題はその「怯え」つまり他者と向き合うという関係が「始まらない」場合の、いわば関係性以前の問題なのだ。「彼氏」つまり他者は画面の外にいる。したがって、これは里香の内面の出来事であり、その中で、なによりも里香はひたすら自分の身体が重いのである。痣は一つの契機になっているのだろうが、それがあってもなくても里香は自分の身体を(妙な言い方だが)自分の中から排除(push out)したいと感じている。その第一段階が映像の中の里香であり、第二段階がそこから排除されて完全に外にでた、あの等身大の人形である。映像はこの捨ててしまいたいおのれの身体とはなにかをひたすら問い続ける過程だといってもいい。

 


現実の里香は、どのみちどこかで「隠れたところの痣」と折り合いをつけて生きていかねばならないが、彼女が迷い込んだ幻想の世界とは一体どのような現実の反映なのか気になるところである。 
映像は里香の肉体を、ときには雨に濡れて肌にはり付いた絹布の上からなめるように写し出す。しかし、その映像は乾いている。大人になりかけた若い女の弾力のある肌が見えるといってもその視線は無機的である。この場合、阿久根祐子の身体が健康でなによりも「過剰でない」ところがよかった。エロティシズムを極力排するという作り方は「眠り姫」でも一貫していた七里圭の方法論で、相対する誰かがいたとしてもそれを単に「気配」として描き「関係性」としては捉えないという頑なな意志がある。関係性のないところにエロスは発生しない。 
エロスとは相互関係である。相手に対する欲望の際限のない連鎖である。エロスもアガペーもギリシャ以来人間が生きていく上で重要な駆動力である。その大事なものが欠落した世界とはどういうものか。自閉症である。病の一種といえばきつくなるというなら自閉的である。 


 

こういえば、一時期流行った「オタク」の存在を思い出すのだが、「オタク」の精神構造は自我を防御するあまりコミュニケーション失調症に陥ったものといえる。上映された場所が秋葉原だったからといって、この映画がそれだといいたいわけではない。「オタク」は倒錯的で猟奇的な事件がきっかけで大きく取り上げられたが背後には漫画・アニメ愛好者というマイノリティながら社会現象があった。これが何故この時期に生まれ、どんな意味を持っていたかという問題を取り上げた本がいくつかあって、実は僕はこの映画を観ながらそれを思い出していた。 
そのなかのひとり東浩紀に従えば、イデオロギーをはじめ経済、社会システムなど近代世界を支えてきたあらゆる領域の社会規範が、70年代以降(ポストモダンと一般的に言っている)急速に有効性を失って(=「大きな物語の凋落」ジャン・フランソワ・リオタール)、その空白を手近にあるサブカルチャー=漫画やアニメの世界、その価値観(=「小さな物語」大塚英志)で補うようにやや神経症的に自我の殻を作って閉じこもる行動様式がオタクである。「小さな物語」とは具体的に「コミケ」で作品が流通するのを見ればわかるが、どこにオリジナルがあるか分からないほど無数のコピー(=物語)が作られることだ。ジャン・ボードリヤールの「シュミラークル」が充満する世界である。つまりオリジナルの権威は失墜し、そこからさらに超越的なものはその信頼を失ってしまう。
このように、オタクはポストモダンの社会状況を背景にしてある意味では必然的に生まれたものであった。 
少し飛躍するが、こうした超越性の観念が凋落するポストモダンにおいて、人間性はどうなるのかということについて東浩紀は、ヘーゲル哲学に独特の見解を示したコジェーヴの考えを参照する。

 


ヘーゲルは欧州が近代に到達した時に「歴史は終わった」と言った。なぜならヘーゲルによると、「『人間』はまず自己意識を持つ存在であり、同じく自己意識を持つ『他者』との闘争によって、絶対知や自由や市民社会に向かっていく存在だと規定される。ヘーゲルはこの闘争の過程を『歴史』と呼んだ。」したがってヘーゲルにとっては19世紀にこれを規定した時すでに「歴史」は終わっていたのである。これを引き継いでコジェーヴは、ヘーゲル的な歴史が終わった後人間には二つの生存様式しか残されていないという。一つは「アメリカ的な生活様式の追及」、彼の言う「動物への回帰」であり、一つは「日本的スノビズム」である。後者はコジェーヴが日本を訪問したことが契機となって生まれた概念で、興味深いのだが、この際急ぎたいのでそれはさておいて,僕がここで言いたいのは前者の方である。
コジェーヴは、「人間」は欲望を持つが、対して「動物」は欲求しか持たないという。腹がへった動物は食うことによって欲求が完全に満たされる。欠乏-満足の回路が欲求の特徴であるが、人間には加えて別種の渇望である、欲望がある。この欲望は僕が先に述べたエロスやアガペーといったもので、それこそが自己意識を生み、他者との関係性を築く原動力、すなわち人間の社会活動の基礎になるものである。動物の欲求は他者の介在なしに満たされるが、人間の欲望は本質的に他者を必要とする。
したがって「動物になる」とは各人がそれぞれ欠乏-満足の回路を閉じてしまうという状況の到来を意味する。コジェーヴは戦後の米国型消費社会を指して「動物的」と称したのだが、その論理はマニュアル化、メディア化、極限まで合理化された流通システムなど広範に、グローバリゼーションによってさらに世界を巻き込みながら行き渡り、かつてはコミュニケーションなしには手に入れられなかった日常の食事や性的なパートナーまで、実に簡単に他者の介在なしに即座に入手可能になったのである。こうした社会では、人はなにも考える必要がなくなる。「蛙や蝉のようにコンサートを開き、子供の動物が遊ぶように遊び、大人の獣がするように性欲を発散する」世界になると、コジューヴはシニカルに述べている。(以上は東浩紀「動物化するポストモダン-オタクから見た日本社会」講談社現代新書に全面的に依拠た)

 


さて、このような時代認識を下敷きにしてこの映画を観たとき、映画の作り手は、いわゆる「アメリカ型消費社会」がもたらした「動物化」が我が国にも十分行き渡っていることを実感しながら作っているという気がした。 
里香は彼氏の存在をひとまず括弧に入れて、痣がある-痣がない「つるんとした」完全な身体という自分の中で生まれた欲求(「小さな物語」といってもいい。)の間を往復している。完全な身体という幻想がある限り、それに比較して不完全な身体は重い、いらないものになってしまう。そうして自分の中からけり出した人形に痣が移るが、人形はまた自分であるということによって、永遠に満たされない欲求を追いかけているのである。これは無意味ではないか。いや、この無意味こそ我々の時代ではないのかといっているのである。 


 

「ホッテントットエプロン」とはアフリカで首に輪を巻いて異様なまでに延ばしたり、下唇に木のへらを入れる風習と同列のものだと思うが、身体の一部を傷つけ外観をかえるというのは我々の価値観からいえば異常である。むろんそれぞれ呪術的な意味とか由来はあるのだろう。では「つるんとした」完全な身体に対して「痣」のようにそれは身体の瑕疵なのであろうか? そうではないと言いたげな実に挑戦的なタイトルではある。 
ところで、前回たいへんな才能だと書いた侘美秀俊の音楽だが、この作品では効果音に多く使われてまとまった楽曲を聴かせてもらえなかった。せっかく実演と映画と銘打っているのだから、もう少し出番を作ってくれてもよかった。 
新柵未成の書いたシノプシスは、非常に長いもので、この作品に使われたのは始めのホンの少しの部分だったと聞いた。僕が感じたことはさておいて、若い才能が、この時代をどのように捉え生きていこうとしているのか、いつかその先を見てみたい。

 

 

タイトル ホッテントットエプロン・スケッチ
観劇日 2006/11/16
劇場 秋葉原UDX
主催 愛知県文化情報センター
期間 2006年11月16日~18日
作 新柵未成
原作/翻訳 七里圭
演出 高橋哲也
美術 生瀬愛子
照明
衣装
音楽 侘美秀俊
出演 阿久根祐子 ただてっぺい 大川高広 井川耕一郎

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映画評「 眠り姫」

(2005年)


Photo_20230527123501 これは映画に生演奏がプラスされた公演である。演劇ではないから「徒然雑記」にしようと思ったが、分量が多すぎた。映像と音楽で作られたパフォーミングアートといえる作品なので、あえてこのページに感想を書くことにする。

 


山本直樹の同名漫画が原作だという。
漫画は「BSマンガ夜話」(NHKーBS不定期放送)を見てその動向を確かめているが、いらいらするから全く見ない。電車でいい歳の男が夢中で読んでいるのを見るとうしろから一発食らわしたいという衝動を覚えることがある。
とは言え、世界中で日本のコミックが売れているらしい。理由は解らないではないが、手放しで喜んでもいられないと思っている。年をとった証拠か?
興味があったので、どんな漫画か探してみた。昔の竹久夢二や林静一のような大人びた美少女が出てくる退嬰的で官能的な香りのする絵かと想像していた。どこの本屋にもこの作者のものはあったから売れているのだろう。ビニールでまかれて中は見えないが表紙絵は、いわゆるロリータ・コンプレックスというのか、今日的な言い方だと「萌え」的な感じのものである。買ってもよかったが、年ごろの娘がいるからこんなものをそこらにおいておけない。こんなに子供っぽいとは意外だった。

山本直樹は内田百間の「山高帽子」という小説をもとに漫画を書いたのだという。小説は青地という教師(百間自身らしい)と、芥川龍之介と思われる教師、野口が登場する。パンフレットによると「この二人が話題にするのは、幻聴や錯覚にまつわる数々のエピソード。すでにそれが妄想的とも言える、日常を通して、"ぼんやりした不安"が語られる。芥川の遺書にあるその言葉のように、えたいの知れない、不思議な短編小説だ。」
漫画はこの青地を女に置き換えた。女にしたことでますます妙な雰囲気が醸し出されたのだろう。「いくら寝ても、寝たりない。」「記憶とも妄想ともつかぬ、奇妙な夢。」「そこはかとない、現実への違和感が、青地の心を占めはじめる。」こう言うことなら確かに女の方が良かった。男はこう言いながらどこかで覚醒している。
それがとりあえず、漫画の世界らしい。


 

これを監督の七里圭が映像にした。
青地(つぐみ)も野口(西島秀俊)も登場するが声だけである。
「この映画が映し出すのは、ありふれた日常の、ありえない光景。そこには人間が、ほとんど姿を見せないのだ。誰もいないのに、気配がして、声がさざめく。それは恐ろしいほど美しい心象風景。冬の淡く移ろう光を狙い、足掛け二年の歳月をかけて撮影された映像詩が、人を写す以上に、人の孤独を、情感を浮き彫りにする。」
実際、映画を見るとこれ以上に付け加えることは何もない。
ただし、人の孤独と情感を浮き彫りにするという割には、全体として映像が平凡で情緒だけが過剰であり、その切々たるものが身に迫ってこない。
冒頭、枝の過密な街路樹の上が次第に明るくなる様子をリアルタイムで映し出す。なんという退屈な幕開けかと思ったが、ここは夜と朝の間の気だるくとろりとした時間感覚をうまく表現していた。
続いて部屋とおぼしきところに朝日が逆光で差し込んでいる。薄暗い中を人影が動いて、トイレの水音がする。重ねて青地の独白。「今出たトイレに誰かいるような気がする・・・」
この女の声が映画を見る観客の視点を決定づけた。
顔の長い同僚、野口や「彼氏」(山本浩司)など数人が登場して完ぺきなお芝居をするのだが、何故かカメラがそれをまったく捉えていない。声はするが姿がないことによってこの映画は青地が一人称で語るものと印象づけられる。というよりは、青地が中学講師であることが、何程の意味もない以上はむしろ、つぐみという女優の目線、あるいは身体と生理に基づいて映画が語られるという構造というべきかもしれない。
最初の印象ではそうだが、進行しているうちにつぐみの存在すら希薄になってくる。

 

七里圭は、女優の心象風景という名を借りて実は自分の中の「孤独」を映像にしたかったのではないか。
彼が用意した映像を思いつくままに並べると、
「安アパートの前を歩く猫」「住宅街の崖についた真ん中に手すりのある階段」「大手町か何かオフィス街の誰もいない光景」「屋根と屋根の間からのぞく満月の前を流れる雲」「がらんとした教室」「人のいないレストラン」「誰もいない部屋でファックスから出てくるプリント」などである。
これらは彼がグラフィックデザインを学習したことがあるかもしれないと思わせる程構図がしっかりしている。この構成は硬質で論理的で、フェミニンな感覚などほとんどない。少なくとも原作にあったはずの「萌え」的な要素とは対極にあると言っていいかもしれない。
ぼくはなぜ生身の人間の姿を画面に入れなかったのか不思議に思った。


 

とはいえ、考えてみると、あのキャラクターを女優にやらせることには僕自身も違和感を覚える。 つまり「萌え」的なエロティシズムとは、バーチャルな身体性に根ざしているもので、現実の肉体とは位相が違う。
七里圭は原作に触発されたという事実を尊重して、あえて映像から俳優の身体を排除したのである。
しかし、そのことによってますます原作から離れ、まるで彼自身のアイデンティティ探しの旅のように見えてしまった。
しかも、それを彩る映像は古本屋の写真集のコーナーでいくらでも見つかる構図の風景である。そのありふれた風景はそこに写された現実が虚構であることを示している。「大手町のようながらんとしたオフィスビル街」はある種の情感をかき立てるが、次の瞬間その「情感」は「そのような」記号として陳腐化され、意味は漂白される。
七里圭は、「虚構」を十分承知しながらいわば陳腐な映像を重ねることによって、「虚構」すらもむなしい=つまり自分の居場所がそこにないと感ずる自らの心象風景を語りたかったのに違いない。


 

 

この心のありようを印象づける映像があった。
どこか郊外に向かう電車の中。車両の最後尾の低い位置にすえられたカメラに写るのは、誰もいないがらんどうの電車の車窓から後ろに流れていく雲や空や木々である。前の車両がカーブするときだけ視線の奥がわずかに横に動く。
天動説である。視点は動かず周りの光景だけが通り過ぎていく。
ポール・ヴァレリーのあるエッセーの中に、オランダから帰る夜汽車の暗い車窓に写る自分の顔を眺めてデカルトのテーゼを思い出す有名な場面があるが、七里圭が描いた映像の視点の場所に「我思う。」我は存在しない。天動説でありながらその中心には誰もいない(少し比喩的な言い方をすれば、超越的なあるいは大沢真幸が「第三の審級」と呼んでいる存在というか)という不思議な光景を描いて見せたのだ。
バーチャルな身体性という衝動を契機に描いた映像は、その置き場所さえないという、現実によって、七里圭や僕たちを取り巻く時代がいかに生きにくいものか、(つまり身体性を回復するという意味で)をあらわにした。
少し大げさに言えば、この表現によって七里圭の非凡な才能を認めたい。


 

しかしながら、前の劇評(「屋根裏」燐光群)で引用した木幡和枝のエセーを思い出して言うのだが、困難な時代にこそ問題には粘り強く取り組むべきである。
木幡和枝は自分が土方巽の"言葉による舞踏の書"「病める舞姫」の翻訳をしていると切りだした。なつかしい名前を見て彼女は、いい仕事をしていると思った。
僕は土方巽がどんなときだったか忘れたが「自分の中にはしご段を下ろして、そこにある水を飲んでみる。」といったことを覚えている。あたかも自分の身体の中に暗闇の空洞があってその底に下りていくイメージが鮮やかに浮かんで、舞踏という表現が思想と直結していることを思わせた。
この自分の身体を突き抜けた暗闇から「他者」が立ち現れ、その向こうに「世界」が回復するのだと僕は今でも信じている。


 

七里圭の長い旅が、雪の降り積もった人気の無い校庭の映像で終わりを告げるように見えるのは、喩えそこが明るく晴れ渡った空の下にあろうとも、問題になんの解決も与えはしない。
そのような甘さを露呈するからこそ土方巽の言葉を引用したくなったのだ。
音楽を生演奏でつけてくれたカッセ・レゾナンド、とりわけ作曲をした侘美秀俊の才能には驚嘆した。音楽の割合が少なすぎる。七里圭はもっと音楽の力を信じるべきである。
タイトルを忘れてしまったが80年代にレーザーディスクに収録された5人の作家による音楽と映像のオムニバス作品があった。迫力と説得力という点で参考にしてもらいたい。
学生時代の友人に誘われただけで、この公演の背景や作った人たちのプロフィールにはまるで知識が無かった。(いまでもそうだが。)ここに集まっていた若い人たちには不思議と生活感が感じられず、いよいよ日本にも新しい豊かな階層が生まれつつあるのかという気がした。
たまには、こう言う「前衛」に接するのもいいものである。
     
          (2005/6/1)
  

 

題名: 眠り姫
観劇日: 2005年5月14日
劇場: 下北沢タウンホール
主催:
期間:
作: 山本直樹
演出: 七里圭
撮影: 高橋哲也
照明:
衣装:
音楽・音響: 侘美秀俊
出演者: つぐみ+西島秀俊+山本浩司+大友三郎+園部貴一+橋爪利博+榎本由希+張替小百合+横山美智代+五十嵐有砂+馬田幹子+坂東千紗+鶴巻尚子+斉藤唯+北田弥恵子+新柵未成
                

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二つの映画評

先日、学生時代の友人Dr.Watermanが4年ぶりにL.Aから来日し、僕の通院の短い合間だったが歓談できた。彼は以前、僕のブログに感想などをよく書き込んでくれていたのだが、このところさっぱりなのは忙しいのだろうと気にしてもいなかったら、彼の言うことには、どうやらブログの設定が外国からの投稿に制限を設けているということだった。そこで調べてみたら、確かにそんな設定ボタンを発見したので早速解除しておいた。これで彼の退屈しのぎに貢献しそうだが、肝心の更新がこの状態ではなんとも言いようがない。
コロナが終わるまで、人混みには出さないという家人の頑なな決心(ワクチンなど打つものかという僕の頑なな決心に対応している)によって、芝居には娘が代参するという日々が3年も続いて、劇評をかくにも材料がなかった。もっともTVの劇場中継はいくつも録画してあったが、あいにく劇評を描きたくなるようなものは少ない。というより皆無であった。netflix YouTube AmazonPrime その他専門チャンネルなど他に見るものもあって、ブログの方は過去に書いたいわば在庫でとりあえず埋め合わせする状態である。チャットGPTが「日本を代表する劇評家の一人」と言ってくれたのはもはや過去の話になりそうで、新鮮さが重要な舞台批評には程遠い有様だ。
ところで、また在庫の話であるが・・・・・・。
この会談にはもう一人、理学部出身の友人k君が同席した。僕らは文科だが何しろ人数が少ない(一学部の定員は百人ちょっと、医学部は五十人)大学で、学生運動も盛んな時期だったので学部を横断して皆仲が良かった。こういう場合昔話が定番なのだが、k君が言い出した。
「ところで新柵には娘さんがいたね。」新柵君は経済だった。
その頃、僕らがやっていた劇団は「演劇集団 未成」といった。
新柵君は芝居がはねた後の批評会でよく僕と議論になった。だから僕らの劇団の活動には批判的だったのだと了解していた。
だいぶ後になって(2005年)映画のチケットを買ってくれと連絡が来た。チケットのスタッフに新柵未成を発見して驚いたが、どうしてなのかは聞かずじまいだった。新柵君とはその後何度か会っているが、その経緯を聞いたことはない。
それで、映画作りは今も続いているのか調べたら新柵未成は今も活躍中のようであった。
映画も時々上映しているらしい。
そこで、何かの足しになることを願って、もう18年も前のことになるが、映画評を再掲して読んでいただくことにした。
批評を書き始めた頃で、読み返すと不満もあるが、そのまま掲載することにする。

 

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2022年12月27日 (火)

映画の新しい楽しみ方-「あの日、欲望の大地で」(The Burning Plain)を見た。

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2010年に書いた映画評を思い出した。「あの日、欲望の大地で」である。

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2020年1月30日 (木)

映画「天才作家の妻-40年目の真実-」を見た。

Thewife体調が悪く、ぐったりしながら、他にやる事もないので、久しぶりに映画を見た。長いタイトルだが原題は「The Wife」(2017年)と短い。
 
ノーベル文学賞授賞の知らせを受けた米国の作家ジョセフ(ジョナサン・プライスが妻のジョーン(グレン・クローズ)を伴って、ストックホルムへ出かける話。コンコルドが飛んでいる時期だから少なくとも今から二十年ほど前の設定なのだろう。
実は、ジョセフの作品は妻との共作、というよりもそのほとんどを妻のジョーンが書いていた。ジョーンとしてはかなり複雑な気持ちである。ジョセフの度重なる浮気のストレスをぶつけてできた作品群がノーベル賞をとったのだ。もちろん今更本当のことを言うわけにいかない。
で、授賞式のスピーチでジョセフが「私の作品は妻なしには出来なかった。妻に感謝している。妻は私のミューズだ。」などと持ち上げたものだからジョーンは切れてしまって、晩餐会の席を蹴ってホテルに帰ってしまう。ジョセフは妻が何に怒っているのか見当もつかずおろおろしているうちに心臓発作であっさり逝ってしまう。
つまり、ざっと、こんな話である。
ノーベル賞授賞式前後の様子が事細かく描かれていて、「へえ、こんな風にスエーデンは受賞者をもてなすのか」と感心する場面もある。
ところで、伝記作家らしいナサニエル・ボーン(クリスチャン・スレーター)という男が付き纏い、事実を知っているというそぶりを示すのだが、ジョーンは取り合わない。そんなことを書いたら訴えることになると毅然として否定する。
まあ、それをバラしたところで誰も得しないのだからジョーンも賢明である。
 
と、ここまで書いて、この映画を見たノーベル文学賞の選考委員たちはどう思うだろうか、ということが気になり出した。
自分たちが選んだ作家の作品は、本人が書いていたわけではなかった。伝記作家が怪しいと追っかけていたにもかかわらず、それに気がついていない選考委員たちは完全にコケにされているわけだ。
この程度のおつむと調査能力の選考委員なら、村上春樹受賞を待望する皆さんも期待していいかもしれない。
スエーデン政府が製作にどこまで関与しているか分からないが、こんな話はありえないと抗議しなかったのだろうか。
まったく、これでアカデミー賞候補だって。米国人の頭って、実に単純にできているものだなあ。
 
ジョセフ夫妻の息子も作家の卵だが、父親が自分を評価していないことに不満で、ひねくれた態度というのも、この手の映画の設定によくある話で面白くもないし、要らぬエピソードだ。孫が生まれる話の方が微笑ましくて自然であった。
大体、米国人は偽作家という話がお好きなようで結構作られている。だが、話に無理がある場合が多く、これもその一つだった。
妻役のグレン・クローズがかなり評価されていたようだが、元来、僕はこの女優を嫌いだからということもあって、それほど感心しなかった。小説を書くような繊細な気質を感じないからだ。若い頃のジョーンをやった女優の面差しがなんとなくグレン・クローズに似てると思ったら、実の娘だった。アメリカ映画には時々こういうことがあるので楽しい。
伝記作家が、ジョセフの浮気をよく知っていて、「男性作家はリビドーが強いものだ」とジョーンに言うところがある。
この間書いた劇評「私たちは何も知らない」で岩野泡鳴の妻について言及したが、たしか大江健三郎が「蛮勇」と評した岩野泡鳴を見ればそれはうなづける。岩野はリビドーで、がむしゃらに女を求め、そして書いたが、ジョセフは妻が書いている間に他所でリビドーを発揮していたことになる。



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2018年1月 3日 (水)

正月のTVは最悪だ!

暮れに罹った風邪が治らず、不快な正月を過ごしている。

TVの正月特番は、ほぼくだらないので見ないことにしているが、たまたま夜中に起きたら、人をだまし、落とし穴に誘い込んで、落ちたお笑い芸人を笑うというのをやっていた。芸人にはCMの撮影だと嘘を言ってある。何故そんな嘘をつくのかと言えば、通常の番組出演料なら数十万円程度だが、CMとなれば数百万円から上は一千万円台までにもなるから出演者が期待するからだ。張り切った末に、穴に落ちてCM話も大嘘の罠だと知った瞬間の表情をとらえて楽しませるという趣向だ。

落とし穴は、砂地を二メートルほどの深さまで掘って脇壁を固めた本格的なもので、重機を使って入念に仕上げないとできないものだ。

芸人を穴に誘導しても、なかなか都合良く落ちてくれない。さんざん連れ回してようやく落ちると芸人は何が起きたか気づいたあと、案の定、頭の片隅にあった札束が消えたという顔をする。それで一同がゲラゲラ笑うのである。

これを二三人やったあげく、今度はスタジオのステージにつくった落とし穴に、芸人を欺して立たせ、床を二つに割って落とすのだが、観客にはステージの下の空間が見えている。

落ちた瞬間僕には、公開絞首刑のように見えた。

落とし穴という悪ふざけはあってもいいが、欺された者を笑いものに仕立て、その心を一顧だにしない、こういう暴挙を子供も見ている公共の電波を使ってやっているのだ。

この番組の企画書を書いた者がいる。そして、それを面白いと思ったTV局の幹部がいる。その企画書を現場で制作するディレクターがいる。重機を手配して穴を掘らせ、丹念に落とし穴を仕上げた何人もの人間がいる。人を欺してそれを大勢で楽しむための、なんという暗い情熱!

こういう情熱を僕は心から憎む。

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2016年1月13日 (水)

映画「ブリッジ オブ スパイ」映画館でのマナーに一言

T01a_168276 久しぶりに映画館に行った。いわゆるシネマコンプレックスというやつでずいぶん便利になったが、映像は明らかにデジタル、でっかいテレビを大音響で見ているようなもので、味気ないことこの上ない。

それは今さら言っても仕方のないことだが、この間は我慢のならないことがあった。

「ブリッジ オブ スパイ」という映画で、ネット予約するときはすんなりいい席が取れてTVCMを流している割には混んでいないのが意外だった。ところが休日だったせいか予告編がはじまる頃には前6列ほどを残して一杯になった。

映画がはじまるまで、CM、予告編その他を延々と見せられる。

そのうち真後ろの席の男が、本人はつぶやいているつもりなのだろうが、よく聞こえる声で映画のストーリーと解説を隣の連れ合いらしき女に話し始めたのである。

僕はTVCMは見ていたが、スパイ映画は英国ものに限るという偏見の持ち主だから、スピルバーグとトム・ハンクスのならいずれDVDで見ればいいやと思っていたので、家人に誘われなければ出かける気はなかったのであった。

いわゆる「ネタバレ」というやつは何はともあれ、映画を見る楽しみを奪う最も悪辣な行為である。これを直前に頭の後ろでやられるので、直ちにやめて欲しいと思ったが、なかなかやめない。一度振り返って意思表示をしたつもりだったが、効果無し。まだ続けるので、完全に振り返って「ウルサイ!」と言ってやった。

しかし、ときすでに遅し。

おかげで僕の頭の中にはこれから見る映画の話の骨格はほぼできあがっていた。何がはじまるのかわくわく感が全くなくなったのである。

「あの野郎、ドタマかち割ってやろか!」

映画館でやる「映画泥棒」禁止のCMに「ネタばらし」禁止を付け加えることを提案する。

いや、「よけいな私語を慎む」ように注意喚起をした方がいいかもしれない。

というのも、「ネタばらし」夫婦の隣の夫婦もまたよけいなことをべらべらしゃべっているので、これにもむかむかきてしまったからだ。

前の席6列ほどあいていたと言ったが、実はなぜか一人だけぽつんと坐っていたのだ。前の席が見やすいやつだっているに違いない。隣近所に人がいなけりゃそんな気分のいいことはないだろう。

それを見つけたバカ夫婦は「あれは、映画関係者に違いない。なぜなら映画関係者はどんなときでも必ず前の席に座るものだ。」「ああ、そう。なぜ?」「だって、映画関係者は・・・・・・。」ばかばかしくて聞いていられないことでも、聞かなきゃならないつらさ。映画館には「何もしゃべるな」と言う注意書きを掲示して欲しい。

もう一つついでに言うが、あのポップコーンはやめて欲しい。もの食う音を聞きながら映画を見るのはごめんだ。

米国流がいいと思ってのことだろうが、あんなことは世界の田舎者がやることと心得よ、だ。

腹が立つことおびただしい。それもこれも、混み合っている映画を見に行くからだと思えば、CMなんかやってる映画には行かない方がいいということか。

で、肝心の映画の方はどうだったのか?

「スパイ映画ではなかった」と言うのが感想である。

あとで、コーエン兄弟の脚本だったと知って意外だった。史実を追いかけるのに必死でスピルバーグの映画らしく映画としてはちっとも面白くなかったからである。

導入部で保険屋の弁護士が、「五人の被害者がいても、保険は一つの事故を対象に支払われる」と主張するのが伏線になっているのだが、これを聞いてなるほどと思った。これが正しいかどうかではない。保険の学問的定義はどうなっているのかと考えさせられたからだ。

例えば日航ジャンボ機事故は、一件だが、500人がなくなった。500人の補償は損害保険でカバーし切れたのだろうか?保険会社は500人だろうが50人だろうが5人だろうが一件である、したがって一件いくらだからそれを山分けしろとでも主張したのか、そんなことが気になった。

それはともかく、一人のスパイとふたりの米国人を交換するのにソ連と東独、東独と西側という二つの関係をうまく利用して対象者三人を一件と見立てることに成功したというコンセプトであった。まるで米国流保険屋の論理が世界政治にも通じる正義なのだという考え方で、スピルバーグの頭がいかに単細胞かを示しているような映画といえる。

こういう単細胞が、中東を思い通りに出来ると考えたのだが、トランプのような「反知性主義」者があれだけ人気を得たことを考えれば、米国人は「世界」も「人間」ももう少し複雑に出来ている事を学ぶべきだ。

スパイ映画は英国ものに限るというのは、このあたりの機微に通じている英国人は、ずるがしこくてデリケートな手つきで「こと」を扱うことが得意だからだ。しかし彼らも残念なことに、もはや歴史の表舞台からは後退してしまった。米国も単細胞ゆえに後退しつつある。中国とロシアはどうか?彼らが覇権を握ることがあるとすれば、独裁が継続するという条件なしにはあり得ない。いずれにせよしばらくは混沌が続き・・・・・地球温暖化が進行し・・・・・・博士の異常な愛情がたかまり・・・・・・どっかで水爆が破裂し・・・・・・・

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2015年7月30日 (木)

映画「蟻の兵隊」を見た(2007年2月の再掲)

私の演劇時評 2015年7月30日

Ari_dvd 「戦後70年」の声が巷に囂しい。しかし、「戦後70年」なんてものにこだわっているのは、「歴史」を政治的に利用しようとする中国や朝鮮半島の政治家と日本のマスコミ・政治家ぐらいのもので、僕らにとっては、たいした意味を持ってはいない。

「過去の侵略を認め、痛切なる反省」を表明するのは結構だが、今の若者にとって「痛切な」反省をするためには、例えば夫が妻の出産を疑似体験してうんうんうなるというやうな、よほどの想像力を駆使し、アドレナリン総動員で感情の量を増やし「歴史的人間」たろうとがんばったって出来るかどうか怪しいものだ。

70年も経った過去は伝承されるより記録されることによってしか「歴史」にならないものなのである。

その「崇高な」目的のために、愚劣な消耗を強いる総力戦のばかばかしさや、他民族を600万人もせっせと抹殺することができる人間の摩訶不思議、核爆弾の悲惨にたいする恐怖、それらを十分に拡散して、少なくとも文明国にとって、「戦争の世紀」20世紀はすでに過去のものなったのである。

つまり、それの本質は「反省」にあるのではない。得体の知れない恐怖の連鎖、その懐疑ともたれ合いというパワーバランスによってとりあえず、かろうじて未来はぼんやり見えているという具合なのだ。

その証拠に、世界各地で未だに絶えない小競り合いで、ジェノサイドの思想はあったものの総力戦や核の使用については、かろうじて思いとどまるという「理性」が働いていたではないか。とはいえこの先も、「反省」と「理性」が機能すると考えるのは人がよすぎるというもので、、ひと皮むけば、人間てぇものは恐ろしいことをするものだと考えておいた方が、身の安全のためにはいいと、僕なぞは考えておる。こういえば、仲良くしようと努めることが戦争を回避する唯一の道だと、のたまう輩がいるが、そんなことはあたりまえだ。誰も争いを好むものなどいない。こういう子供じみたことを真面目に言うやつほど、腹に一物もっていると考えるのがわれわれおとなの態度というものだ。

僕らが高校生の頃は、戦争帰りの教師が多かった。年齢の構成上ほとんどそうだったと言っていい。

倫理・社会の教師は、天皇を「てんちゃん」と呼んで揶揄した。自分を戦場に駆り立てた憎むべき責任者という意味だ。日教組でやっていることはおくびにも出さなかったが。地学の教師は、フィリピンのジャングルを飢えて逃げ回っているとき、顔が半分欠けた死体を見つけてしばし見つめているうちに大笑いしたという話を時々した。いまでいうPTSDだったかも知れない。この教師は、母の戦死した弟と旧制中学の同級生であった。

社会(だったと思う)の教師は、中国大陸で将校だったらしい。授業中、突如「君ら、人の首をはねるには、どうするかわかるか?」と刀を構える恰好をして見せた。これにはさすがに、教室がしらけた。誰かが「ひとごろし〜!」と叫ぶと、教師は苦笑しながら、軍刀を収めるふりをした。

保健の教師は、中国大陸の奥地で諜報活動をしていた。日干し煉瓦で作った家に寄宿したが、その家では粘土質の土地を庭ほどの大きさに掘り下げ、その空間で家畜を飼っていた。トイレは、穴の隅に斜めに二枚の板を渡し、その上においた二枚の板のあいだにしゃがんで落とした、下には豚がいて、落としたものは直ちに彼らのえさになったと笑った。いかにもスパイらしいはしっこそうな教師であった。

彼らは、「痛切な反省」をしただろうか?

逆に、自分たちの行為は正しかったと思っていたか?

この二つに一つとする硬直した価値観を僕は憎む。

以下は、十分書き切れていると言いがたいが、映画批評である。見る機会があったら是非ご覧になったらいいと思って再掲した。(二回に分けて掲示したものを今回、一つにつなげてある。)

映画「蟻の兵隊」を見た

2007年2月14日

 

ドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」を見た。

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終戦時、中国山西省にいた北支那派遣軍第一軍59,000名のうち約2,600人が軍の命令でそのまま現地に残された。「天皇制護持。祖国復興。」がその理由であった。つまり、日本は一旦はポツダム宣言を受諾するが後日必ず復興する、その日まで兵力をこの地に温存しておく必要があるというものであった。

前年の11月、20歳で召集された早稲田専門学校生、奥村和一もその中にいた。彼らは、蒋介石国民党軍の一翼を担っていた現地の軍閥、閻錫山(えんしゃくざん)の軍に編入させられ八路軍(中国共産党人民解放軍)と戦った。

この国共内戦は四年におよんだ。その間、残留日本兵は550名が戦死、約700名が捕虜となった。奥村和一は迫撃砲弾を受けて重傷を負い人民解放軍の捕虜となって野戦病院で終戦を迎えるが、その後の党の「学習(思想改造のための教育)」を拒んだために水路工事、炭坑など重労働に従事させられ、ようやく帰国出来たのは5年後の昭和29年のことだった。

「中共帰り」はうさんくさく見られたため日雇いなどの仕事を転々、やがて早稲田大学第二商学部に編入した。同大を中退し、業界紙の記者、「中国展」開催の会社に勤務しているうち、自分たちは「現地除隊」となっていることに疑問を感じ、日本政府にこれを質した。帝国陸軍の命令で残留したと思っていたが、政府の記録は昭和二十一年三月除隊になっていた。しかもこれでは軍人恩給の対象とならない。そこで、名誉回復の是正を求めて、当時の戦友を集め軍人恩給訴訟を起こすことにした。

そしてこれを機に山西省残留兵問題として史料探しに取り組む。奥村は防衛庁史料閲覧室、都立日比谷図書館など各地の図書館で関係資料を収集した。さらに現地・山西省各地の公文書館や検察関係庁に出向き、真相の究明に挑んだ。

奥村には「残留命令」の証明の他にもう一つどうしても確かめたいことがあった。入隊まもなくの45年2月。「肝試し」と称する初年兵教育仕上げの刺突訓練があった。罪人とされた中国人を立たせ、銃剣で刺殺する。「怖くてたまらない。目をつむったまま当てずっぽうに刺す。古年兵に怒鳴られながら何度も刺突くうちに心臓に入った。『合格』」の声。」

罪人は何人もいて、中には将校によって首を刎ねられるものもいた。しかし、奥田はそれらをまともに見ることも出来ず、彼らがどんな罪に問われたのかさえ分からなかった。

この「人を殺した」ことが奥村の脳裏から離れない。あの時何が起きていたのか?奥村はそれを知りたいと思っていた。「現地除隊」の真相は防衛庁の資料からおおよそのことが推測されたが、現地に赴いて山西省の公文書館で資料をくくっているうちに軍閥閻錫山と北支那派遣軍司令官・澄田來四郎中将との間でかわされた「密約」を証明する文書が見つかった。

当時、澄田中将は降伏の相手である閻錫山に戦犯として捕らえられておりいつでも処刑の恐れがあった。共産軍との戦いに手を焼いていた閻錫山が日本軍を利用しようとして澄田に助命と引き換えに残留を持ちかける。澄田は全軍というわけに行かないが、一部ならかまわないと妥協した。こうして残留特務団が編成されることになったのである。

この部隊に対しては、第一軍によって軍務の細則まで決めた文書とともに「軍令」として正式に発令されている。これに対抗して共産軍が鉄道などを破壊したために、引き上げについては混乱を極めていた。この異常事態を察知したものがいる。

支那派遣軍総司令部作戦主任宮崎舜一中佐は昭和21年3月9日、南京から北京経由で空路山西省省都太原に入り、澄田将軍以下北支那派遣軍第一軍の中枢と会った。総司令部の命令に違反する特務団編成を二日間に渡って難詰し、直ちに全軍を内地に引き上げるよう伝えるが全く聞き入る気配がない。ここで宮崎中佐はむなしく帰還した。断腸の思いだったことが後に判明する。

澄田らは閻錫山に軟禁状態にされていたが、共産軍の勝利が決まった途端に残留特務団を置いたままさっさと内地に引き上げている。澄田は満州の利権に深くかかわっていたようで、これを知った米国が戦犯として訴追しなかったといわれている。

一方、奥村のもう一つの気掛かりであるが、乏しい記憶をたどってようやくあの処刑現場に 立つことが出来た。当時のことを知っている人々に会って話を聞くが、自分がその兵士であることを隠そうとしない。支那の人々もすでに代替わりになっている。あの時処刑されそうになって逃げた人の息子が現れ極めて冷静に状況を説明する。

ここには鉱山があって日本軍の守備隊が駐留していた。あるとき八路軍の夜襲があって、矢倉の上で見張りをしていた現地徴用の支那人が対応したが、八路軍に同胞同士戦うことはないと説得されて持ち場を離れたらしい。朝になって帰ってきたらスパイ容疑で捕まったというのである。奥村はあきれて開いた口がふさがらなかった。何故のこのこ帰ってきたのか?!

そして、他にも何人かの戦争体験者にあって話を聞く。当時16歳の少女だった女性は日本兵に親の目の前から連れ去られ、十数人に強姦された。父親が身代金を要求されて家を売って金を作った、と淡々と語る。しかしもう過ぎ去ったことだ、私たちは未来のことを考えていかなければならないと言う穏やかな表情が印象的だ。

また、現地の検察院に残された日本兵自身が残虐行為を告白した手書きの文書にも目を通す。戦友のものもあった。奥村はそれらの文書をコピーして持ち帰り、書いた本人に渡すのだが、あるものは全部記憶していると受け取ることを拒否し、あるものは読みふけってため息をつく。認知症の妻を介護する元将校、優しい老人である。戦争とは何か?兵士とは何か?それ以上に戦場とは何か?を考えさせる場面である。

ところで、訴訟はどうなったかといえば、最高裁までいって敗訴になった。不思議なことに判決文に判事の署名がなかった。どういうわけかと電話で訪ねると事務の若い女性が言うには「物理的に出来なかった」と言う応えであった。物理的とは転勤か何かで「いない」という意味かと問うと、「そんなところだ」という極めて曖昧な返事に奥村はそれ以上追求することに萎えてしまった。

当時を知る元将校の家を訪ねるが会うことを拒否され、雨の中を帰る「蟻」にされた元兵士。その目に一滴の涙も見せなかったのが、実に印象的だった。

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この映画が作られたきっかけは、ドキュメンタリー作家、池谷薫が「戦後60年」をテーマにした映像の素材を探していて、前・日中友好協会事務局長酒井誠からこの山西省残留兵士の話を紹介されたことによる。

訴訟の判決は平成17年でごく最近のことであるが、奥村和一が真相究明に動き出したのは1990年ごろからであり、防衛庁資料にはその以前に接触していたものと思われる。

現地の档安館(公文書館)で残留部隊である「暫編独立第十総隊」の「総隊長訓」と「総隊部服務規定」を発見するのは平成12年のことであり、この映画が撮影された平成14年には「再訪」ということになる。ここのところが惜しいなあと思う。この話が現地訪問の前にあったら、映画は俄然ドラマティックな展開になったはずである。

原一男の「ゆきゆきて神軍」は4年にわたる密着取材だったからあれだけの「発見」「驚き」があったが、これは話を「発見」するタイミングがよくなかった。ドキュメンタリー作家の 嗅覚に差があることは残念だが歴然である。だからといって、このあまり知られていない山西省残留部隊問題に世間の耳目を集めた手柄は十分評価していい。

さらに言えばこの映画の成功には偶然だったと思うが、奥村和一のキャラクターが幸いした。奥村は真相を追及することにおのれの実存を賭けた。

あの若い日の自分を追い込んだものは何だったのか?そこに80歳を超えた「現在」との落差はない。奥村にとってはあの日から一直線に現在があるのだ。そこに感傷が入る余地は無い。あるのは「俺は何ものか?」と言う空を切るような問い掛けだけである。

にもかかわらず、池谷薫の視点は甘い。それは動機が不純だったことに起因する。最初に「戦後60年」というテーマがあった。

現地取材中に、あまり脈絡なく日本兵に強姦されたという老女が登場する。「恨みはない。」と穏やかに話すのが支那人の大きさと感じたが、これは意図的に挿入したと思われる。「蟻の兵隊」は被害者であったが、加害者でもあったという紋切り型の図式を見せようとしたのである。「戦後60年」にふさわしいテーマだと思ったのだろう。

しかし、昔から被害者意識と加害者意識という議論はあった。こんなものが不毛なことは明らかである。どういう立場で見ようが侵略戦争とはそういうものだからだ。

奥村はじっと聴いていたが、謝罪の言葉も涙もなかった。池谷にとっては意外でもあり、意図に反した結果だったに違いない。奥村にはこの被害女性もまた同じように苛烈な現実に投げ込まれた言わば時代の子であった。

謝罪?いったいどこの誰に対して?そんなものは政治家に預けておけばいい。奥村は、検察院に残されていた日本兵の告白書の写しをもって帰った。あまりにも酷薄で残虐な内容が書かれていた。書いた本人に渡すが、奥村の表情は変らない。あえて言えば「これがお前のやったことで、おれたちは皆こんなことやったのだ。」といっているようである。ここでも池谷は旧日本軍を告発することに失敗した。

やった本人が過去を持て余しているのは明らかだった。一方で、図らずも人間の執念のすさまじさを見せた場面があった。

支那派遣軍総司令部作戦主任宮崎舜一中佐は、昭和50年に国会でこの事件に関して証言を求められている。奥村は当然旧知である。訴訟の前後に95才でかくしゃくとした宮崎元中佐は画面に現れる。

あるとき宮崎入院の知らせを受けた奥村が新幹線で病院に向かうとすでに意識はなく死の床にいた。時々意識が戻ると付添の長女が言う。奥村は僅かに動いたところへ名乗って訴訟のことを報告しようとする。すると突然宮崎中佐がエビぞりになって起き上がろうとしながら、のどの奥底から「ウォーウォー」と叫ぶのである。おそらくあの太原での会見を思い出して必死に奥村に何かを伝えようとしているのだ。宮崎もまた、あの日、澄田将軍を説得出来なかったという「重い現実」を抱えて戦後の日々を生きてきたのであった。

この作品には山西省残留日本兵問題にかかわった人々は描かれているが、肝心の背景についてはほとんど説明がない。何故あんな奥地にまで陸軍は展開していたのか?あるいはその必要があったのか?処刑場となった鉱山はなんだったのか?閻錫山とは何ものか?についても知らないものには不親切であり、それがなければ蒋介石の国民党軍とはどんな性格のものだったかもわからない。

澄田将軍が戦犯として閻錫山に軟禁されていた事実についても説明がなければ不公平であろう。彼が我が国の軍隊を敵に売ったことは、軍人として命ごいをした卑怯千万の振るまいとともに許しがたいとしても。

戦争の記憶は風化していく。体験したものが亡くなっていくのだからそれに抗うことなど出来ない。つまりあの戦争は急速に歴史になっていくのである。歴史にいいも悪いもない。肝心なことはかくも人間とは愚かであることを知ること、そして、再び愚かなことを繰り返さないために歴史に学ぶこと、我々に出来ることはせいぜいそれだけである。751

 

2007年2月 8日 (木)

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2013年10月12日 (土)

映画「山猫」を見た(2004年に書いたもの)

Theleopardo_ 映画「山猫」を見た。ヴィスコンティの名作である。1963年のカンヌグランプリだからもう四十年前の作品だ。なんで今ごろと思うかもしれないが、イタリア政府が金を出して完全復刻したものを公開するのだという。あの頃の技術では退色を防ぐことが出来なかったのだ。国家事業でやるとは感心なことだ。朝日新聞がマリオンにあるホールで公開していたことは知っていたが、この日は新宿高島屋の上にあるテアトル系の映画館だった。こんな興行ならイタリア国家の収入はおぼつかないことだろう。

Yが何故か見たいと言いだし前売り券まで買っていた。休日前夜ということで112日にした。早めについて入ろうとすると番号札を貰ってそこいらで待っててくれという。そんなに超人気の映画とも思えない。しかもロビーなど見当たらないしベンチが用意されているわけでもない。ようはヘアサロンやハンバーガーバーの前にたむろしていろと言うのである。店も迷惑なことだ。こう言う不埒な客あしらいに文句を言わない方が悪いのかもしれない。その番号札やらを貰おうと前売り券を見せると、あと五百円出せという。

説明はこうだ。本日はヴィスコンティ氏の誕生日記念(本人は25年前に死去)で華道家の仮屋崎某の講演会があり、帰りにイタリアのチョコレート屋から「山猫」特別バージョンのウエハーチョコをプレゼントするというのである。僕は客を整理している黒服の男に「イベントをやるならかってにしたらいい。しかし僕はそのトークショーに興味はないしチョコレート屋の宣伝サンプリングも欲しくない。だから1500円の前売り券でみる。」といった。

本日の窓口料金は2000(普段は1800円か?)である。あと500円追加したら前売り券を買った意味がなくなる。はやい話がトークショーとチョコレートを500円で買えということではないか。いらないものの押し売りである。こう言う簡単な道理と算術についてテアトロという興行主はわかっていない。はやい話が馬鹿である。

すると黒服がイベントは映画の前にやると木で鼻をくくったような顔でいう。ただでさえ3時間という大作である。終了の時間は11時ではないか。トークショーは終わった後でやるのが常識だろう。僕は腹が立ったので今夜は止めようとYに電話をした。話し始めると目の前にYの顔があった。まあまあ、折角来たのだし、日程もとれないのだからとなだめられてしぶしぶ見る事にしたという次第。

映画館は新しくて広くて快適だ。階段状の座席が二階分くらい、スクリーンに向かって幅広に置かれていてどこからも見やすい。少し普通と違うのは最前列のしたがもう一階分下がっていてスクリーンはその下から来ている壁に設置されている。これなら最前列でも適当な距離があり十分全体が見えるはずだ。しかしその下は無駄といえば無駄な空間である。

客は200人位はいっていたと思う。がらがらだ。整理券はなんのためにあったのだ。この無意味。無神経! 

 程なく女の司会者が現れ大仰な掛け声で「假屋崎先生をご紹介します。」と叫ぶと、なんと、この下の空間から先生がちょっとした舞台にのってせり上がってきたのである。

本人は実にまともな人間らしく、この阿呆臭い演出に照れて困惑して平謝りである。映画を見に来たのに自分のような関係のないものの話につきあわせて。ごめんなさい。三十分で引っ込むので我慢して下さいねと言うわけである。この先生見かけによらずなかなかわかっていらっしゃる。気になるのは舞台の袖に突っ立っている三四人の男女である。うち一人が台本のようなものをもってインカムをつけているところを見るとこの連中、広告代理店の関係者だろう。イベントを監視しているかあるいはクライアントに対してアリバイ作りをしてる。明らかに観客にたいして関心はない。この程度のモヨウシに大袈裟に自己主張してるのを見るのは実に不愉快だ。こんなときは隠れているべきである。ディズニーランドでスーツ姿の社員がうろうろしてたら白けるだろう。

トークショーは、假屋崎本人の苦労話が少々とビスコンティの貴族ぶりに驚嘆するのが少々と目黒でやっているフラワーアレンジメントの展示会の話で終わった。(この展示会の招待券千円なりを気前よくプレゼントするというので、おそらく人のいい假屋崎の罪滅ぼしだろうと思った。)

 

さて映画の話である。

イタリアが国を挙げて復刻したというが開幕の音にはがっかりした。雑音と音程のフレがひどく、先が思いやられる。地中海のど真ん中にあるシシリー島は乾燥している。ほこりっぽい風景の中にざらざらした音というのは合うといえば合うがイタリアの技術には多少疑問を感じた。ところがそれは不思議なことに進行していくうちに次第に気にならなくなった。退色した色を復活する具合も控えめ、人物のフォーカスもごく自然で好感が持てる。それはあの時代のカラー映画の風合いを残して復刻するというコンセプトを忠実に実行したことを思わせた。米国映画のデジタル復刻版などはコントラストが強調されすぎて、キレイに見えるがかえってチープになる事が多い。アナログで仕上げたものかどうか確かめたわけでないがなかなか雰囲気はでていたと思う。サウンドトラックはそのままだったかもしれない。当時の録音技術では音源が残っていたとしても雑音を除くのは期待できなかっただろう。

物語は、何代も続いてきた貴族の一家が時代の変化を泰然として迎え入れるというもの。1860年といえば日本は万延元年、江戸末期である。イタリアも腐敗した貴族の支配にたいして祖国統一の気運が高まりガリバルディの抵抗運動がシシリーにまで及んできた。独逸もそうだが、奇しくも日独伊三国はちょうど同じころ統一戦争を経験した、つまりもっとも遅く近代化を果たした国だったのだ。欧州が日本のはるか前方を走っていたというのが大きな誤解であることを知るのは重要である。

「山猫」は随分間が開いたので、感想を書くのも気恥ずかしい。結論を言うと、ノーカット版ということでどんなものか期待していたが、いやあ、これが長かった。「山猫」家は毎年田舎の別荘に家族で避暑に出かけるのだが、騒然とした社会の動きにもかかわらず、この年もまた何事もなかったかのように出発する。ほこりっぽい山道をえんえんたどるのは景色が見えるからいいとして、最後の別の貴族の屋敷で行われた舞踏会がいつ果てるともなく長い。ここに登場するのは二百人以上はいたと思うが大部分が本物の貴族で、身に付けている正装も勲章も宝石も本物という触れ込みだ。風体、立ち居振る舞いまでなるほどと思う。テーブルに並んだ料理は豪華だが手作りの味わいがある。ひたすら食べて、その後は踊るもの、酒を飲むもの、おしゃべりするものとわかれてどれだけあるかわからない部屋の中や庭にたむろする。

珍しいのはトイレだった。さまざまな形の陶器の壺や器がそこら中に置かれていて、そのなかにするものらしい。なるほど、下水など無いのだからこうするより他ない。においを消すための工夫は当然あるものと見た。バート・ランカスターふんする主人公、公爵が貴族の時代がたそがれていく、その時の移り変わりに身をゆだねようと決意し誰もいない部屋で鏡に向かって涙する場面が自身もまた北イタリアの貴族出身であるビスコンティのメッセージであったろう。

もう一つ欠かせなかったのは、クラウディア・カルディナーレとの舞踏の場面だった。もっと若い男と踊るように言うが、ダンスの名手として名をはせたことを知っている人々に促されて彼女の手を取る。それは音楽に乗った流麗な身のこなしで、一同呆然と見とれるしかない。そのあたりで「FIN」かと思ったら、だんだんと踊るもの、飲むもの談笑するものに分かれてグループが小さくなっていく様をカメラが追いかけ、しかし終わりの無い享楽といったアンニュイな空気を写し取る。

とうとう空がしらじらとしてくる頃公爵は屋敷を去ることにした。馬車を断って徒歩で道を歩く公爵の前に一匹の猫が現れる。まだ、明りが灯った家の戸口から朝早い庶民の暮らしが覗いている。「Party's over.」である。このシーンに突然音楽がかぶって「fin」となる。納得のいく終わり方だ。しかし、ノーカット版とは実に大変なものである。見る方が。




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2010年12月24日 (金)

「あの日、欲望の大地で」(The Burning Plain)を見た。映画の新しい楽しみ方

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シャーリーズ・セロンとキム・ベイジンガーの共演と聞けば見逃す手はない。しかも、演出はあの「バベル」と「21グラム」のシナリオを書いたギジェルモ・アリアガだというから損はないはずと思ってみた。

 

前の二作とも、全く関係のないいくつかのエピソードが交互に現れて、やがてそれが次第に縒り合わされ最後に人間の本質を突くような重い主題があらわになるという構成である。

 

わずか二時間あまりの映画の中で、複数のエピソードが関連性も時制も分からぬまま半分以上進行したら、観客の頭は疑問符だらけになって混乱してしまう。ところが、それらのシーンの中にはさりげなく伏線が張られていて、見ているものは、その小さな手がかりを頼りに少しづつ謎を解いていこうとするのである。まるで大きなジグソーパズルのあちこちの部分がまだらに浮かび、つながっていくような気分である。終盤になってそのスピードは加速されていく。複数のエピソードはいまや一つにつながり、ああ、そういうことだったのかと物語の全容が見えてくる。そして、それが完成する最後のピースが嵌めこまれると同時に見ているものに深い感動が訪れるのである。

 

こういう映画の文法は別に新しいものではないが、アリアガは一つ一つのシーンをこれ以上ないまでに鋭く削ってモティーフを際立たせ、その映像合理性と言ったものが映画全体に緊張感を醸しだして、知的な印象をつくり出す。よけいな修辞法は加えず、観客に伝えるべきひとつのこと、もちろんそれを受け止めた観客の心に起こるさざ波も十分計算に入れながら、それを描いていくのである。随所に小気味のいい編集の技がしかけられており、担当したグレイグ・ウッドの才能の高さを感じさせる。

 

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映画はタイトルもなくいきなり始まる。北米大陸西南部の砂漠地帯、数百メートルの高さに連なる山の麓の荒野で、青空の下、燃え上がっているものがある。次のカットで、カメラが寄ると、四十フィートのコンテナ大のトレーラーハウスが炎をまとっている。このたった二つのカットからいきなり、場面は曇天の朝の薄暗い部屋に変わる。

たとえばこの文法は、シルビア(シャーリーズ・セロン)という女が自分のアパートで男と寝た薄ら寒いその朝、全裸でベッドから抜け出て窓を開けるシーンで表現される。その後ろ姿は、もはや若くもなく中年の体型が始まりつつある女の肉体である。それが薄青い色調の影を帯びて映し出されている。このシーンを、たぶん女性が書いたものと思うが「彼女は顔は美人だが、脱ぐとそれほどでもない」と評したブログがあった。

 

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ベッドで眠りこけている男に、早く出て行ってと感情のない声で言い、窓から大きな橋梁を眺めている。学校へ向かう数人の親子連れが、河畔につけた細い道を通りかかると、そのうちのひとりが乳房もあらわに道を見下ろしている女の姿に気づいて立ち止まろうとする。低層のモダンな設計だが安普請と見えるアパートの様子がその一瞬に分かる。子供の視線を追いかけてそこに見えたものに顔をしかめた女親がそそくさと一同をせき立てて通り過ぎていく。

どうやら、他に帰るべきところがある男と愛のない関係を結んでいて、自分の裸をさらしても全く感情が動かないという女であることが、この数カットで分かるようになっている。Anohi1

 

ここでは、女の全裸に性的な魅力があってはいけないし、官能的に見えても困るのである。エロティシズムとは対極にある肉体を表現しなくてなならない。ここにいる女は、おそらく性に対して喜びとは正反対のもの、性的行為とは一種の罰であるという認識にとらわれていることを暗示しているようだ。だから「脱ぐとそれほどでもない」というが、「それほどでもない」ように撮影する必要があった。

シャーリーズ・セロンには、ゴージャスなドレスと宝石を身につけて城のような邸にご帰還すると、身につけたものを一個づつ脱ぎ捨てていくというCFがある。長身で細身、元モデルだけあってその歩き方や仕草は性的魅力であふれている。また、まるで針のように細く高いヒールを履いたパンツルックを地面すれすれから撮ったCFもある。足の長さが際立っており長身で顔とのバランスが人並みを外れている。その強調された体型の細さをイメージしていると、あのシーンでの落差には驚くに違いない。

その同じ朝、通勤のために同僚の女性の車に乗り込もうとすると、道の向い側に見知らぬ若い男がいてこちらの様子をうかがっている。

 

 

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道には通勤の人々はいるがそれほど多くはない。NY、LA、シカゴなどの大都市のどこかという感じはない。高速道路の高架が縦横に走っていて、道の反対側にある駐車場の向こうではコンテナを連ねた貨車が低速で動いている。一体ここは何という街なのか。川には、千トンはあろうと思われる貨物船が停泊していて、交通の要衝といった趣なのだ。しかし、米国の中のどこなのかまるで見当もつかない。

 

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やがて、車は海岸の道路沿いにあるレストランに着いた。崖の上に立ついわゆるオーシャン・ビューが売りの瀟洒な店である。パーキングから見渡す海は、切れ落ちた高い崖が複雑に入れ込んで続いていて、冬の風に沖まで白波だって荒れている。

この海は一体どこか?高い崖の上のレストランと言えば、真っ先に思い浮かぶのは東海岸のどこか、ボストンからメイン州にかけての海岸だが、冬の曇天とはいえ光の具合がおかしい。どうしても西に向いている感じがするのだ。長年日本海を見ていて、太平洋の日の明るさに驚いたものの直感である。しかし、西海岸の崖の上とは聞いたことがない。ロスからサンディエゴにかけての海岸を知っているが、ほとんど砂浜である。一体ここはどこなのか?

女は、このレストランのマネージャーであった。そして、朝ベッドにいた男はその料理人の一人であるとわかる。

休憩のために外に出た女が、岩場の先に腰掛けている。石のかけらをもてあそんでいるようだったが、やおらスカートをたくし上げて太ももをあらわにすると、それを内側に強くこすりつけて傷を付けた。自傷行為と分かる。次に、海に突き出した崖の上に女が立っている。激しく打ち付けられた波が高いしぶきを上げている。女は何度も危うくのぞき込んで、いまにもそのまま崖の下に消えてしまいそうに見えた。

 

Depoebay
戻ってくると、店先で帰ろうとしている客に誘われる。それを断るが、次のシーンでは、アパートの駐車場にその客と一緒に現れるのであった。自殺願望と性依存症という傾向が見られるこの女は、なにか絶望的な苦悩を抱えて生きているのである。その一部始終を、若い男が朝から車で追いかけ遠巻きに観察している。

場面は唐突に、最初の砂漠地帯に切り替わって、強い日差しとほこりっぽさを強調するように明るい黄色を基調とするトーンにかわる。焼け落ちたトレーラーハウスの残骸が映し出され、そこへ三人の少年が現れる。ひとりが「ここで、親父は女と死んだ。」とヘッドボードだけそれとわかるベッドの痕跡を見つめていう。火の回りが早くそこで抱き合ったまま焼け死んだのだ。三人のうち二人は兄弟、一人はその友達だと言うことだが、帰り道で弟、サンティアゴが友達を連れてきた兄に「親父は見せ物ではない」と腹を立てている。

父親がなくなったのに母親はその妹らと家でカードをやっている。葬儀にも出ようとしない。埋葬を終えて墓地から引き上げようとすると、なくなった女の家族が待ち構えている。その夫と、下は五六歳の女の子、少し上の男の子が二人に十五六歳の女の子と四人兄弟である。夫は、悪態をついただけで帰るが、そのときサンティアゴが最後に引き上げる年長の女の子が気に掛かって見つめていると、向こうもこちらに気がついた。

ドミノゲームのテーブルがカットインするので、一瞬サンティアゴの家に戻ったのかと思うと、そこは飛行機の格納庫であった。農場の仕事を受けて空中散布する飛行機のたまり場である。電話が鳴って仕事の依頼が入ると、二人の男が飛行機に向かう。一人は、あのシルビアをつけ回していた若い男カルロスである。そばで数人の子供たちが遊んでいたが、中のマリアに一緒に来るように声をかけると十二三歳の女の子が飛び出してくる。カルロスと一緒に飛ぼうとしている男の娘であった。娘は、ナビゲーターとして一人前の仕事を期待されているのだ。

 

 

トウモロコシ畑の作業小屋で食事の準備をしながら、父親が飛んでいるのをマリアが見ている。

次のカットは、その畑の真ん中を通る道かと思ったら、また違う場所であった。この意外性でプロットを繫いでいく映画文法もアリアガらしいところである。The_burning_plainposter

 

中年の男ニック(ヨアキム・デ・アルメイダ)がトラックを止めて待っているところへジーナ(キム・ベイジンガー)が車でやってくる。ニックが、いとこからトレーラーハウスを借りることができたといって、例の場所へ案内する。二人は、互いに家族がありながら、目下のところ恋愛中であった。

ここまで来てようやく主要な登場人物が出そろうことになるのだが、どうやら、二人の中年の男女が不倫の末、トレーラーハウスで焼死した事件が発端になっているらしいと分かる程度である。それぞれのプロットが現在のものなのか過去あるいはさらにその過去の出来事なのか、関連性も分からないままである。映画は、そのようにして行きつ戻りつしながら進行するのであるが、その構成は、実によく計算されていて観客の心を引きつける。それを順番に追っていくとややこしいことになるので、大急ぎであらすじを紹介することにしよう。何しろこの映画は、筋立て、映像表現の魅力は言うまでもないのだが、そのことはともかく、僕の心に浮かんだ「なぞ」を解く楽しみの方を説明したいからだ。

 

 

あの海岸のレストランはおそらく実在する。あの映像の叙情性に惹かれてどうしてもその場所を知りたいと思った。そして、ブルートーンで撮影されたあの街のしっとりとして落ち着いた様子に魅了されて、そこがどこなのかも知りたいと思った。その話は後回しにして、ともかくあらすじである。

ジーナの夫は大型トラックのドライバーのようで留守勝ちだが、夫婦仲は悪いとは思えない。手術を受け乳がんを克服したばかりというから微妙に心がすれ違ったのかも知れない。からだの弱い母親に、ハイスクールに通う長女のマリアーナ(ジェニファー・ローレンス)が家事を手伝い、まだ幼い兄弟の面倒もみている。

ジーナとニックがどこでどのようにして知り合ったのかは全く省略されているが、ともかく彼らは一刻も離れていたくないほどに愛し合っている。

 

 

ジーナは、家事の合間を縫ってトレーラーハウスに出かけ、ニックとのわずかな逢瀬を楽しんでいた。やがて、母親の異変に気がついたマリアーナは、ある日学校をサボって母親の後を付け、トレーラーハウスを発見する。

ジーナは次第にぎくしゃくしてくる家族との関係を修復しようと、ニックとの道ならぬ恋に終止符を打つと決心する。それでもニックは、毎日正午にはトレーラーハウスで待っていると告げて翻意を促した。ジーナは毎日昼になると落ち着かなかったが、思いとどまっていた。

そんなある日、とうとう渇きに耐えかねたように、ジーナはトレーラーハウスに向かってしまう。マリアーナがそれに気づいて自転車で後を追う。ハウスの寝室を覗くと、そこでは母親が全裸で男と交わっていた。マリアーナは母親の姿に衝撃を受ける。そして、彼女は二人を脅そうと思って、かねて仕掛けておいたことを実行しようと決心する。

 

 

サンティアゴは、葬儀の日に見かけた同じ年頃の女の子が気になっていた。母親が不倫の末なくなってしまった娘はひょっとしたら自分と同じ気持ちなのだろうか? その母親はどんな人だったのか? 話してみたいという欲求が抑えがたく、近所に出かけて出会うチャンスをうかがっていた。

 

ジーナの葬儀の日、マリアーナが一人でコンビニにやってくるのを見て、サンティアゴはその店の中で声をかける。マリアーナは覚えていた。それをきっかけに二人はつきあうようになる。互いの家に行き、どんな家族だったのかを知った。マリアーナは大胆にもサンティアゴが留守の時に訪ねて、母親と談笑している。学校の友達だとだけ紹介した。夜の沙漠に出かけ、火をたいて二人で過ごした。

やがて、サンティアゴの兄がそれを知り、母親には家を出ていけと言われる。さらにマリアーナの父親の知るところとなり、怒りに震える父親がサンティアゴを襲おうとするが、すれ違いにマリアーナを家から連れ出して二人で逃げる。その明け方、トラックで目覚めると、マリアーナが妊娠を告げる。サンティアゴは、国境の向こうを指して、メキシコにいって三人で暮らそうという。

さて、トウモロコシ畑の作業小屋で食事を作っていたマリアが、飛行機の不調なエンジン音を聞いて外を見ると、異常な低さで飛んできた父親の飛行機がそのまま畑に突っ込んで、土煙を上げる。病院に運ばれた父親の片方の足はシーツにくるまれていた。病室にカルロスだけ呼ばれると、マリアには父親がカルロスの耳元でなにやらささやくのが見えた。

 

 

翌日、カルロスがいやがるマリアをせき立てて飛行機に乗せる。二人が降り立った空港は、あのシルビアが住む街であった。モーテルに腰を据えて、どうやらマリアの母親を捜すつもりらしい。

ここで、ようやくカルロスがこの街にいるいきさつが分かるのであった。

カルロスが、客と例のコックのもめごとに巻き込まれているシルビアを助けて、アパートまで送るとシルビアは彼まで誘惑しようとする。カルロスは、シルビアがマリアーナであることに確信を持てなかったことと、何よりも英語ができなかったために、街に来たわけを言い出せず逃げるように帰る。

そして翌日、街でシルビアをつかまえて、サンティアゴと娘が待っているというと「何のことだ、自分に娘はいない、もうつきまとうのをやめて欲しい」といって、追い払うのであった。

 

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追い詰められたと思ったシルビアは、街を逃げだそうとしてコックを誘うが、彼は妻子持ちで当然躊躇する。<

その日、シルビアがマリアーナだと確信したカルロスはマリアを連れてシルビアの帰りを待っていた。その姿を見つけると、シルビアは、逃げ出す。しかし、はじめてマリアを目にしたシルビアは動揺する。

 

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あの日、サンティアゴとメキシコに逃げて、その後女の子を産んだが、自分と母親の血が流れていることを思えば、子供を不幸にするだけだ、自分はそばにいない方がいいと考えて、生んで二日目にサンティアゴと娘の前から姿を消したのであった。マリアーナ十七歳の頃である。それから十四年がたった。

 

シルビアの心の病の原因はそこにあった。そのことに気づいているシルビアは翻意する。サンティアゴが呼んでいる。そう思って娘に会おうと決心し、街を立ち去ろうとしているカルロスたちを追いかける。探し回って、ようやく宿を見つけたが、カルロスも娘もドアを閉ざしたまま会おうとしない。シルビアは、彼らの部屋のドアが開くのを待とうと自分も同じモーテルに部屋を取る。

 

Palmsmotel

 

やがて、カルロスが荷物を車に積み込むために階下に降りるのを見て部屋に飛び込み、マリアと対面する。ぎこちなく名乗りを上げわびを言うが、マリアにとっては見知らぬ他人であった。マリアを連れ去るつもりではないかと、カルロスが慌てて戻ってドアが閉まる。

 

そして、ブルーから明るいイエローの色調に変わり、三人がメキシコの街の空港に現れた。病院では、サンティアゴが片足を切断するかどうか瀬戸際のうえに、感染症にかかって重篤なまま昏睡状態にあった。サンティアゴは怪我を負った時に、自分が死ぬ場合のことを考え、マリアを母親に託そうとその行方を捜しメキシコに連れて帰ることをカルロスに依頼したのだった。

 

シルビアは二人きりになった病室で意識のないサンティアゴを前に話しかける。ここではじめてあのトレーラーハウスの事故の全貌がカットインされ、明らかになる。シルビアはその事故の原因をつくった自分を許せなかった。誰にも話せないで自分一人を責めて苦しんだ。「サンティアゴ死なないで。マリアにはあなたが必要なの・・・そして私にも。」

 

マリアの家に泊まることになって、サンティアゴの部屋に入ると、あの十六歳のころに手渡したマリアーナの写真が飾ってあった。

 

この終幕近いところに、これまでのいきさつをなぞるようにいくつかの回想シーンが短く現れ、その中にさりげなくマリアーナが子供を置いて家を出る場面や、若い二人がメキシコに行こうと話してる場面が折り込まれる。アコースティックギターの音だけで小気味よく繫がれていく映像はこれこそ映画だという具合に見事だ。ジグソーパズルの完成は近い。

 

翌朝、病院の廊下で待っていると、医者がやってきて「どうやら乗り越えた。足の切断も必要がない」と告げる。意識も戻ったと言われて、病室に駆け込もうとするマリアが振り返ってシルビアを誘う。それに頷いて、ほんの少しほほえむと廊下を歩いて行く後ろ姿を追って二人が病室に消えると一瞬、間があって溶暗。

 

十代のマリアーナとサンティアゴの二人と現在の彼らは、それぞれ異なった俳優が演じているために、話がややこしく見えるのだが、それもアリアガの工夫であった。少年と少女から大人へと十四年の歳月が流れたのである。青春の過ちに苦しみ、それを浄化するに十分な時間ではないかといいたいようだ。

 

シルビアの頬にほんの少し笑みがさすという終わり方も、アメリカ映画らしいと言えばいえるが、再生への希望が見えて好ましい。

 

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この映画を見終わって、どうしても確かめたいことができたといった。

 

それはまず、あの海岸にたつレストランがどこかということであった。日の傾きから西海岸のようであるが、カリフォルニアではなさそうだ。

 

というわけで、いろいろ調べた結果、まず、主なロケ地はポートランドだと言うことが分かった。ポートランドはメイン州にもあるが、ここはオレゴン州である。

 

このオレゴン州の海岸線で崖になっているところをグーグルでたどっていけばあるのではないかと思ってやってみたが、とてつもなく広いし、ストリートビューに出てくる景色は沙漠の砂が飛んでいるような赤茶けた色で情緒も何もない。効率が悪いので、映画の情報を徹底的に集めることにしたらどうやら特定することができた。

 

それは、Depoe Bay というところらしい。海岸線に沿って南北に走る国道101号線に面している。日本の国道101号線も秋田県能代市から風光明媚で有名な五能線沿いを北に向かっている。単なる偶然だが、光の具合がどこか似ている。それらしいところを狙って、拡大してみるが、何しろ映画とは似ても似つかない普通の田舎の国道だからなかなか見つからない。ごちゃごちゃやっているうちに、The Tigal Reves Seafood Restaurant という写真が見つかった。このあたりではよく知られたレストンらしい。道に大きな看板がでている。およそ百メートルくらい行きつ戻りつしながらやっているうちにとうとう見つかった。夏の海なので印象は大分違ったが、ロケ地である。

 

Thetigalrevesseafoodrestaurant

 

今度はポートランドについて調べようと思った。

 

アパートはセット撮影と言うこともあるので、実在しないかも知れないが、いろいろの橋が背景に出てくるのでその場所は特定できそうだ。

 

ポートランドのことであるが、てっきり海岸近くにあると思っていたら、百キロも内陸にあった。カナディアンロッキーから流れ下るコロンビア川の支流の一つ、ウイラメット川(Willamette River)の河畔に開けた街で、人口54万人、周辺の都市圏を合わせると約二百二十万人というオレゴン州最大の経済都市で、今なお発展を続けている。16キロ北で本流に合流した大河はオレゴン州アストリアまで流れて太平洋に注ぐ。河口は、シーフードレストランのある Depoe Bay から北に約百六十キロである。

 

1800年代半ば、街をつくった時の有力者が、メイン州ポートランド出身だったために同じ名前にしたと言うが、なんと安易な命名だったろうか。元々が英国の地名だから世界には三つのポートランドが存在するややこしいことになった。

 

川に架かる橋は、八本ほどあるがそれぞれ特徴があって、わかりやすい。アパートの窓から見える橋とシルビアがカルロスに呼び止められる河畔の遊歩道の背景にある橋は同一のものである。何度か確認して分かったこの橋は鉄骨で組んであり、真ん中の二つの塔にはさまれた部分が昇降して船を通す構造になっている。Steel Bridge という味も素っ気もない名前らしい。

 

そうなると、アパートから橋が見える角度を追っていくとそこにたどり着くかも知れないと思った。これが頭で考えているのと実際がどうしても合わない。窓は川に向いているように見えるが、どうも正面に橋があるようだ。東だと思っているのが南に向いているらしい。普通、建物は川と平行に建っているものだから橋が見えるはずはないのである。すると、この橋ではないのか。他の橋も当たってみたが、形状を見比べただけではとても特定できない。

 

ところがそのわけが判明した。Steel Bridge のすぐそばに上から見ると複雑な幾何学模様を描く建物群があったのである。せっかくの川と橋が織りなす景色を最大限見せようという目的で設計した結果、モダンで機能的なアパートになったという事例だろう。こういう建物ならどちらに窓があってもおかしくない。シルビアのアパートは南側に窓がある部屋だったのだ。

 

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ということは朝、女友達が迎えに来た道路もアパートのそばにあるに違いない。そう思って、近くの通りを探ってみたら、この一群の建物の敷地に入るところに駐車場があって、そこはシルビアがレストランの客を連れ込むシーン、カルロスが様子を探る場面で見覚えがあった。道との境界にスティールの格子の塀がある。それもそのまま同じだ。アパートは実在した。しかも敷地全体を使って撮影している。Sb

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その通りを調べると、映画では、ちょうど車が止まったところに消火栓が見える。ストリートビューで探すと、果たしてそれは駐車場の入り口付近で見つかった。そこに視点を移して車がやってきた方向を眺める。映画は望遠レンズを使っているから遠くの景色をグンと手前に引き寄せて絵として濃厚だが、確かに向こうの方に見えるのは同じ高速道路の高架らしい。それを発見した時は感激した。いま、カメラの位置と同じところに立っている、そんな気がした。

 

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その道には、Naito Parkway という名が付けられているのに気がついた。日本人のナイトウさんかもしれないと思って、調べてみると、やはりこれは日系人の名前に由来するものだった。サム内藤(1921~)は成功した日系二世である。父親の代にポートランドに移住して、いまも手広く商売を営んでいるようだ。河畔には市に寄贈した土地があり、春になるとさくらが咲きほこる公園になっていて、その前を通る道が Naito Parkwayだったのだ。意外なところで日本に出会うものである。

ポートランドでの主立ったロケ地は、あとカルロスとマリアが宿泊していたパームスホテルがある。これは、グーグルアースに打ち込むと簡単に分かった。アパートから橋を渡って北へ三キロばかり走った通りに面している。シルビアは車を持っていないから、レストランの仕事仲間である女友達に足代わりを頼んでいる。その女友達がフロントと交渉している入り口も通りから確認できた。

マリアたちの部屋のドアから撮った場面の奥にこの看板が小さく確認できる。

Palmsmotelgoogl

他に挿入されるカットで印象に残った建物があった。オレゴンコンベンションセンターである。アパートから撮ったものと思うが、下の写真は少し位置がずれている。

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こうして、ポートランドのロケ地を確認すると、こんどはマリアーナとサンティアゴが暮らした中西部の街はどこか探してみようと思った。向こうはメキシコだ、とサンティアゴが言っていたから国境が近い。最初はエル・パソ近郊かと思って調べたらどうもロケ地は、それより七,八十キロ北に行ったラス・クルーセスという街らしい。

 

彼らの家のある周辺は、ランドマークになるようなものは全くなかったので、探しようがなかった。この街は人口が七、八万人、沙漠のど真ん中である。西側を流れるリオ・グランデ川の水を灌漑用水にして、農業が盛んである。周辺には岩山があちこちにみえるが、ここ自体が標高千メートルを超す台地なので、山々の高さは二千メートル達するものがありそうだ。

 

映画では、家々に植栽も多くゆったりした低層住宅が並ぶ普通の街のように見えた。ところがグーグルで見る街は砂嵐でもあったかのように赤茶けてほこりっぽい。映画の方がほんとうなのだろうが、ストリートビューで見る限り、みすぼらしい印象である。</

トレーラーハウスのように見えたものは、実際にはもう一回りぐらい大きいことが分かった。というのも、街の一区画にこのトレーラーハウスと同じものが何軒も同じ方向に並べて建っているところがあって、こういう簡易住宅は、この地方の文化なのだとみてとれる。車を着ければ移動可能なのだろうが、通常のものよりも住宅としての機能が大分充実していそうだ。ジーナが、ニックにお湯が出るようにして欲しいといったのは、もともと街にあったものを運んできたからなのであり、見慣れたものが沙漠の中におかれても誰も不審には思わなかったであろう。

 

ここはジーナの家とニックの住む街との中間地点だという台詞があったが、ジーナの住む街の方は特定できた。ジーナの葬儀の様子を見ていたサンティアゴが、マリアーナの後を付けていくと、いったん家に戻ったマリアーナが買い物に出てくる場面がある。近所のコンビニに向かうマリアーナの後を追う。そのコンビニの名前が「Aguirri’s Mini Mart」で、それは実際に存在した。

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ラス・クルーセスでのロケ地追跡は、ここであきらめてしまった。それほどストリートビューが充実している訳でもないし、僕の興味もそこで尽きた。

 

海辺の崖の上に立つレストランが西海岸にあるのか、それとも予想通り東海岸のどこかなのか確かめたいというのがきっかけだった。そして、冬の曇天のもとにあったポートランドの街が魅力的であったために、いや、それとシルビアの謎めいたふるまいがない交ぜになって、一層この少しおしゃれで落ちついた風情の地方都市がどこにあるのか知りたくなった。

 

画面から場所を推理して、グーグルで探った末にストリートビューでその撮影現場を発見することが、無上の喜びになった。暇な奴だと笑っていただいても結構である。それもこれも、映画そのものにそれをさせずにはおれなかった面白さと説得力があったからだといえる。そんな映画には久しぶりに出会った。

 

映画ではジーナ(キム・ベイジンがー)とニックのむつみ合う場面とジーナの家族との絆が揺れ動いている場面がふんだんに出てくるが、それについてはつらいので書くのを省略してしまった。不倫というものがもたらす代償がいかに高くつらいものか、人はそれが罠とわかりかけていながら、甘美な時に誘われおぼれてしまうのである。マリアーナは、十四年もの間苦しんで、ようやく夫と娘の元に帰ることができた。マリアーナが病室に消えたあと1~2秒だけ誰もいない廊下が映って終わる。マリアーナがあちら側にいけたのはほんとうによかったと思う。

 

 

 

 

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