« 再掲・劇評「夢・桃中軒牛衛門の」 | トップページ | 劇評「桜の園」 新国立劇場・鵜山仁演出 (チェーホフ小論) »

2015年12月 1日 (火)

「反・知性主義(に陥らないための70冊)」が流行なの?

 渟風 中村隆一郎
                               Weblog :私の演劇時評

  Essay

  2015年12月1日

「反・知性主義(に陥らないための70冊)」が流行なの?

このところ「反・知性主義」という言葉をよく目にするようになった。

昔、知性の代表である大学教授や大学そのものの権威が現実と著しく乖離しているといって、全共闘は「大学解体」を叫んだ。

解体されなかったが、まもなく、不思議なことに大学はごく一部の「高学歴」大学とそうでないものに分類され、おおかたは権威どころか遊園地になり卒業証書発行所になった。全共闘のおかげではない。ただ単に、時代が変わったからだ。

しかし、今頃になってまたぞろ、あのシュプレヒコールが復活しつつあるのかと思って目にとまったのである。

 

Photo



ところが、今度の「反知性主義」は主としてインターネットの中の話らしい。Web上で行われる様々な議論や言説の中に「反知性主義」がはびこっているのが嘆かわしいということなのだ。

特に、この「匿名―無責任」という特殊な空間にできあがる「空気」に反対する意見は「インテリぶってやがる=知性主義」の烙印を押されて攻撃を受け排斥される傾向にあるという。

つまり、話題の「反知性主義」とは、知性の抜け殻となった似非権威はいらないとした全共闘とは逆に、「知性=インテリジェンス」そのものを否定しているのであり、知性など持ってはいけないと主張する立場のことになる。「知性」とは何か?という大問題はさておいて、我々は「知性の反対、バカでいいのだ」とするのだから、反知性主義とは、結局バカ肯定論ということにならないかね?と老人は思うのである。

きっと、そうなのだろう。

感情的で短絡的な意見、単なる受け売り、過激思想、差別や偏見などなどよく吟味し考えれば生産的な議論かどうか見分けがつくはずなのに、なにしろバカ肯定論は楽で安直、あまり頭を使わないから表層をなでてるだけのことに気づかずに事は済んだと思い込むのである。結果として、これが知性はいらないとする反知性主義だ、とまあ、世間ではそう結論づけたと推測できるのである。

Web上のいわばバーチャルな世界の議論が、こうして実社会(紙媒体)の中にはみ出てきて問題にされるのは、その言説が社会全体にそれなりの影響力を持つようになったからだろう。確かに、Web上の呼び掛けでデモや集会が行われるようになったのは周知のことである。「アラブの春」にしてもインターネットが政治の民主化をもたらすという楽観を世界に振りまいた。

ところがご承知の通り、現実世界では、そう易々と事は運ばなかった。もともと言説の根っこに匿名で無責任という構造がある以上、権力と対峙しても底が抜けている分そんなに出力=パワーは出ないものだ。それに最も大きな問題は、中国のような情報ネットの元を権力者に握られている国では大衆の鬱憤晴らしにはなるが何も起きないことになる。つまりガス抜き。過度な期待は禁物である。

それに、僕は仕事上昔からパソコンを使っていても、スマートフォンを持ったことがない。その上、携帯電話も通話とCメール以外の機能は必要ないと確信している。ということで、僕にとってWebでの言論は必ずしも身近なものではない。したがって、Web上に「反知性主義」がはびこって害をなすといわれても、それは何を大仰な、「バカ!」と一言で済ませられる類のことではないのかという気になってしまうのだ。

どうもこれは出版業界が仕掛けたな!という匂いがぷんぷんである。

こんなことを考えたのは、この間百貨店をぶらぶらしているとき「反知性主義に陥らないための70冊」という本が目に入ったからだ。近頃知性のかけらも感じられない本屋が多いのに知性肯定論が堂々と並べてある。さすが、「丸善」の特設コーナーであった。

ぺらぺらめくっていたとき、約束の時間だとメールが来たので慌てて出てきた。

この手の読書案内は「必読書150」の例に違わず、選び方が安直で紋切り型、紹介文も短い上に全体としてひどくつまらないものが多い。この本もまったく期待していなかったが、目次をザッと見たところ何人か興味がそそられる書き手が記憶に残った。

一人一冊を推薦し、2頁程度のコメントが付けられていて、ジャンルは様々だ。

呉智英さんの名前が見えたので、それが気になって、図書館で探してみた。しかし、新刊本だったらしく何処も未だ入れていない。仕方がないからばかばかしいとは思いつつも、Amazonで手に入れた。

以下は、そのとりとめもない感想である。

呉智英さんが取り上げているのは、ロゲルギストの科学エッセイ集「物理の散歩道」全五集。日常的な物理現象を選んで、その科学的意味や背景を誰にも分かるように平易な言葉で教えてくれる随筆風小篇を集めたものである。

ロゲルギストとはロゴス(知性・言葉)とエルゴン(仕事)を組み合わせた集団ペンネームで、メンバーは木下是雄(中公新書「理系の作文技術」)他計七人。曰く『いずれも錚々たる科学者であり教養人である。』

この第一集は一九六三年に出ている。彼らは、月に一度さまざまな物理現象について歓談する集まりを持っていて、つまり、古き良き時代の科学者サロンという趣の集まりだが、そこで話されたことを持ち回りでエッセイにまとめ、雑誌「自然」(中央公論社)に発表していた。それに目を止めた岩波が、いくつか選んで一冊にし、続編五集までを次々に出版したのであった。以来版を重ね、2008年には「新装版」としてソフトカバーに一新、2009年にはちくま学芸文庫に入るなど、書き手はすでに物故者が多いにもかかわらず半世紀の長きにわたり売れ続けている隠れたロングセラーである。

呉智英さんは、何故これを推奨したか?

書き出しはこうである。

「森本あんり『反知性主義』は、アメリカの反知性主義の土壌に、旧来の知の権威への反発と平等の理念があると指摘していて非常に興味深い。日本の反知性主義にもほぼ類似の現象が観察できるからだ。」

(森本あんり『反知性主義』については、社会学者、橋爪大三郎が推薦していて、やや詳しい解説があるので、後に紹介する。)

その「日本の反知性主義」とはどんなものか?

呉智英さんは「知的権威への反発と平等の理念が高揚した時代」つまり僕がはじめにいった『全共闘』時代のことだが、「反知性主義の深淵は、どうやらこの時代に求められるようだ。」といっている。アメリカのは知らないが、全共闘時代のことなら体験済みだ。

あまり詳しくいう気はないが、知性の代表者たる当時の大学も大学教授も権威にあぐらをかいているだけで、価値観が変容していく社会に対し現実対応能力もなければ新しいことを提案する意欲も実行力もないと見なされた。代表的なものに東大医学部医局問題などがある。

医学部の話になったついでに。直接関係ない話だが、昭和五十年代あたりまでも、むずかしい手術や治療などには教授から助教授、講師、助手に至るまでなにがしかの謝礼を治療費とは別に包んだ。医学部の権威とは絶大なもので、数十万円かかるのは常識であった。「白い巨塔」の化けがはがれたいまでは差し出しても受け取らない、だろう?)

ここで、思い出すことがある。学生の頃、もう五十年近く前のことだから本名を出しても怒られはしないと思ってのことだが・・・・・・。安彦良和のことだ。歳は同じだが僕の方が学年は一年下。当時彼はガリ版刷りの個人新聞を発行する志も意識も高い学生の一人であった。特に親しい間柄というわけでもなかったが、僕はその新聞に二回ほど寄稿している。何しろ五学部合わせても一学年700人前後だから学部を超えた交流があり新聞は賑やかだったと思う。当時としてはめずらしくセクトのような檄文などはなく政治一辺倒でもなかった。

この学校では、旧制高等学校の大正時代に建てられた木造校舎が残っていて、教授の居室が割り当てられている。ある日、戸口の前の廊下で部屋の主が大勢の学生に囲まれているのを目にした。見ていると、輪の中心にいた安彦が激高していきなり教授の襟首をつかんで怒鳴った。両手で持ち上げるようにして身体を揺すったのだ。普段は、物静かで老成した雰囲気の彼が豹変している。「権威(これが陰湿な嫌がらせをよくやった)」に理不尽な何かをされたのだろう。理由は何だったか記憶からすっかり抜け落ちているが、(同じ光景を目にした中澤君も何故だったのか記憶にないといっている。)その戸口の上の柱から黒地に白文字で「文部教官」と書かれた表札が突き出ているのを見ながら、その時僕は時代が変わるという実感を得たのであった。いま思えば、あれが僕らの「反知性主義」だった。

安彦さんはまもなく大学を去った、らしい。(その後虫プロをへて機動戦士ガンダムのキャラクターデザイン、漫画家となったことは知っている方も多いと思う。)

呉智英さんは、しかし、妙なものを事例として取りだしている。

「・・・一九七二年の連合赤軍事件は、こうした時代を背景に出現したが、・・・その指導者永田洋子の手記『十六の墓標』に、彼女が下級”兵士”に言ったこんな言葉が記されている。『わたしたちみたいに単純バカになって早く過去を総括しちゃってよ』。また、一九七一年に出た永山則夫『無知の涙』は、まさしく無知の涙であるにもかかわらず、知的権威への反発と平等の理念を奉ずる人たちに、かえって無知の涙であるがゆえに強く支持された。」

これをもって「日本の反知性主義」というのでは、「旧来の知の権威への反発と平等の理念」とは単純バカと、無知のススメ、になってしまう。

「・・・・・・とはいうものの私はこの二著を推薦したいわけではない。ここには索漠たる空虚感があるだけだからである。」

反知性主義のポーズはいいが、その先で「知性」そのものが雨散霧消、溶解しているというのが、索漠たる空虚感なのだろう。

そこで、「いまは忘れられつつあるかつての知性がどんなものであったかを紹介したい。」となって「物理の散歩道」につながるのであった。反知性主義に陥らないためには知性そのものに回帰しようというための少しややこしい論理の散歩道ならぬ筋道だったのだ。

それより、ここで、僕の心にとまったのは、永田洋子の「十六の墓標」である。「単純バカになって早く過去を総括」、そんなことが書いてあったのか。連合赤軍の関連図書はほぼ一つも読んでいない。表紙を見ても生理的に受け付けない。いまだに吐き気すら覚える。だから「十六・・・・・・」もタイトルは知っているが読む気がしなかった。

「単純バカになって早く過去を総括」することが真の革命戦士になることだと永田は本気で考えていたのだろう。(呉智英はご丁寧に彼女が薬大を出ていること「=薬大でても単純バカか!」を注として指摘している。)

マルクス主義者に共通して言えることだが、「自分の考えは資本主義社会の堕落した価値観に汚されている」という強迫観念がその意識の中に潜在している。日本人だけでなくフランス人でもイタリア人でもコミュニストに特有の感覚だと、近頃では確信している。

自分が真であると思っても、それは資本主義社会の中にある存在が真であるといっているだけで、我々の側における真ではない、となる。では真とはどこにあるのか?

自分を成立させているのは紛れもなく社会である。私と社会は図と地の関係にある。それは別のものでありながら同時に切り離すことが出来ない。互いが別であると同時に同じなのだ。

そのようにして別々には出来ない、解決不能の問題にかかわらず、共産社会という彼岸を設定したときからその矛盾は、コミュニストの意識にキリスト教の原罪のようにのしかかってくるのである。

この強迫観念を麻痺させる方法の一つは発狂することであり、もう一つが単純バカになることであった。つまり器械のように何も考えない兵士になることが永田洋子の理想だったのだろう。何か、もがいて闘っているうちに彼岸は向こうからやってくるという楽観主義に陥るというのも単純バカのなせる技であった。

彼らが非合法活動に入ったあたりの昭和44年の春先だったと思う。僕は駆け落ちまがいのことをしでかして、隠れて銀座の天一で皿洗いをしていた。そこへ休憩時間に電話がかかってきて「赤軍だけど、兵士として出頭しろ。」といわれる。その何日か前、世田谷の友人のアパートに転がり込んでいたところに青砥幹夫がやって来て「もぐる」と言うからバカなことやるなと必死で止めたが、バイトにいっている間に消えていた。その関係だろうと直感した。

「兵士としてならことわる。将軍ならいってもいいが・・・・・・」と応えたら「フン」といって電話は切れた。兵士なら上官がいるだろう。バカにこき使われるのはごめんだ、という感覚は後の反抗的会社員生活でも継続した。生来のものだから仕方がない。万に一つもないが、ふらふら行っていたら今頃生きてはいなかった。

話は脱線するが、この天一(銀座四季店)のバイトの時の店長が、いずれ店を持つという噂だったから、いつか訪ねてやろうと思っていた。かなり後になって、銀座天亭の越田さんだったことが分かって、それじゃあ、「ちわーすっ!」などと気軽に行ける店じゃないなあと思った。当時は、いつもにこにこしていて優しい人だった。僕が今日でおしまいという日に、「それじゃ、俺がひとつ、特製かき揚げ丼を作ってやろう」となって、贅沢なまかない飯にあずかったのが、あの頃の思い出のひとつである。

ついでだからもう一つ思い出話をしておこう。連合赤軍事件が生理的にダメな最も大きな理由は「十六の・・・」に金子みちよの墓標が含まれていることがある。

天一のバイトの数ヶ月前に、横浜国大の友人宅に寄宿して、一夏土方のバイトをしたことがあった。ある夜、南太田のアパートで友人とくつろいでいたときのことだ。もう十一時をまわった頃、外から「越後君いる?」というくぐもった女の声が聞こえた。と思った次の瞬間、勢いよく板の引き戸が走った。そこには、小柄でどちらかといえばかわいらしい顔だちの、しかし、僕のそれまでの人生の中で初めて出会ったとびきりの美少女が廊下の暗がりを背景に漱石風にいえば「すっくり」と浮かび上がっていた。さすが横浜、大都会は違うなあ、それにしてもこんな夜中に・・・と、田舎者はあっけにとられていた。それが金子みちよであった。

やや興奮気味の様子で「吉野君は何処?」と誰かを探している様子。越後君はもう亡くなった僕の友人だが、その頃吉野君の家庭教師のアルバイトを彼が地下に潜るというので、引き継いでいたのだ。「知らない。」と応えると、その気の強そうな顔を少し曇らせてすぐに引き返していった。いうまでもなく吉野君とは浅間山荘で捕まったあの男である。

薄暗い裸電球の明かりに照らしだされたあの記憶の中の姿は、僕の飾りすぎた幻想に過ぎないかも知れないが、いずれにせよ、たった一度の一瞬だっただけに強く印象に残ったのであった。

それが、数年後のある朝、僕はまだ学生だったが、朝刊にでかでかと殺されていたことが報じられていたのである。なぶり殺しであった。しかも彼女は身ごもっていたらしい。僕は、朝食の最中だったが、あまりの衝撃に思わず吐きそうになった。連合赤軍の文字に吐き気を覚えるようになったのはその時のトラウマかも知れない。

話を元に戻そう。

「・・・・・・それよりも、いまは忘れられつつあるかつての知性がどんなものであったかを紹介したい。」

反知性主義に陥らないために「知性とはこういうもの」という認識が大事なことは言うまでもない。

その事例が「物理の散歩道」だというのだが、そこにどんなことが書かれているか残念ながら極く一端が紹介されているだけで内容はよく分からない。

「電子機器には増幅装置が組み込まれている。増幅装置の最も原始的な形は、水道の蛇口からしたたり落ちる水である。」

と紹介されているが、これで僕が想像したのは、「蛇口から落ちる水の雫が、(スローモーションで見たとき)下の水たまりに落ちてくぼみができ、そのカーブに水玉が砕け散る音が反響して次々に空間に広がっていく」イメージだった。だから夜中の学校の洗面所にこだまするあの怖いポトーンポトーンという音のことかと思ったのである。

ところが、「物理の散歩道」を読んでみるとおよそそんなこととはまったく関係のない話であった。

増幅されるものは「音」に限らない。例えば、人の感覚では感じない小さい変化を大きくして伝えるセンサーのようなものだって増幅装置と言えるのである。

「蛇口からしたたり落ちる水」、これがどういう状態の水なのかといえば、実はこうである。

まず、蛇口をひねって勢いよく水を出す。それから徐々に蛇口を閉じていくと、蛇口と流し台の間に出来る水の柱は次第に細くなり、やがて落ちてくる水の勢いが弱まると水の柱は中間から見え方が銀色に変わり、だんだんに下の方から切れて水玉(水の表面張力が勝ると)になりはじめ、ポトポトしたたり落ちた末に蛇口を閉め切ると水は止まる。それでもパッキンがいかれていたりすると水は蛇口から少しずつにじんで、それが表面張力でいったんは貯まって丸くなろうとするが自重に絶えきれず落ちて規則的な音を響かせる。

「増幅装置の最も原始的な形」といっているのは、この一連の動作の中の極めて微妙な一瞬、つまり「蛇口を閉めていって、流し台との間に出来た水柱の下の部分に水玉が出来るか出来ないかという微妙なシタタリオチル(=とは表現しないはずだが)状態」の水柱が増幅装置になるという実験の話なのだ。

この状態の水柱は、外からの音や振動によって見かけの状態が微妙に変化する。一方、電子機器の増幅装置は、弱い電気を強い電気に変えるとか、電子の流れを切ったりつないだり、あるいは電波を強めたり変化させたりしている。このモデルと水の柱のふるまいを近似していると見て、それを検証するプロセスが書かれている、というのが大まかにいえば、その内容であった。

ただし、コヒーラーとかカーボンマイクロフォンとかの構造と機能、真空管やトランジスタ(半導体は未だ話題になっていない)の機能についての説明は、やや専門的で分かりやすいとは言いがたい。電気や電子、増幅器の基本的な知識が乏しい文系頭には、正直なところ、さほど感動的ということはなかった。

紹介するなら「線香花火」のほうがよかった。ぱちぱちはじける火花の中で何が起きているか、関心があるのは僕だけじゃないような気がする。こよりの先に火をつけてからあたりに彼岸花の咲いたような最高潮、次第に弱くなってぱやぱやと消えていく一連の流れ。最後に火の玉だけになっても容易に落ちないのは何故なのか?化学式を使って、解説する技にはさすがと思わせるものがある。

欲を言うと、そもそも較べるのはナンセンスかも知れないが、寺田寅彦の随筆は、ずぶの素人にも分かりやすいし、文章に味わいがあってこっちも同時に読むのを僕なら薦める。

別に難癖を付けているわけではない。「かつての知性」だから説明がややぞんざいになっても仕方あるまい。(呉智英さんに許された紙数が少なすぎた。)

それよりも、この本を推薦した最も大きな理由は、ここに宿っている精神が「反知性主義」の「旧来の知の権威への反発と平等の理念」とはいささか異なったものにならざるを得ないという皮肉に気づいて欲しいというものであった。

「私はこの種の科学エッセイが好きであった。『分かること』が好きだったからである。これは『分からせる』ことと対になっている。つまり啓蒙主義である。もちろん、啓蒙は一億万民に対して可能なのではない。啓蒙は啓蒙可能な人に対してのみ可能であるその意味で、実は閉鎖主義でありエリート主義である。」

背後に知性が感じられない「反知性主義」などというものが何ほどのものか、と言っているのである。もっともな話である。

それなら、反知性主義といわず、実質をともなわない知識偏重である知識主義に対して反知識主義とでもいいかえたらよろしかろうと思うのだが、「反知識主義に陥らないための」となったら今度は知識主義がイイとなって何処までも矛盾するのである。

元々の英語、Anti-intellectualismを反知性主義と翻訳したときからの混乱ではないかと思うのだが、その本家本元、米国におけるAnti-intellectualismが何か、確かめておこう。

橋爪大三郎さんがこの「・・・・・・必読書70冊」で推奨していているのが森本あんりの『反知性主義』である。

この本によると、反知性主義には米国移民がはじまった頃の宗教事情に背景があるといっている。

どういうことか?

「カルヴァン派の敬虔な人々が上陸したニューイングランドで、信仰をともにする人々が、視える聖徒(ビジブル・セイント)の社会を構成した。信仰が視える(観察可能)とは、とても大胆な仮定である。信仰は、神の恩恵なので、自分の努力で手に入れることが出来ない。信仰は神からやってくる。その「回心」体験が得られない人々は、半途契約(ハーフウエイ・コブナント)を結び半人前の扱いに甘んじた。

教会の牧師の説教は、人々を信仰に導くか?

大学でヘブライ語やギリシャ語を学び、聖書学や神学に詳しいインテリの牧師は、理屈っぽくて、説教がつまらない。一方、学歴もなく経歴も怪しげな巡回説教師、話術が巧みで、聴衆は涙を流し感動に打ち震えるようやく回心を経験する人々も続出する。

これこそイエスの望んだ福音宣教ではないのか。信仰に役立たない、知性主義の牧師はダメ。教養や専門知識ではなく、普通の人々の常識が、この社会をつくり、この国を支える。アメリカ建国の理念、自由と民主主義の土となるのが、もともとの反知性主義なのである。」

これに対して、フランスは革命によって信仰ではなく哲学と理性が善いものになった。だからアメリカのような反知性主義のための場所がない。教養や専門知識を欠いた一般大衆は、発言権がない。日本も同じ、理性主義だ。マルクス主義=共産党にも反知性主義の場所はない。すると、硬直した官僚支配にならざるを得なくなる。

橋爪先生は、それに対応するには、一般社会の常識にのっとって物事を進めていますか?と素朴に問いを投げかけることではないか。反知性主義は、知性に対する感情的な反発、のことではない。知性と反知性主義のベストミックスを、生み出す知恵を望みたい、と実にもっともなことを言っている。

ここでも、我が国における反知性主義の騒ぎは一体何なのだ、という疑問が提出されている。

どうやら結論が出たと思うのでここらで止めようと思ったが、最後にこの米国建国の頃の牧師の話を思い出したので書いておかう。

以前書いた劇評「るつぼ」のことである。

アーサーミラーの代表作で、メイフラワーから少したった十七世紀の終わりごろにマサチューセッツ州セイラムで起きた魔女狩りが題材になっている。

物語の発端を僕は劇評の中でこう説明した。

「劇の中で明らかになっていったことを縫い合わせると、 事の発端は、村の少女たちが夜中密かに森の中に集まって、降霊会に似た遊びをしているところを一人の大人に見とがめられたことであった。

娘たちと同齢の男の噂話に熱中しているうちに興奮して裸になるものや中にいた黒人奴隷が見知っていたブードゥー教の儀式のまねごとに興じるなど、少女たちは背徳的な行為と知りながらピューリタン的禁欲の抑圧的な日常から解放される快感に酔い、騒いでいた。リーダーはアビゲイルという頭の切れる美しい17才の少女である。

それを村の教会のパリス牧師(檀臣幸)に見つかってしまったのだ。

少女たちは散り散りにその場から去った。

気を失った十歳になるパリス牧師の娘ベティ(奥泉まきは)が、取り残されていた。」

このハリス牧師が、魔女など何処にも存在せず、少女たちのバカ騒ぎにすぎないことを百も承知しながら、村人の実力者のいいなりなってしまったわけがあった。

「・・・・・・ともかく年端のゆかない二人の少女が一種のショック状態なのだと分かっているパリス牧師が、躍起になって火消しを図ろうとする。最初は、悪魔などいないという冷静な態度であった。

ただし、森の中で見た事実を言うわけにはいかない。自分の身内がかかわっているからだ。それに、パリス牧師はセイラムで問題を抱えていた。この商人あがりの牧師は、 ハーヴァード出のインテリなのによそ者だからといって尊敬されていなかった。

さらに、村の実力者パットナムが、以前身内をこの教会の牧師にしようとして失敗したことから、パリス牧師を快く思っていないことを知っている。

かねてより村との約束と食い違う、牧師としての待遇に自分が不満を持っていることは村人も周知であったから、口実さえあればいつでも教会を追われる危険があった。」

米国社会で、いまでもハーヴァード出の牧師がそういう扱いをされるのかどうかは知らない。

しかし、当時は明らかな「高学歴」でも一目置かれる、なんてことがなかったのがこれで見て取れる。

僕は、パリス牧師が何故これほど説得力がないのか実は不思議に思っていたが、米国における「反知性主義」が隠れていたとは知らなかった。

いずれにしても、我が国のWeb上の言論が反知性主義であるとしても、攻撃されている知性主義のほうがサッパリみえてこないのは、橋爪先生が言うとおり、「反知性主義は、知性に対する感情的な反発」に過ぎないのではないかという気がする。感情的な反発には適当な対応方法があるだろう。

それを大まじめに扱っているふりをする我が国の出版界は、たいした詐欺師である。

(Webの匿名性=無責任を指摘した手前、本名を出さざるを得なくなった。迷惑をかけたとしたらここで誤っておかないと。ごめんな。中澤君。)

 

| |

« 再掲・劇評「夢・桃中軒牛衛門の」 | トップページ | 劇評「桜の園」 新国立劇場・鵜山仁演出 (チェーホフ小論) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 再掲・劇評「夢・桃中軒牛衛門の」 | トップページ | 劇評「桜の園」 新国立劇場・鵜山仁演出 (チェーホフ小論) »