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2025年1月11日 (土)

保守とは何か? または、「新聞やめた」

昨年末、長年とっていた新聞をやめた。やめると言ったら、販売店が飛んで来て、一月だけ延長してくれという。一か月延命したところで、新聞の状況が変わるわけでないだろうに。ろくに読みもしない、あの重たい新聞紙の束を捨てに行くのが、億劫になったことも大きい。
冗談めくが、ナベツネも亡くなって、区切りがついた。そういえば、この男、東京帝大の哲学科で、共産党の細胞だったようだが、コミンテルン運動や共産思想もあの世に持っていったかどうか。いよいよ新聞が輿論を形成し、政治や社会を動かしていた時代は終焉を迎えつつあるようだ。

 

いいも悪いもない。情報を伝達する手段が、簡単に安価で手に入るようになったからだ。精神の自由度は広がったと誤解をする向きもあるが、実際は多様な情報が飛び交い、それが返って分断を生むという負の側面にも注目しなければならないだろう。また、AIの活躍によって、よりよく編成された情報が得られると考えるのも早計である。AIの情報は、過去の情報の集積に過ぎなくて、分析からより良い未来を思い描くなどという芸当は所詮無理なのである。

 

要は、こっちの頭がしっかりしていなければ、結局のところ、右往左往するだけになってしまう。それには、昔から新聞記者やトップ屋がやっていたように、情報の裏ドリをこまめにやることだ。そして、自分の価値観の基本をどこに置くか考えておくことだ、と思っている。
その場合、どうやらこの時代は、世界史の大転換期に入ったらしいという認識が大事なのではないか?

 

思えば、新聞はこれまで碌でもないことをやって来た。
南京事件を実際より遥かに誇張して中国に吹き込んで反日を煽り、A級戦犯が靖国に合祀されていると中国に告げ口をして要らぬ摩擦を起こしたり、「従軍慰安婦」なる存在しなかった言葉で韓国に阿ね、強制的徴用被害など事実でないことを吹聴した。これに政治家どもが屈服し、国民は屈辱的な気分を味わう羽目になった。
これほど自国を貶めるような報道と世論形成が可能だったのは、なんのことはない。国民の一部がこれを良しとしたからだ。

 

 

最近は、Youtubeを見ることが多くなった。政治や経済のことはこの方が詳しいし、分かりやすい。既存の新聞・TVが「オールド」メディアなら、こっちは自由で情報量も多い。オールドメディアがいわないことを扱う。

先日、Youtubeで名古屋市長から衆議院議員になった河村たかしがインタビューを受けていた。
河村たかしは、僕らと同世代で、普通であればもう引退の年だが、まだやりたいことがあると言って、議員になった。これが日本保守党共同代表と言う仕事である。
保守の意味は何だと問われて河村は、「昔は、保守といえば保守反動と言って悪だった。その意味は色々だが、今は堂々と保守を名乗れる。」といった。

 

長い間、我が国では保守(主義)や保守的言動は恥ずかしいことであった。
端的に言えば、社会主義や共産主義が理想として命脈を保っていた時に、それに対抗する思想や立場は歴史に逆行するものだという意味で反動なのだ。
共産主義の社会は歴史的必然であり、それに抵抗するものは、無教養で、野蛮で国粋主義の狂信者だと思われた。
こうして、河村が言うように、千九百年台が終わる頃まで、一般に保守は悪だという空気が醸成されていた。

 

新聞は率先して進歩派を装い、「我が国は戦時中ひどいことをした。今もそこに回帰しようとしている。」という印象を流布したが、朝日新聞などは、のちに記者たちが出版した本で、新聞の方針が共産主義と言われても仕方のない状態だったと述懐している。

潮目が変わったのは、湾岸戦争の頃からで、進歩派といわれた連中の化けの皮が剥がれ始めたのだ。ベルリンの壁が崩壊し、ソビエト連邦が解体して共産主義は目指すべき理想ではなかったことがはっきりした。冷戦でかろうじて保たれていた平和は、サダーム・フセインによって他国を侵略することが容易に行えることが示され、第二次世界大戦後に作られた世界平和の秩序が揺らぎ始めたことを予感させた。

 

この頃、日本の進歩的知識人と言われている人々が、新聞に発表した湾岸戦争に対する「宣言」を読んで、なんと現実感覚の欠如したものたちか、と唖然としたものだ。彼らは、「我が国は平和憲法があるから戦争に加担しない」と言ったのである。
こういう連中のことを今では「お花畑(の住人)」という便利な言葉があって、誰もまともには相手にしない。
そこに集まった人々も、だいぶ世代交代してしまって、かつて、新聞が行った自虐的で反日的キャンペーンのようなものに賛同するものはほぼいなくなった。
いまや、本来の日本に回帰しても、誰も文句を言うまい。本来の日本とは、端的に言えば、我が国のあるがままの近現代史であり、さらにいえば歴史そのものである。

 

我が国が、自分の歴史をそのようなものとして認識したからと言って、誰が文句を言うだろうか。文句を言われたところで、応えようもない。

 

米国も、世界には関わりたくないと言い始めている。ちょっかいを出すなら応じるが、基本は北米大陸に回帰したいと言っている。
世界はまた二十世紀初頭に戻るのか?
しかし、次々に近代国家が誕生しようとしていた時代に比べて、世界は格段に豊かになった。この豊かさは、誰も失いたくないだろう。
この豊かさの根拠は近代国家という仕組みであり、その枠組みを守ろうとすることが保守なのではないか。

 

ならば、保守であることは恥ずべきことではない。

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