« 広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」2 | トップページ | 広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」4 »

2021年7月20日 (火)

広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」3歌舞伎町 球寿司

東京 歌舞伎町 球寿司
2_20210720113201

歌舞伎町の良心

新宿大木戸の外、南豊島郡角筈村の一角が、盛り場になったのは、大正の震災後のことである。いったんは昭和二十年四月の空襲で灰燼に帰したにもめげず、地元民が復興協会を組織、歌舞伎劇場菊座を建設してそれを中心に町おこしを図ったのが町名の由来である。結局歌舞伎はやってこなかったが、街は見事に甦った。その見果てぬ夢を追い求めるように、人の世の現身も幻も飲み込む狂おしいばかりの活力がこの町には存在する。お店は新宿コマの一ブロック隣、歌舞伎町の心棒と言うべき中心にあった。文字通り野球のボールを意識した屋号である。ご主人の北田親さんは戦中の早稲田の応援団にいた縁で、「昭和三十三年の開業の時に仲間がみんなでつけてくれた」ものという。予科練から海軍へ、そして復員して十年ほど修行ののち、現在の地で独立したのだから、この盛り場ですでに三十五年を過ごしてきた。いまでは、ご自身は毎朝の仕入れを担当し、板場はふたりのご子息にまかせている。野球の関係者もよく見えるようで、壁には大きなプロ野球のスコアボードが掛かっている。
秋はからすみの季節という。薄く切って少しあぶったのを肴に飲むのがいい。出始めの新鮮な秋刀魚は刺身でも握りでも旨い。「寿司は庶民の食べ物、季節の素材を成るべき安く」というのがモットーで「自宅で、しかも身内でやってるから出来ることかも」と言うが、この町でこんなに家族的で安心できるお店に出会えたのは望外の幸せである。

 

 

取材から数日後、ご主人が亡くなったと聞いて驚いた。元応援団らしく体育会系そのものといった元気のいいひとだったが、卒中だったと聞いた。

 

| |

« 広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」2 | トップページ | 広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」4 »

広告コピーシリーズ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」2 | トップページ | 広告コピーシリーズ「寿司店めぐり」4 »