三宅香帆「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、どこが間違っているのか」(飯田一史)はどこが間違っているのか。はなぜくだらないのか?
この間書いた「三宅香帆の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで考えたこと」だが、なんだか新たな論争があるらしいと聞きつけて、行きがかり上、気になって、何事かと調べてみた。
「なぜはた」(『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』をこのように省略して言うらしい。)の内容について異論を唱え、批判したのは出版ジャーナリストと言われている飯田一史氏である。年齢は四十代と言うから三宅氏と極端に離れているわけではない。分別のある大人と言っていいだろう。
それで、飯田氏が言っているのは、実にシンプルである。
日本人の読書量を調べた公開情報を元に、年齢別、時系列データに大きな変化はなく、働いていることが原因で読書量が減るというデータを見つけることは出来ない、と言ったのだ。様々なデータを取り上げて議論しているから、暇があったらのぞいてみたらいい。
僕が見た所、飯田氏の分析や言っていることに矛盾はなく、至極まっとうな指摘である、と思った。
それに対して、三宅氏が反論して、議論が盛り上がったということらしい。それにしても「なぜはた」などと言うくだらないものがこうも話題になるなんて、なんと言う世の中だろう。(以下は、三宅氏の反論、「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、どこが間違っているのか」(飯田一史)はどこが間違っているのか。」の引用)
まず大前提として、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、「かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々」という特定の層が抱える悩みについて、それが個人的な問題ではなく社会構造上の問題であることを論じた本です。(下腺:中村)
これに対し、飯田さんは国民全体の平均値であるマクロデータを持ち出して「全体で見れば変化はない」と反論しました。が、これはいうなれば、「日本人の平均寿命は伸びているから、あなたの今の病気は存在しない」と言っているのに等しい議論です。(これはどう読んでも、意味不明!)
全体平均の中に埋もれてしまっている「特定の属性の変化」に光を当てるのが拙著の役割です。マクロデータのみで個人の実感を否定することは、分析の手法として適切ではありません。
引用はとりあえずここまで。
ここから先は、飯田氏のマクロデータの解析を批判(重箱の隅を突っつくような)するのが続くので省略。
では、三宅氏が主張する「特定の層が抱える悩みについて」のいわば「ミクロデータ」は、示されているか?
残念ながら、どこにも見当たらない。
見当たらないはずである。「かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった事に悩んでいる人々」=「特定の層」が、どこに、どれだけ存在するか?そもそもその構造的に複雑な悩みを抱えている人が「層」として存在しているのかさえ、確かめようがないからだ。
あえて言えば、三宅氏の頭の中だけに存在するのかもしれない・・・。
「なぜはた」では、自分のブログに反応した人が数人いたことを根拠として、それが一定の層、存在しているらしいと主張していた。その根本に社会問題があると言うのも論理の飛躍で、その理由あるいは仮説は示すべきであった。
もしこういう主張を社会学者がしようとするなら、仮説を立て、綿密に調査設計の上実査を行って、結果を分析し、それが社会問題かどうか判断するはずだが、国文学を専攻した人には案外無理だったのか?言ってることが、ほぼ「情緒」で出来上がっているのである。
先に書いた文の中で僕は、こう言う意味のことを書いた。
三宅氏のブログに自分の悩み(働いていると本が読めない)を投稿した所、同感するコメントが寄せられたことを根拠に(他に根拠は見当たらなかった)、これは個人の悩みではなく、みんなの悩み=社会構造上の問題が原因に違いないと、曲解というか我田引水というかご都合主義というか、針小棒大というか、早い話しが勝手に一人よがりしたのではないか。社会構造上の問題ならデータで説明しなければならないが、そんなものがあるとは想像も出来ない。
こういう思いつきの意味のない恣意的な問題意識につきあいたい人はどうぞ、と言うしかないのではないか?
これ以上言うのもバカバカしいので、あとほんの少しでやめる。
「本が読めない悩み」をお持ちの諸君には、実にかはいそうだと同情を禁じ得ない。しかし、安心したまえ。我が国では、誰も本を読むな、と言うものはいない。特に奨励はしないが、自由に本は読める。従って悩んでないで、大いに本を読みたまえ、出版社のためにも!とりわけ本屋のためにも!
飯田氏は『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、どこが間違っているか、といってデータを示して指摘した。ご苦労なことですぞ!歌舞伎じゃあないが、今どき殊勝な心がけ!
僕に言わせると「働いてる」ことと「本を読む」行為とのあいだにある因果関係ははっきりしている。
つまり、働いている時は本が読めない。本を読んでいる時は働けない。二つを同時には出来ない。それが「なぜ?」と言われても、答えは問いの中にあると言わざるを得ない。
本が読めない悩み?それは贅沢な悩みだからしばらく続けなさい。
ああ、それにしてもこんなくだらない本が30万部も売れるなんて!
日本人の知性も地に落ちたなあ・・・























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