山田長政ゆかりの「安南赤絵茶碗」(陶器の話)

山田長政が、寛永七年(1630年)シャムで謀殺された時、愛妾に産ませた男子ひとりが危うく難を逃れたのち、密かに北方へおくられ、安南のある陶工のもとに預けられた。この「安南赤絵茶碗」は、二十年ほど前に、タイのバンコックで映像をつくる仕事をしていた時に手に入れたものである。束の
間出来た休みの暇つぶしに、チャオプラヤー河畔の古い街並を味わいながら歩いているうち、いつの間にかその建物へ迷い込んだのであった。四五階の白いビル一軒が、まるごと細かく仕切られた骨董屋の寄り合い所帯で、階下から上へ順に冷やかしていくと、昔の小学校のように廊下からガラス窓を通して教室をのぞいているようなつくりの店があった。日

本の骨董屋とは大違いで棚が整然と並んでいる。床に象の置物や、大理石の彫刻、机や家具なども置かれているが、大半は、陶器・焼き物である。
他に客もいなければ、目に入るところに店番もいないのを幸いに、ゆっくりと棚の間を見て回った。
休憩場所に置いた椅子に座るとテーブルの上に名刺の山が盛られた小皿が置いてあるのが目に入った。適当にめくってみると、日本のものだらけで、広告代理店はじめ様々な会社の名があり、どうやらここは日本人御用達のようなことになっているようである。
棚の焼き物をながめていると、白髪の老人が現れて、とっておきの茶碗があるけど興味はないか?と聞かれた。とびきり高いものを売りつけられるのではないかと少し心配だったが、見るだけならかまわないだろうと、案内されるままについて行った。
すると、帳場の柱の間につくられた細い板戸を外して、大事そうに小振りの茶碗をとりだした。それがこの品である。
山田長政の忘れ形見が陶工になってつくったという物語はその時に聞いた。本当かどうかは確かめようもない。
いくらだったか覚えていないが、結局買ったのだからそんなに高くはなかったはずだ。表面の絵付けが素朴なのと何故か釉薬が塗られていないのが気に入った。
もうひとつの器は、粉引きの泥が乾かないうちに薄青い線で縁をまわし、それがにじんだところを味わう安南独特の絵付けで、こちらは古いのか新しいのか判別が着かない。どちらにしろ形が繊細で、普段使いが少々はばかられる。
ついでにと言っては何だが、この際だから他に持っている焼き物を紹介しておきたい。織部の角皿である。
ずいぶん前のことだが、ある陶芸家の展示会で見つけた角皿を欲しいと思ったが、少し納得のいかないところがあったので、買うのをやめた。後で考え直して欲しくなり、陶芸家の工房まで訪ねている。しかし、それはすでに人手に渡っていた。
それ以来何か適当な角皿はないものかと探していたのだが、何のためかというと、白身の魚の刺身をのせる皿にしようと思っていたからだった。
ある日思いついてヤフオクをのぞいてみた、するとこの角皿が目にとまったのである。絵付けといい、織部釉の具合といい、堅く焼き締められた様子といい申し分ないように思われた。これが何と、北大路魯山人の作だというのである。魯山人の器は料亭取材の時にさんざん見ており、今更感動もないものだが、自分の手に入るかも知れないと思えば、いささかの感慨がないわけではない。
入札して二三日経った頃、あなたが落札したと知らせが入った。払えるほどの金額だったから手に入れた。箱書きやどっかに、魯山人の「ロ」の字があったからホンモノだろう。いや、偽物でもなんでも、刺身を飾ってテーブルにのせる器が増えたことが何よりの喜びであった。
他に客もいなければ、目に入るところに店番もいないのを幸いに、ゆっくりと棚の間を見て回った。
休憩場所に置いた椅子に座るとテーブルの上に名刺の山が盛られた小皿が置いてあるのが目に入った。適当にめくってみると、日本のものだらけで、広告代理店はじめ様々な会社の名があり、どうやらここは日本人御用達のようなことになっているようである。
棚の焼き物をながめていると、白髪の老人が現れて、とっておきの茶碗があるけど興味はないか?と聞かれた。とびきり高いものを売りつけられるのではないかと少し心配だったが、見るだけならかまわないだろうと、案内されるままについて行った。
すると、帳場の柱の間につくられた細い板戸を外して、大事そうに小振りの茶碗をとりだした。それがこの品である。
山田長政の忘れ形見が陶工になってつくったという物語はその時に聞いた。本当かどうかは確かめようもない。
いくらだったか覚えていないが、結局買ったのだからそんなに高くはなかったはずだ。表面の絵付けが素朴なのと何故か釉薬が塗られていないのが気に入った。
下のグリーンの点描の鉢と粉引きのような風合いの丼は、その店で僕が選んで買ったものである。
もうひとつの器は、粉引きの泥が乾かないうちに薄青い線で縁をまわし、それがにじんだところを味わう安南独特の絵付けで、こちらは古いのか新しいのか判別が着かない。どちらにしろ形が繊細で、普段使いが少々はばかられる。
ついでにと言っては何だが、この際だから他に持っている焼き物を紹介しておきたい。織部の角皿である。
ずいぶん前のことだが、ある陶芸家の展示会で見つけた角皿を欲しいと思ったが、少し納得のいかないところがあったので、買うのをやめた。後で考え直して欲しくなり、陶芸家の工房まで訪ねている。しかし、それはすでに人手に渡っていた。
それ以来何か適当な角皿はないものかと探していたのだが、何のためかというと、白身の魚の刺身をのせる皿にしようと思っていたからだった。
ある日思いついてヤフオクをのぞいてみた、するとこの角皿が目にとまったのである。絵付けといい、織部釉の具合といい、堅く焼き締められた様子といい申し分ないように思われた。これが何と、北大路魯山人の作だというのである。魯山人の器は料亭取材の時にさんざん見ており、今更感動もないものだが、自分の手に入るかも知れないと思えば、いささかの感慨がないわけではない。
入札して二三日経った頃、あなたが落札したと知らせが入った。払えるほどの金額だったから手に入れた。箱書きやどっかに、魯山人の「ロ」の字があったからホンモノだろう。いや、偽物でもなんでも、刺身を飾ってテーブルにのせる器が増えたことが何よりの喜びであった。
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