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2022年12月 3日 (土)

劇評「八百屋のお告げ」(2006年11月)

Yaoya


「今夜十二時にお前は死ぬ」というのは何だか落語にあったような話で、それ自身に新味はない。そこから「る・ぱる」の芝居にふさわしいどたばたで、きてれつな展開に持っていくのが鈴木聡の力技である。

 


鈴木聡は「ハゲレット」を初めてみて、その創造力に感心した。博報堂のコピーライターだった頃見かけたような気がするが、現在のコピーライターの状況を考えれば、芝居の世界に飛び込んだのは大正解だったと僕は思う。
前回見た永井愛の「片づけたい女たち」(2004年1月)は、出演者がグループの三人だけだったが、この芝居では他に三人の男が加わった。女三人のだけで人生半ばの悲哀、もう一花咲かせたいという願望を語るというのもそれなりにあっさりとして結構味わいがあった。この芝居も話の骨格は同じだが、そこへ男が加わると急に生々しく濃厚になるのは当然で、それがいいかどうかは趣味の問題だと思う。

 


「エロスとタナトスなお話をばかばかしいほど軽やかに」と演出の鈴木裕美はいっているが、それを中高年の応援歌といってにたにた笑っていられるならそれもよし。仙人のように隠棲していたい僕としては、エロスとタナトスもリビドーも勘弁してもらいたいと思っているので、この芝居はどうも脂っこくてあまり口に合わなかった。
とはいえ、話の作り方はさすがに上手で最後まで厭きさせないはらはらドキドキの立派な喜劇に仕立て上がっていた。

 


水野多佳子(松金よね子)は、子供を育て上げたあと熟年離婚した。その一人暮らしの家へ学生時代の親友本田真知子(田岡美也子)が、結婚式に行く途中だといって訪ねてくる。浮かない顔をしている多佳子に、何かあったのかと問うと、実は駅前の八百屋に、あんたは今夜の十二時に死ぬと言われたのであった。この八百屋は以前から占いをやっていて、よく当たるという評判だったので、心配になっていたのだ。一人暮らしで誰にも相談できず身辺整理など考えても、なにも手が付かなかった。真知子は杞憂だというが、多佳子の表情に次第に巻き込まれていく。

 


こういう無責任なことを言うのはけしからんと八百屋に文句を言おうと真知子は息巻くが、あいにく八百屋は休みで旅行にでていた。やむなく、至急連絡するようにと八百屋のシャッターに住所と電話番号をかいた紙を押し込んでおいた。
そこへもう一人の親友小西邦江(岡本麗)がなきながらやってくる。長年愛人関係にあった相手が突然亡くなって今日が通夜なのだという。しかも妻子のいる家へ押しかける覚悟で喪服に身を包んでいた。

 


方や結婚式、方や葬式、自分はもうすぐ死ぬという三つどもえの状況に驚いているうち、玄関先に若いセールスマンが現れる。「羽毛、羊毛、ポリ真綿、逆止弁が特許の布団圧縮袋」訪問実演販売の坂手川正信(加納幸和)である。三人は面白がって家に上げると早速実演が始まり、見事な口上と掃除機を使った魔法のような手さばきに誘われてつい購入してしまう。ついでに八百屋のお告げのことも告白すると、セールスマンは買ってもらった手前もあり、何か手伝うことがあったらと留まっている。
三人は学生時代の思い出話をして言ううちに憧れの君だった芹沢のことを思いだし、今夜死ぬならかつて恋人(らしきもの)だった男と一緒に迎えるのもいいではないかと30年ぶりに電話をする。かくて芹沢は在宅していて、鍋を囲んで思い出話という申し出を快諾する。
玄関のチャイムが鳴るので、さては芹沢かと出てみると見知らぬ男松原光夫(井之上隆志)である。八百屋にやはり、今夜死ぬと言われて文句を言いに行ったら、休みでシャッターがしまっている。ひょいと見ると何か紙が挟んであるので読んでみると、同じような人がいたので訪ねてみたというのである。これも何かの縁だからと一緒に鍋を囲むことになる。

 


さて、次にやってきたのは芹沢、いや芹沢の息子、保(佐藤二朗)であった。馬鹿でかい声にごつい体つきで、憧れの君、芹沢とは似ても似つかない息子の姿にあきれて驚くが、若いほうが、元気のいいほうがいいということもある。話によると芹沢自身は一年半前にすでに亡くなっていた。

 


さて、鍋も終わりいよいよ夜中の12時が近づいてくる。緊張のあまり、奇妙な行動に出る多佳子。
とうとう死に神を追いやったと確認して一同一安心。しかし、こうして無事にやり過ごせたのも一人じゃなかったことが幸いした、人間一人では生きられないとあらためて感じたと多佳子がいう。そばにいた松原と抱きあって互いの無事を確かめているうち、突然松原が何か叫んで飛ぶように多佳子から離れる。下半身の変化を多佳子も気付いたようだ。
笑いの中で閉幕。

 


刻一刻12時が近づいてくると、多佳子が弱気になってどうせ死ぬならいま死んだほうが・・・と自殺を考え始める。この異様な態度に気付いた訪問販売の坂手川が突然深刻な顔をして腕をまくって見せる。そこには無残なリストカットの痕。リストラされて食うに困り、何度も死ぬことを考えたと告白を始めるという場面がある。最後に富士の青木ケ原の樹海に入ったが、思いとどまって生還したのだという。ここは後半のちょっとした見せ場であった。ただし、手首を切ったまでは好かったが、青木ケ原まで行ってしまうと、やはり唐突で、急速にリアリティが失われてやや興ざめのところであった。こういうのは書き過ぎである。

 


それにしてもいい役者がいたものである。加納幸和は初めてみたが適度に軽くてお人よし、喜劇をやれる雰囲気が十分にあって、嫌みのないのがいい。劇団花組芝居を創った張本人なのだとは調べるまで分からなかった。お天気キャスターの木原実、バイセクシャルの感じが独特の篠井英介ら日芸(日大芸術学部)出身の役者でつくったこの劇団は歌舞伎の演目を分かりやすく上演して海外でも評判を呼んでいるそうだ。

 


井之上隆志もテレビや映画で目にする役者だが、達者である。今回は、やや立場が曖昧な役まわりで、損をしたかもしれない。
佐藤二朗もその独特の容貌はどこかで見たような気がした。あの図々しさは天性のものなのか、いづれにしても存在感のある役者である。
この公演は「グループる・ぱる」の二十周年記念と銘打っているが、ぼくがみたのは2001年10月の「昨日今日明日~ああ結婚~」からである。毎日日替わりで登場するという男優(この日は小宮孝泰)をまじえてのどたばた劇をシアタートップスの桟敷で観た記憶がある。結婚するとかしないとか、彼女らの身近な関心に添った話題で、その本音が炸裂する舞台が長く持った秘訣なのだろう。
ともかく、このおばさんたちの勢いに気圧されて、批判がましいことは一つも頭に浮かばなかった。またやるといったら、ついふらふらと出かけてしまいそうな不思議な魅力ある舞台である。

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