映画「天才作家の妻-40年目の真実-」を見た。
ノーベル文学賞授賞の知らせを受けた米国の作家ジョセフ(ジョナサン・プライス)が妻のジョーン(グレン・クローズ)を伴って、ストックホルムへ出かける話。コンコルドが飛んでいる時期だから少なくとも今から二十年ほど前の設定なのだろう。
実は、ジョセフの作品は妻との共作、というよりもそのほとんどを妻のジョーンが書いていた。ジョーンとしてはかなり複雑な気持ちである。ジョセフの度重なる浮気のストレスをぶつけてできた作品群がノーベル賞をとったのだ。もちろん今更本当のことを言うわけにいかない。
で、授賞式のスピーチでジョセフが「私の作品は妻なしには出来なかった。妻に感謝している。妻は私のミューズだ。」などと持ち上げたものだからジョーンは切れてしまって、晩餐会の席を蹴ってホテルに帰ってしまう。ジョセフは妻が何に怒っているのか見当もつかずおろおろしているうちに心臓発作であっさり逝ってしまう。
つまり、ざっと、こんな話である。
ノーベル賞授賞式前後の様子が事細かく描かれていて、「へえ、こんな風にスエーデンは受賞者をもてなすのか」と感心する場面もある。
ところで、伝記作家らしいナサニエル・ボーン(クリスチャン・スレーター)という男が付き纏い、事実を知っているというそぶりを示すのだが、ジョーンは取り合わない。そんなことを書いたら訴えることになると毅然として否定する。
まあ、それをバラしたところで誰も得しないのだからジョーンも賢明である。
と、ここまで書いて、この映画を見たノーベル文学賞の選考委員たちはどう思うだろうか、ということが気になり出した。
自分たちが選んだ作家の作品は、本人が書いていたわけではなかった。伝記作家が怪しいと追っかけていたにもかかわらず、それに気がついていない選考委員たちは完全にコケにされているわけだ。
この程度のおつむと調査能力の選考委員なら、村上春樹受賞を待望する皆さんも期待していいかもしれない。
スエーデン政府が製作にどこまで関与しているか分からないが、こんな話はありえないと抗議しなかったのだろうか。
まったく、これでアカデミー賞候補だって。米国人の頭って、実に単純にできているものだなあ。
ジョセフ夫妻の息子も作家の卵だが、父親が自分を評価していないことに不満で、ひねくれた態度というのも、この手の映画の設定によくある話で面白くもないし、要らぬエピソードだ。孫が生まれる話の方が微笑ましくて自然であった。
大体、米国人は偽作家という話がお好きなようで結構作られている。だが、話に無理がある場合が多く、これもその一つだった。
妻役のグレン・クローズがかなり評価されていたようだが、元来、僕はこの女優を嫌いだからということもあって、それほど感心しなかった。小説を書くような繊細な気質を感じないからだ。若い頃のジョーンをやった女優の面差しがなんとなくグレン・クローズに似てると思ったら、実の娘だった。アメリカ映画には時々こういうことがあるので楽しい。
伝記作家が、ジョセフの浮気をよく知っていて、「男性作家はリビドーが強いものだ」とジョーンに言うところがある。
この間書いた劇評「私たちは何も知らない」で岩野泡鳴の妻について言及したが、たしか大江健三郎が「蛮勇」と評した岩野泡鳴を見ればそれはうなづける。岩野はリビドーで、がむしゃらに女を求め、そして書いたが、ジョセフは妻が書いている間に他所でリビドーを発揮していたことになる。
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