新崎智のこと(2006年ごろに書いたもの)
それで、読んでいただいた方たちにはきっと呉智英氏に興味を抱いたひとがいたのではないかと思って、以前ホームページに書いたものを掲載します。
「犬儒派だもの」
先日調べものがあって本屋に行った。何しろ半径二百メートルのところにやや大型の書店が二つと区立図書館があるので便利この上ない。日に一度は新刊本を確かめに行く。
新書コーナーで「団塊ひとりぼっち」(山口文憲)のタイトルに惹かれて、立ち読みを始めるとまもなく面白い箇所に出会った。この本は団塊世代の退職問題という話題に則して全共闘とは何であったかを論じているもののようだ。(この手の本は自分のことが書いてあるようで、気恥ずかしくてとても最後まで読めない。)
団塊ー全共闘といっても当時の大学進学率は16%に過ぎないし、そのうちのせいぜい10~20%がかかわったとしてその数は知れたものだ。にもかかわらず全共闘世代と呼ぶのはなぜか?というような論が展開されていた。(今日図書館に行ったら貸し出し中で予約が三人も入っていたから、そのうち読んで報告します。)
その全共闘に参加していた人物像がどんなものだったかをいくつか紹介する中に、例の「きつね目の男」宮崎学がいた。周知のように京都のやくざの親分の家の末子として生まれた宮崎は、当時早稲田大学法学部の学生で、意外にも民青系自治会の役員だった。
山口は宮崎の文章を引用してその話を紹介していたが、正確を期すために宮崎の本に直接当たってみた。
それは「突破者」(96年)の中に見つかった。「日韓闘争では 早大の他党派の連中や、東大を初めとする他大学の日共系学生とも知り合いになったが、そのなかでも傑出してユニークだったのは新崎智である。
・・・ある総会で執行部が運動方針を発表した。・・・その方針を執行部が発表した途端、新崎が猛然とかみついてきた。論旨は、理念や指導性不在の大衆迎合主義的政治主義であるということだったと思う。執行部を散々批判したあとで、こういった。
『それじゃあなにか。学生大衆の中から『おまんこがしたい』という要求が澎湃(ほうはい)として湧き上がったとしたら、執行部の諸君は大学当局にかけあって、我々におまんこ実現を勝ち取ってくれるというのか。ばかげた無原則的なことをいうんじゃないよ』」
当時の民青の『諸要求運動』を思い出して、これほどの面白い反論は聞いたことがないなあと思った。この新崎智がまもなく呉智英と名乗る男である。
そこを読んで、はっとした。数日前立ち読みして面白かった呉智英の「犬儒派だもの」をやっぱり買おうと、もう一軒の本屋へとってかえした。ところが、売れたのか期限がきて返本したのかあったはずの本棚から消えていた。これはアマゾンにでも頼むかと思って調べたらすでに文庫本になっている。こうなったらもう執念である。急ぎ本屋の文庫本コーナーを探しまくると双葉文庫というマイナーな棚になんと見つかったのである。
早速ビルの外のベンチで読み出したら止まらなくなった。おまけに、あまりにおかしくて吹き出してしまうのを誰かに見られないかと心配しながら読んでいた。さっき引用した文の前に呉智英当時新崎智がいかにユニークだったかを示す逸話があるのでそれを紹介しよう。
「・・・新崎は新左翼系の連中にずいぶん人気があった。その支持で第一法学部のスト決議学生大会の主演説を何回かやっている。それがまた次のような、後年の呉智英を彷彿とさせる一風変わった中身だった。『『自己否定』とは『自己肯定』のことである。出世のためということで学問すればするほど学問の本義から遠ざかっている自分を発見する。それが自己否定である。自己否定は目指してするものではない。自己肯定の結果、現出するものだ。それはあたかも、徹底した防火が実現すれば失業するのに、防火に力を尽くす消防士のようなものである。」
分かったような分からないような・・・。ともかく呉智英はいまでもかなりユニークである。これまでは文章の切れっぱしや「BSマンガ夜話」でしか、お目にかかっていなかったが、民主主義は大いに問題があるなどという発言にも興味があるのでこの先、大急ぎでこれまでの文章を読んでみたいと思っている。


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