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2015年3月 7日 (土)

劇評「ブレス オブ ライフ〜女の肖像」

112014breathchirashi 観た翌日ツイッターにいくつか印象を吐き出した。

妻と愛人が別れた男の思い出に拘泥する話など、女といういきものに蒙昧な男の思い込みでしかない。別れたとたん女は男の記憶を抹殺する。稀に何かの拍子に思い出すとしても、「チェ、あのバカ!」と、再び吐いて捨てる。この芝居は大嘘である、と言ったのである。

外国人だって、同じような感想を持つかも知れないと思って調べたら、「大嘘」はともかく好評、批判評ともに半々だった。(それにはあとで触れる。)

ついでに、この二人芝居の初演(2002年、ロンドン)が、ジュディ・デンチとマギー・スミスだったことを知って、こりゃぁもう、ひっくり返りそうになった。

僕の目で見た芝居はなんだったのか?

この二人なら、おそらくまったく違うものに見えたはずだと、かなりの程度で確信した。

そう考えて思い返すと、宮田慶子プロデューサーにも蓬莱竜太演出にも数々の疑問が湧いてきて、いったい元々の本はどうなっているのか調べずにはいられなくなった。

大体こんな「のんきな芝居」の劇評を書く気はなかったのだが、不幸なことにこれで火がついてしまったのである。

もちろん、著作権の関係で鴇沢麻由子翻訳の台本は公開されていない。仕方がないから英語版を購入して読んでみたが、文学としての戯曲(その価値として十分な出来ではある)の研究じゃないから日本語のせりふに直して検討してみないと劇評は書けない。以前「OPUS/作品」の翻訳をやっていたから、高をくくっていたら、これが英国人の性格の悪さが如実に出たおそろしい難物であった。もともと、一幕四場、九十分の芝居が、翻訳では百六十分もかかっているのだから、鴇沢麻由子の苦労が忍ばれるというものだ。

そもそも倍も時間をかけたのが大問題で、十ラウンドまでだらだら戦った超つまんないボクシングを見るみたいな欲求不満に陥ったのだ。意訳して九十分に収めたらもっと違った印象になったのは間違いない。

実は、僕としてはこれにこだわってしまったおかげで、他に本は読めない、何も書けない、パソコンと向き合って目がおかしくなる長い日々を過ごしてしまったのであった。

その結果、この芝居は「仏作って魂入れず」ではないかという疑いが濃厚になってきた。というのもこの戯曲は、英国文学の伝統を守って書かれていて、ト書きに動作と心理状態が説明されているから、その通りやっても一応それらしく見えることになっている。

長くなるといやがるムキもあるから、さっそくどんな話だったかはじめることにする。

The_breath_of_life1 舞台正面には天井まで開いた明るいガラス窓にレースのカーテン、その両側に重々しい装丁の本ばかりがつまった高い本棚がひとつづつある。上手手前にピンクの寝椅子が一つ、下手にはだだっ広い会議用机にノートパソコン。足下から乱雑に積み上げられた本が机の上にもひろがりそこかしこを占領している。

舞台上部に四角い枠を回し、中心にシャンデリアを通しただけで、英国ビクトリア調(戯曲の指定)の重厚な造りのインテリアを表現した伊藤雅子の装置は、ディテールに凝って豪奢ではあるが、焦点不在の劇を象徴するように、両サイドが広すぎて、どこか散漫な印象を受ける。

装置は劇場の都合もあるから広くていいが、照明も含めてふたりの登場人物の対立構造をもっと鋭く表現すべきであった。

 

ここは、ロンドンから南西へ120kmほど、英国南部ワイト島の海辺にあるマデリン・パルマ―(若村麻由美)の家。マデリンは六十才台、初老の女性と言うことになっている。

ワイト島は、グレートブリテンの南にへばりついている東西40km、南北23kmの大きさの島である。対岸の周囲には有名なところでポーツマスがある。ポーツマス条約のは米国東海岸だが、本家であるここは明治四年から東郷平八郎が留学した先で知られている。 

ワイト島が、この芝居にとって格別の意味があるとすれば、マデリン・パルマーが、もとミュージアムのアラビア美術専攻の責任ある学芸員の地位からリタイアした後、研究三昧の暮らしを継続する終の棲家を得たのが、人も羨む風光明媚なリゾートのこの島だったことである。

明かりが入ってまもなく、下手奥の出入り口になにやら人の気配がして、マデリン(若村麻由美)がドアの前に立つと、少しためらった後、思い切るようにノブをひく。相手はフランシス・ビール(久世星佳)と名乗るが、マデリンはすぐに家の中に招じ入れようとはしない。どうやらまったく知らない相手ではないが、何の用事で訪ねてきたか疑っている気配である。

電話したとか、しないとかぶつくさ言っていたがともかく中へと通り道をあけると、レインコートにスカーフ姿の女が入ってくる。

この招かれざる客が、長居するつもりはないらしいと分かって、マデリンは、ともかく椅子に案内する。しかし、客は立ったまま豪奢で知的な香りのする室内をながめている。

フランシス・ビールは、家庭の主婦から小説家に転身した女流作家で、その生き方はマスコミの話題となり、いまやTVにも登場する有名キャラクターになっていた。むろんマデリンはそれを知っている。

その作家が、何の目的で何をしにやってきたのか?

マデリンは、機先を制するように、「私は、自分がフィクションの材料になるのは、ごめんこうむりたい。したがって、あなたにお話しすることは何もない。」と腕を組み立ったままきっぱりとことわる。

フランシスが、次に書く小説の取材のためにやってきたのに違いないと思ったからだ。どういう取材か?また、どういう小説になるのか?マデリンにはおおよその想像がついていた。

その気持ちをはぐらかすように、きつく締めつけたレインコートのベルトも解かず、フランシスは、ワイト島の様子やマデリンの暮らしぶりに言及、なかなか用件に入らない。マデリンは、次第に苛立ち、観客は、ふたりの関係に友好的とはほど遠い、剣呑ななにかが横たわっていることを感じる。

電話をもらって会うことは承知した。だからあなたはここにいる。しかし、何の用かあなたは言わない、とマデリン。

すると、一瞬間があって、「マーティンのことよ!」とフランシスが声を荒げる。

フランシスは、ここワイト島へくるのに一年間も思い悩んだ。そして、決心し、とうとういま、マデリンのもとへ押しかけてきたのであった。それが、「ここへ来た理由?」だって・・・・・・。とぼけちゃいけないよ。マーティンのことでいろいろ質しに来たことは百も承知のくせに。」と内心毒づいていた・・・・・・と、僕はそうに違いないと思ったが、この場面を今思い返してみても、蓬莱竜太演出はじつにあっさりと「マーティンに間接的に関係することで」とやり過ごしていた。

ここに「怒気」が含まれていないので、フランシスがレインコートにスカーフという、何か身構えたようないで立ちでやって来た動機も、なによりもこの芝居が成立する理由がまったく理解出来ないことになってしまった。

マデリンは、「彼はどこにいるの?」とあくまでも冷静である。即座に「シアトル。」とフランシス。知らなかったの?あなた方は連絡を取り合っているものと思っていた、とはフランシスの皮肉である。

マーティンとは、フランシスの別れた亭主で、今はシアトルにいるというのだ。そのマーティンは、妻とふたりの子がありながらマデリンと長い間愛人関係にあった。要するに、マデリンは亭主の不倫相手だったのだ。

三人の関係は、劇の四つの「場」で語られる思い出話を通じて次第に明らかになっていくのだが、取りあえず三人の年齢は、関係を理解する上で重要だから順不同でそれを示しておこうと思う。作者は、自分が創造した人物たちのそれぞれの人生の詳細な記録をノートに記して創作に臨んだと言っているくらいに、そこはこだわったところらしい。

まず、マデリンとマーティンは、1962~3年ごろ公民権運動が激しかったアラバマで会っていた。マデリンは、当時アラバマでは唯一といっていい若い白人の男の子、しかも同郷のイギリス人と出会って親しくなった。それが少し年下だというマーティンだった。ということは、たぶんマデリンは1940年代初めごろの生まれということになる。マーティンの方は、マデリンよりも二三歳年下なのだろう。

二人は教会でキング牧師の演説を聴いたあと、マーティンのモーテルで寝ることになったが、マデリンは翌朝、彼が送るというのを振り切って一人で自分のアパートに戻った。「私は、男に送られなければ家に帰れないほど弱い女じゃない。」と強く言い張った。このとき、マデリンは何度もファックしたあとで「この若い年下の男は、私を愛していない。したがって関係を続けるわけに行かない。」と思ったと述懐している。マーティンは「愛?俺たちはたった今知り合ったばかりだぜ。」と戸惑っていたと言うが、マデリンは一人でその部屋を去った。マデリンが求めていたものは、なんとまあ「快楽」よりも「愛」だったとは・・・。これは僕には意外だったなあ。いや、それは余談で、重要な点は、マデリンが、英国からわざわざ外国に来て、程度はどうあれ公民権運動のような社会運動に参加していたことである。

この時期には、すでに「キンゼイ報告」が公開され、シモーヌ・ドゥ・ボーヴォワールの「第二の性」、ヴィルヘルム・ライヒの「性革命」などが若いインテリ女性の間で愛読されるなど女性解放、すなわちウーマンリブ運動もまた同時進行していた。

マデリンは、その後五年間をバークリーで学んだと言っているが、これもまたマデリンという女性の仕事と思想を決定づける契機になったことは確実である。

ヴェトナム戦争における北爆開始は1965年だが、このころから若者の反戦運動はじめ大学の改革運動や革命運動が世界中にひろがり、我が国にもその余波が及んだことは広く知られるところである。

一方、厭戦気分や体制批判から積極的に社会からドロップアウトしようという若者たちも世界中に現れ、彼らはフリーセックスやドラッグ文化など既成の価値観にとらわれない一般に「ヒッピー」と総称される生き方を選択した。ヒッピーは世界各地に小さなコミュニティを作って暮らしたが、中でも「フラワーチルドレン」(フォークソング "where have all the flowers gone" を思い出して欲しい。彼らは花で身を飾った)と言われる若者たちが集まったサンフランシスコは、彼らの情報を受発信する最も重要な聖地であった。マデリンが60年代後半を過ごしたのがカリフォルニア大学バークリー校であってみれば、彼女が当時の世界中でもっとも先鋭的な思想と反体制文化のただ中に放り込まれていたことになる。

マデリンは、そこでアラビア美術史を専攻し、その専門分野のある英国の博物館に職を得て帰国するのだが、なぜアラブ美術なのかは明かされていない。UCバークリーには確かに人文科学部(Arts & Humanities)はあるが、アラブ文化をテーマにした説明がないところを見ると、作者デヴィット・ヘアが「現在」を意識した意図的な設定なのだろう。

一方、マーティンはアラバマから英国に戻り、法学部を出て弁護士資格を獲得、職に就いた。

フランシスは、マーティンとの出会いを、あるパーティーで、彼が満面に笑みを浮かべ、すでに君を知っていたという態度で迫ってきたと回想している。彼女が17歳の時だった。それからまもなく結婚したとすれば、それは70年代の初め頃だったのではないかと思われる。するとフランシスは、50年代半ばの生まれ、マデリンとの年齢差は十二三歳から十五歳と言うことになる。

芝居の設定では、マデリンが六十才台ということになっているから、フランシスは四十代後半から五十歳ぐらいだろう。しかも、彼女は実社会を知らずいきなり家庭に収まってしまった。

この落差を1947年生まれの作者デヴィット・ヘアは当然せりふの中に込めている。

この元妻と元愛人は初めて会って、互いの腹の探り合いをやっている。その会話は、経験豊富で老練なテクニックのボクサーと若く率直でパワフルなボクサーのパンチのやりとりに似ている。

それが、この芝居では、元妻=久世星佳と元愛人=若村麻由美であった。

若村のメーキャップは、皺もなければ白髪もない四十代の素のままの顔である。一方、久世は年齢不詳ながらどう見ても若村の十歳年下には見えない。

久世の攻撃に若村が分別くさいせりふで応じるので、嘘っぽい違和感があって「おいおい、これは設定を間違えているぞ! 演出家もメークもなんというザツな作り方をしているんだ。」という思いが最後まで続くことになってしまった。

この劇は、フランシスが、何の目的で、何をしにマデリンのもとを訪れたのか?その疑問で牽引する構造になっている。

ところが、作者には、別の目的、つまり結果として対話の中からこの女たちの半生を浮き彫りにするという目的があったため、この会見にまるまる一晩中をかけることになった。おかげで、直接関係のない様々な枝葉をまき散らしてなかなか核心に迫ってくれない。

関係ないとはいえ、いかにもイギリス人らしい気質が出ているところでもあるので、枝葉の中でも英国の批評家が比較的多く言及しているプロットを一つだけ取り上げておこう。

最初の、マーティンがシアトルに去った話である。

マデリンが、あの国では弁護士が聖職者のように思われている(そんなことはお笑いぐさだ! )からそこに行ったのだろうと、いかにも英国人らしい皮肉をいいはじめる。

マデリン曰く。

アメリカ人は金持ちである。したがって、自分たちの命は他のどの類の生活様式の人々と較べても特別な存在だ、という独善的な思い込みをしている。どうせ死ぬときはだれでも同じなのに。

ここワイト島にも彼の国の観光客はやってくる。彼らはあきれたことに、レストランで「このチキンには皮がついてる?」と訊ねるという。すると、ウエイターはこう応えるつもりだ。

「いや、皮はもともとついていなかったのです。この皮なしの鶏はただの肉と羽だけなので夜は鶏舎で寒さに震え、いつかアメリカの方々にカロリーなるものを与えてしまうことを怖れていたんですよ。」

どうすれば羽と肉は直接くっつくのだろう? そんな風に考える、地球上最強の民族は実に恐ろしいものに映る。つまり、彼らはリスクを徹底的に排除しようとするのだ。しかし、そんなことをしても、いずれ彼らは我々と同じように死ぬのである・・・・・・。

フランス人が、漫画で異教徒を侮辱したり、放射能のせいで腕が六本になった力士を描いて「文明国」を揶揄したりすることを「表現の自由」と言って命までかけるのと似て、英国人もまた、怒りを買ってでも辛辣で敵意に満ちたブラックなたとえ話をユーモアとして表現せざるを得ない人たちなのである。

これは、一見して本題に関係ないプロットのように見えるのだが、少し冷静に考えると、独りよがりの米国人といいつつも、ロンドンのアッパーミドルが暮らすブラックヒースで単に主婦としてその半生を過ごしたフランシスに対する「世間知らず」という当てこすりなのだ。何という嫌な性格!

この程度のことは、いわばボディブローである。腹に一物も二物も持ったきついストレートパンチの応酬こそ、この劇の真骨頂なのだが、ボクシングには緩急のリズムがあるように、会話にも時にはシンパシーがただようこともある。

離婚したあと、ある日、古い学校時代のノートを見つけて日々の思いを書きつけたのが始まりだった。それを夫への復讐だと言う人もいたが、フランシスは、むしろ自分が書くことを好きだったことに気づいたのである。

マデリンは、あなたは結婚して子供もいたのだから運がなかったと同情を見せる。すると、フランシスが応じる。作家としては遅いスタートだったが、かえって幸いだった。若いときから職業になっていたら、おそらく書くことが苦痛になっていたに違いない。

マデリンが、小説に何の意味があるかと迫ると、「あなたは他人に興味はないのか?他人から興味を持たれたい、とは思わないか? 小説の中にはそれがある。」とフランシス。

一度マーティンを小説に登場させることがあったが、批評家にはさんざんだった、という話からふたりは、マーティンの人となりに言及することになり、「彼はフランシスを愛していた」という結論で見解が一致する。

このあたりから、次第に緊張した空気が緩んできて、ようやく警戒を解いたフランシスがレインコートを脱ぐ気になる。

お茶の支度をしてきたマデリンに、フランシスが言う。

「私のほんとうの望みは、わたしたちの話をフィクションとしてではなく、事実あるいはドキュメンタリーとして書くことなの。」(鴇沢麻由子がなんと翻訳していたかわすれてしまったけど・・・たぶんそんな言葉だったような気がしている。)

ここで、ぼくは「えっ?」と思った。

フィクション(小説)の反対はファクト(事実)だから矛盾はない。しかし、肝心の「わたしたち」とは誰のことなのか、「わたしたちの話」とはいかなるものか?

言うまでもなく、自分と夫とその愛人であったマデリンの三角関係のことだろう。しかし、待てよ。われわれは、週刊誌や雑誌で三角関係の話をおもしろおかしく読むことはよくあるが、それは関係のない記者(第三者)が取材してまとめたものだ。仮に、当事者のひとりが書いたという記事に遭遇したら、それが公平な客観的事実、すなわちファクトを表しているとは到底思えないだろう。逆に当事者であるひとりが偏見なく三人分の事実を書こうとしたら、それはほとんどアクロバット的な所業になるはずだ。どう書けばいいのか僕には想像がつかない。

愛人にしても、妻にその夫と自分の「Story」を勝手に書かれてはかなわないと思うはずだ。

おかしなことを言うものだと思った瞬間、第一ラウンド終了のゴングが・・・、いや、第一場の明かりが落ちるのである。

しつこいようだが、ここは、訳が間違っているのではない証拠に原文に当たって僕の疑問を説明しておこう。

原文はこうである。

Frances: What I really want is to write our story. But not as fiction. I want to write it as a memoir.

せりふの中の「事実」あるいは「ドキュメンタリー」にあたる言葉は「memoir=メモワール」だ。これは通常「回想記」とか「回顧録」といって、たとえば、引退した大統領の退職金がわりにゴーストライターが書くもので、主語は大統領本人、一人称単数である。メモワールは、「記憶」に由来する言葉で、あたりまえだが本人にしか書けないからだ。

すると、「our story=わたしたちの話」の「記憶」とは何かといえば、関係者三人三様の、それぞれの「思い出」と言うことにしかならない。

ここで、フランシスについて言えば、三角関係の「記憶」あるいは「回想」に登場するマデリンは、マーティンという紗幕の向こうに見え隠れする我が家を不幸に陥れた憎っき亡霊のような存在である。フランシスにとって、マデリンは、見ることも話すこともさわることもできない「影の存在」として書く以外にない「関係者」なのだ。つまり、フランシスの「Our Story」とは、実際は、マデリンを除いた自分とマーティン二人の物語を指すことになるのである。

しかも、「回想記」の対象であるはずの三角関係であった「期間」はすでに終わっている。その物語を書くために、フランシスがマデリンに会わねばならない必然性があるだろうか? それには極めて大きな疑問符がつくのである。

第一場の最後に作家は大いなる謎を仕掛けてくれていた。

第二ラウンド。

外はすでに暗く、部屋の明かりは落ちている。フランシスがソファーの上に長々と横になっていて、その上に彼女のコートがかけられている。

フランシスが目を覚まし、しまった!という態度。夜十時。フェリーはすでに出てしまっていた。なぜ眠ってしまったんだろう?緊張のせいだ。子供が危険を察知して寝るのと同じ。

危険にさらしたのは私?と、マデリン。

ジャブの打ち合いはもう始まっていた。

たたき起こして、最後のフェリーに乗せなかったのは、フランシスが何を書こうとしているのか、マデリンにとっても気がかりだったせいだろう。

 

フランシスは腹が空いているらしい。マデリンは中国製のビールを用意する。

Blackheath 寝ている間に彼女は、女王陛下がブラックヒースの自宅を訪ねてくる夢を見たという。夢間に現れるほど国家元首を愛しているらしいのはイギリス人の見上げた美徳だが、彼女は青い靴にミニスカートをはいていて、しかも膝の間から下着が見えたというあまり品のある話とは言えない「おち」を用意していたのはいかがなものか? 権威をからかわずにいられないのも美徳の一つと考えているらしい。ただし、この挿話が何を意味していたかは不明。

人々はもはやフィクションに興味を持たない、とフランシス。

映画の中のモンローを見ながら観客の頭にあるのは「撮影の合間に、大統領と寝ていた」「五十一回もテイクを繰り返したのは、せりふを覚えられないから」というものだ。映画なんてモンロー本人を覆う包装紙のようなもの。重要なポイントは、物語ではなく、語り手が誰で、それが何者かという点であるとフランシスは持論を展開する。フィクションはダメ、I want to write it as a memoir. の回答になっている。

「あなたは、小説じゃなくメモワールと言った。

ところで、その計画はどんなお上品な猥談になるの? あるいは、夫に裏切られた妻というありふれた話? それとも男は皆んな大馬鹿野郎? それも人気のジャンルだけど、わたしのおすすめはやっぱり自立する女、男の言い分を断固拒絶する女。あなた、今から計画をそうしなさい。」とマデリン。

フランシスは、なんとなく同意する。

そこでマデリンは、自分が何者かを説明する気になったらしい。

1962年のアラバマ、マデリンのマーティンとの出会いは、フランシスがはじめて耳にする話であった。その時のマーティンはいつも「なにか?⤴ ‘What’s the problem?’」という気楽な調子だった。人権運動に参加している割に理屈を言わないという意味だろう。

彼はアラバマにやって来た理由について、「自分には『スペース』が必要だった」といったらしい。空間というか、自分が息をする場所、あるいは気楽でいられる時間といった社会運動とは異質の、自分を中心にした場所のことだと解釈できそうだが、なぜか少し眠たそうなところがマデリンには魅力的だったという。ただし、この男の思想性の薄いただのお調子者のように思えるところが、けんかの原因になって一夜かぎりで別れたのであった。

例のマーティンのモーテルの場面である。四十年も前の話なのに、なぜかマデリンはあの部屋を色彩とともに鮮明に覚えていたらしい。

「アラバマの安ホテルの部屋。薄いベージュ色のカーペット。壁には薄紫色と緑の絵がかかっていた。片側に低いベッド。反対側には窓。その下に鉢植えのグリーンがいくつか、かたわらにはブラウンのカーテンがついた衣装ケースがあった。あの瞬間に凝縮された私の人生のすべて。そして、ファック・・・・・・。それから方向転換した私の人生・・・・・・。」(マデリンが、ヴァージン女のごとく本音は「愛」を求めていたらしい場面)

こんな「嘘」を「いけしゃあしゃあ」と書けるデヴィット・ヘア先生は立派な演歌の作詞家だと思う。女心を歌った演歌は、男の作詞家の作品が圧倒的に多い。それを女が素直に歌うのは、男の願望の反映だと知っているからだ。それを、さも本気らしく歌うのだが、あれは本音を攪乱し、男を意のままに操る女の立派な深慮遠望なのだ。

これは唐突によけいなことをいった。もとい。

それが、どうして再会することになったのか? そのいきさつはあとのラウンドになる。

「今日、めずらしい人に会ったよ。」とマーティンが言ったことをフランシスは覚えていた。「名前はマデリンというんだ。お菓子のマドレーヌみたいだろう。」

フランシスは、女の直感で、これは何かあったに違いないと思った。(この「お菓子みたい」が女の研ぎ澄まされた感覚に触れるよけいな一言だと作者はよく知っていたに違いない。あるいは経験か?)それから、危険な何かを楽しむように、マーティンはその名をよく口にした。

当然、その仲を察知する。彼はいつも「民事訴訟があって・・・・・・」と不在の言い訳をしたのである。

あなたは、夫を乱交パーティに連れて行った、とフランシス。

マデリンは、それは必ずしも真実ではない。彼は熱心じゃなかった。あれは、暇人のホビーだから、そのうち決まり切ったメンバーになってつまらなくなる。マデリンは、他のところでポルノも好きだといっている。年金受給者向けのポルノ映画を見た話をしているところをみると、若い頃純情だった反動からか後半生は今どきの言葉で言えば「肉食系」として生きてきたのであろう。

当然のことながら、フランシスは、荒れた。

ある日、地下室でマーティンがボイラーを直しているときに、苛立ったフランシスは「私は苦しんでいる。私に返して!何かを・・・」と叫んだ。またあるときは、マーティンの態度に腹が立ち、あらゆる不満を言い立てたあげく、見ていた書類を二階の窓から庭に投げつけた。しかし、マーティンは、まともに取り合わなかった。フランシスが返してと叫んでいたものは「愛」だったらしい。

マデリンが、「あなたお腹すいてると言ったわね。インド料理のテイクアウトを買ってくるわ。」といって、外へ出ようとする。

ドアの前で立ちどまり、振り向くと「私、その話、全部聞いてたわ。」(フランシスは、おそらくカッと頭に血が上ったことだろう。私を笑いものにしていたに違いない!)

そこで不意に第二ラウンドが終わる。

第三ラウンドは、夜中の三時過ぎにはじまった。

薄暗がりのなかをマデリンが寝室から出てくると、ソファで寝ているはずのフランシスが、パジャマ姿で窓の下の椅子に腰掛け、外を眺めている。

床にインド料理の食べ残しが置かれているのを、フランシスが、道ばたのインド人の死骸を放っておけないように、私はインドの食い物を片付けるけど、あなたはどうなの?と嫌みを言う。マデリンはかまわず、私は好きなように生きてるといって、床に座り込み残り物を食べ始める。

「ひょっとして、あなた煙草を持ってません?」とフランシス。

男が残していったものがあったと言ってマデリンが持って来ると、「あなたはそういう生活をしてるの?」と意外な顔をするが、マデリンは、詮索無用とばかり無視する。

マーティンが去ったあと、子供も自立し、家は空っぽになった。フランシスはいまでもブラックヒースに独りで住んでいる。編集者のひとりに誘われたこともあったがその気にはならなかった。芝居のセットみたいに空虚な家で、マーティンのような男が出てくる小説を書いている。

「もう一度始める、僕にはその権利がある。それは人間の権利だ。」と言ってマーティンは、出て行った。

「シアトルに行ったのね。」とマデリン。

「そう、相手がアメリカ人だったから。彼女はすごく若かった。」

マーティンは、自分の子供の年に近い若い女に惚れたらしい。「若いってすばらしいことだけど、そんな女とセックスして張り合いはあるの?」とフランシスがいうと、何と、驚いたことにこの禿げかかった中年男は、「彼女とはアメリカに行くまで寝ないことにしている」といったのだ。

大笑いである。マデリンも、「メイフラワー号の清教徒であるまいし、いったいどういうつもりよ! 相手はサイエントロジスト?それともカルトか、なんか?」と腹を抱える。

ここでもまた作者は、チキンの話みたいに「米国」なるものを、行きがかり上たいした必然性もなく、ある種笑いものにしているのであるが、ここには英国人の複合的な感情が潜在しているのを感じないわけにいかない。

正統的米国人は、WASPとされており、これはもとはといえば英国人であった。宗教戦争に巻き込まれた17世紀のイギリスにおいて、狂信的かつ不寛容で過激な宗教原理主義者の一団が生まれる。彼らは自分たちだけが正しいと主張したから他から忌み嫌われた。ピューリタンと揶揄され、迫害されたという被害者意識をともなって、発見されたばかりの北米大陸に移住する。英国人は、ファナティックな連中を厄介払いできるというので出国・植民を大いに歓迎したのであるが、数世紀の後に、自分たちだけが正しいと主張する、狂信的かつ不寛容で過激な宗教原理主義者という本質をまったく変えずにモンスター化した人々が、今度は自分たちの鼻面を引きづり回していることに歴史の皮肉を感じているのである。

作者の本音は、もと同郷人とは言え、厄介な奴らだなあというあたりなのか、あるいはマデリンの経験と絡めて、60年代の公民権運動にもかかわらず底辺では何も変わらない米国社会の建て前と本音を告発する気が作者にあったとしてもおかしくはない。

脱線した。

笑っていると、今度は火の粉が自分にかかってきた。

フランシスは、マーティンを問い詰めたという。「マデリンという女は何者なの?」「あなたは、彼女の何処が好きなの? そして、なぜ彼女を必要とするの?」と何度も、実はその答えが返ってくるのを恐れながら、責め立てた。

マーティンは、「彼女は、イスラム芸術の部門を取り仕切っていて、誰に報告する必要もない完全に自律した存在だ。」と応えた。

マデリンが、「あなた、それに対してどう思ったの?」

「どうも、こうも、私は確かたった一度すれ違ったことがあったけど、あなたのことなど何も知らなかった。」とフランシス。

それで、マデリンと一瞬交差したことがあったその翌晩、ベッドから起き上がって「必要のない女性? それが私とは違う点だというの? それなら、くそいまいましい模範的女性というわけね!」と叫んだ。

「君は何も分かっていない」とマーティン。

フランシスは、明かりを付けてナチの拷問さながらマーティンの顔に向け、「失礼ですが、訊ねていい。応えてよ。そのマデリンって何者? そのクソ地獄の女は誰? なぜ、わたしたちは男をシェアしなくちゃならないの? どうして、わたしは夫をその女と共有してるの?」といってやった。

マーティンは、茫然の態で、「これから我々の人生はどうなるのか・・・」とつぶやき、一呼吸置くと「君は家族が何であるか分かってるの?」と言った。

マーティンに言わせると、家族とは私利私欲のユニット、エゴの言い訳であり、また、利己的な動機付けによって結ばれた無制限のカルテルのようなもので、内に対しては労働組合、外に対しては十字軍のようなものである。

それと違って、マデリンは家族ではない。したがって共犯者ではない。ということになるらしい。

家族はエゴの談合とは、実に身も蓋もない率直な見解だが、フロイトが聞いたらなんというだろう。それに、自分だけはカルテルを裏切る特権的地位を確保している理由をどう説明する気なのか? この男、弁は立つがあまり尊敬される弁護士とは言えないのである。

「システムの終わり!the end of the system!」とマーティンは言った。

それが何を意味し、何であっても、マデリンは、そう呼ばれている何かのために明けても暮れても働いている。つまり、彼女はこの世の体制の終焉という世界の構造変革のために未だ運動をしている。世界中が何か変革するくそいまいましい原因や可能性などないとしているときでも、誰もがみな、何も変わらないことを知っているというのに、彼女は未だ運動している。

独りでいて、降参しないこと、30年前、いや40年前と同じ人間でいることをなんと言う言葉で表せばいい? この女性は歴史に期待しない。何にも期待せず何も訊ねない。彼女がある日正しいと感じる満足感以外に満足することはない。

「僕には、彼女の強さが必要なのだよ。」マーティンはそういった。

フランシスは、マデリンに促されながらマーティンの言葉を反芻してきたが、あの日々のことを思い出して、心底腹が立ってきたらしい。

フランシスが、マーティンを攻撃する話が続く。

「どういうこと? 強さって、なんと言えばいいの? つまりヒロイック、英雄的ということね。」

子供を育て、妻として家族の世話をし、あたりを掃いてゴミを捨てること・・・・・・確かに、それは英雄的な行為とは言えない。しかし、大部分の人々は、そうやって、子供や家族を愛し、友人に忠実であろうとしながら一種の混乱のなかを生きている。「プラン」も「見通し」も確信もない、それが普通の人々が日常を生きる方法だ。

「ところが、あなた、マデリンは違うと言うのね。」

彼女は、プランに沿って生きている。「見通し」もある。思想を持っている。そう、あなたはいう。

いったい彼女はそれをいつ持ったのか? 

60年代に違いない。どのように世界が変わって欲しいかという具体的な考え・・・・・・。彼女はそれに固執した。間違えたという確信に直面したにもかかわらず何年もかたくなにそれを支持した。

それ故にひとは彼女を賞賛し、それが彼女の強さを支えてきたのだ。その強さとは、過ぎ去った日々の幻影であり、ファンタジーにすぎなかったのではないかと、フランシスは言ったという。

マーティンに向かって、たたきつけたことを物語りながら、実は目の前のマデリンに毒づいているのである。

それを聞いてマデリンは、彼女の顔をまじまじと見て「あなた、それ、ほんとうに言ったの? 何の根拠があってそんなことをいえるの? あなたにそれがどう関係あったの? 私が過去に生きている? あなたは、それが罪で犯罪だと思っている。」

何でそんなことを言われなきゃならないのか、許さないという態度である。

フランシスは冷静さを取り戻して、マーティンの言葉を続ける。

「君は好きなことを言える。しかし、それは、事実とは違うし、僕がマデリンと一緒にいる理由じゃない。」

マデリンが、関心を向ける。「それで? 彼はなぜ私といるといったの?」

ところが、フランシスは、煙草をふかすばかりでその問いに答えようとしない。実は、それをマデリンの口から聞き出そうとしていた。沈黙のあと、

「あなたが、言うべきよ。あなたが、言いなさいよ。」とフランシス。

「何ですって?」 その態度は、奇妙ではないか?というマデリンの表情。

「いいえ、ほんとうよ。今度だけは言いなさいよ。」

マデリンが驚く。

「えっ!あなた、それって本気なの? 私にそれを言えというの?」

「もちろん。お願い!」

すると、しばらく考えたあげくマデリンが、苦笑しながら応える。

「なぜ、マーティンは私を愛していたか? ・・・・・・(頭を振りながら)そうは思わない。ノー、私はそうは思いません。」

「どうして、ノーなの?」とフランシス。

「私は、明らかな理由が何か考えた。」

「そうそう、それでどんな理由?」とフランシスが促す。

と、突然ここで、我慢の限界とばかり、マデリンの声が改まる。

「フランシス、あなた、私を完全無欠のオバカと思ってるの?」

フランシスにしてみれば、夫と愛人の関係がおぼろげながら見えてきたところで、突然シャットアウトをくらったようなものだ。

「何故なの!」

マデリンは、確かに自分は、時間を浪費し、たくさんバカなことをしてきたが、たった一つだけ守ってきたことがある、といった。それは、自身のためならまだしも、自分は他人に利用されたくないということだ。

フランシスが、あわてて「利用」を否定すると、マデリンは堰を切ったように話し始める。

「あなたは、私の家のドアを通って入ってきた。それが許される権利があるといわんばかりに。胸に作家のバッジを光らせて・・・・・・。それであなたの令状にはなんて書いてあるの? 「愛情関係の照会」あるいは「情状捜査」?

あなたは、何様? 誰? コジャック?(ここで、「あなた、テレビ持ってないと思ってたわ。」というフランシスの茶々が入る。)

『誰が、君を愛しているのかい、ベイビー?』」

マデリンは、フランシスが書こうとしている『回想記』に、自分のストーリーが欠かせないものだと推測している。

「知りたいことを聞いて何が悪い」とフランシスも応じるが、マデリンは、それをあとで書くことが人間的な行為とは思えないと主張するのである。

「説明しなさいよ。その新しい形式が小説でないというならば。それがリアルライフ=実生活ならば、その新しいジャンルは何と呼ぶの?」

当事者がまだ生きて暮らしているときに、その過去を暴き立てて公にする行為は、彼らを生きたまま墓穴に放り込むようなものだ、といいたいのである。

フランシスは、次第に追い詰められる。

「わたし、痛みを終わらせるために来たはずなのに、なんだか遭難したような気分・・・・・・。」

マデリンの追求は続く。

「痛みを終わらせる? 日曜版の連載のあとに? 痛みを世間の注目によって和らげるつもり? いったい何を企んでいるの? その本は、いまどこまで進んでいるのよ? 目次の構成はもう決まって、もう何章かは書かれているの?」

フランシスは沈黙のまま、憤慨している様子。やがて「ノートの形・・・・・・」と力なくつぶやく。

「本は、便利な言い訳ね? 私の家を訪ねるための完全な弁解。その本は、実際にはまだ何処にも存在しない。あなたの心の中にあるだけでしょう。・・・・・・そう、そして、私の中にも・・・・・・」

マデリンは、満足そうに微笑んで、「私は作家じゃないけど、言わせてもらえば、この部屋の中にいま溢れているパワフルなムード、これは作家にとって、最高の情況だと思う。」という。

人の家にづかづかやってきて、眠った上にフェリーを逃した。つまり、この情況が意図的に作られたかどうかはともかく、フランシスの本にとって、妻が夫の愛人のもとを訪れるシーンは欠かせないだろうというのである。男の四半世紀にわたる偽りと裏切りはフィクションではない。このいまの情況がないとしたら、その代償として何を得たというのか?

あなたが、どのようにしてワイト島の私のドアにやって来たかを伝えることなく、あなたの話にクライマックスはない。コマーシャリズムに乗って言うなら、妻が愛人に立ち向かわないかぎり、書くべき本、売れる本があると私は感じない。

「あなた、よくも、やってくれたじゃない!」というわけである。

長広舌をふるったあと、マデリンは、もう寝ると言って寝室の方に向かうが、ドアの前で振り返ってこう言った。

「ところで、妙なことに、私は『小難しい人』、あなたは素敵な人と呼ばれているようだけど、その素敵な人が、私には考えもつかない何かを計画中のようね。どういうことか、説明してもらえない?」

フランシスは、はぐらかして「もう一本煙草が欲しい・・・・・・」と応じ、マデリンはおやすみを言ってドアの向こうに消える。窓にもたれながら煙をくゆらしているフランシス・・・・・・その中を静かに溶暗・・・・・・。

はじめはフランシスのストレートパンチが炸裂して攻勢をかけていたが、半ばからマデリンのカウンターがヒットし始め、両者足を止めての乱打戦にもつれ込んだ。そして仕舞いには老獪とも言える相手の応対にフランシスの疲労がたまり、クリンチに逃れたところで、劇中もっとも盛り上がった第三ラウンド終わりのゴングが鳴ったのである。

第四ラウンド。

すでに朝になっている。ソファのベッドは片付けられ、マデリンは、ジーンズとジャンパーを着て、気分良さそうに小さなコーヒーテーブルについている。

そこへ、着替えしてメークを直したフランシスが洗面所から出てきて合流。

「過去に生きることは退屈よ。」とマデリンはいう。

その最悪な点は、常に何が起きるか分かっていることだ。夫は自分のもとを去ろうとしている。やがて、必ず去って行く。そして素晴らしいスタイルの、ミルクで育ったアメリカ娘と駆け落ちして神様を見つける。たぶんそれは、神が中年の弁護士に与えた贈り物なのかもしれない。過去に生きることとは、それを繰り返し思い出すだけではないか。

「忘れなさい、フランシス。彼を忘れなさい。」

皮肉っぽく「あなた上機嫌のようね。」とフランシス。

「そうよ、フェリーは動いているし・・・・・・」とは、嫌みだ。

フランシスが去った後、何をするつもりか訊ねると、マデリンが応える。

「そうね、仕事に戻るわ。私の仕事は、物事の起源を発見し、説明すること。そこには平穏なときがあり、喜びがある。私には、本の間にいられることがしあわせなの。だって、本は人間よりやさしいからね。」

そして、こう続けた。

「あなたには、本をやめることができるのよ。それで誰も傷つけることがない。しかも、やめるのにこざかしい理屈も我慢する必要もない。」

フランシスが、「我慢」という言葉に反応して、

「それじゃあ、あなたは、これまでいつ我慢した?いつ自分を抑制したというの?」とくいさがる。私はずっと我慢してきたという思いだったろう。

「また質問ね。あなた、未だやめようとしないの? 船のエンジンがまわって、高速艇もホバリングはじめているというのに・・・・・・。」マデリンは、「これはあなたのためにいうのだけれど、あなた、立ち直りますね。」とだめ押しのように言う。

「私はいつだって立ち直ってきた・・・・・・」フランシスの強がりである。

マデリンは、ワイト島へ訪ねたフランシスの勇気をたたえ、しかし、信頼関係を築けなかったことが残念だったといいながら、これで幕引きというようにカップをシンクの方に持っていく。そして、「わたし、下の道まで一緒に行くわ。・・・・・・ コートを取ってくる。」といって寝室の方に向かう。

その後ろからフランシスが、「マデリン・・・・・・」と呼び止める。

「考えたんだけど、わたしが書くつもりだった本・・・・・・」といいかけると、マデリンが「決めたのね。やめるのね。」とたたみかける。

「書かれそうもない・・・・・・」

「それはいいことだわ。」とマデリンが寝室へ消える。

独り取り残されたフランシスが、仕事用に使っているテーブルの上のパソコンをのぞき込もうとして、その脇に置かれた小さな写真立てを見つける。

「この写真、何? アメリカにいるふたり。かなり若い。」

戻ってきたマデリンが、少し戸惑い「そうよ。・・・・・・まさにその通り。」と頷く。

「いってもらえる?お願い。何があったか教えて。」とフランシスが迫るが。マデリンは沈黙したままである。

マデリンにとって、一旦終わったはずのアラバマなのに、このひっそりとしかし身近に置かれた一枚の古い写真が意味するものは・・・・・・?

フランシスは、書かないと約束し、二度と再び会うこともないと言った。しかし、その話を聞かずに帰るわけにいかない。アラバマ以降は霧に包まれたままだ。フランシスは、マデリンが自分より遥かに気楽であり得たのは、妻の存在に対して夫の愛人には常にアドバンテージがあったからだといい、いまの態度は卑怯ではないかと責める。

ようやく、マデリンが「何を聞きたいのか、分からない・・・」といいながら「それは、ある春のことだった・・・・・」と話し始める。

マデリンは、70年代に入って、資格のある仕事をするためだけにイングランドへ戻ってきた。満足と不満が相半ばする中で、しかし、動いている砂の上で永久を感じるといった焦燥感にかられ、毎晩サークルの友人、気心の知れた連中と革命や思想について語り合う日々を送っていた。

そうしたある日、70年代の終わりごろだったと思う、ブルームズベリーの横の入り口あたりで背後から声をかけられた。

『マデリン、君じゃないか。』

アラバマから約十五年が過ぎていた。

食事に誘われたが、マデリンは最初時間がないと言ってことわる。しかし、マーティンが何を考えているか分かっていたし、そうなってもいいと思い直して、インチキ・イタリアンに入った。みているだけと言いながら、彼が注文したプッタネスカパスタとごっちゃまぜサラダをもう一本のフォークをもらい、実はそのほとんどをマデリンが食べた。

余談だが、このブッタネスカパスタのレシピが知りたくて調べてみたら、何処を探してもでてこない。おかしいと思ったらインチキ食堂だけに作者が勝手に思いついた名前で実体はないと言うことが判明、まったく迷惑な話だった。翻訳とは実にめんどうなものである。

さて、それから彼らは、互いのその後を報告し合うことになるのだが、マデリンが驚いたことに、マーティンは結婚したというのである。なぜならマデリンが知る限り、当時の仲間や知り合いで、薬でいかれたり焼身自殺したのはいたが、結婚したものはいなかったからだ。マデリンは密かにがっかりしたらしい。しかし、テーブルの上の手は握られたままであった。その間、外は土砂降りの雨でふたりは出るに出られなかったのである。

雨が上がると、マーティンが「戻る必要はあるの?」と聞くから、マデリンは「川が見たい」といった。川を見ながら、マーティンは何度も「君は、何故あの日僕を残して去ったのか?」と訊ねた。そして、「君があの朝、ひとりで行ってしまわなければ・・・・・・」というから、マデリンは「なに?はっきり言って。もしわたしがいなくならなかったら?」と聞く。

マーティンは、笑いながら「こういうことのすべては起こらなかった。」といったという。

フランシスが、その言葉に態度を一変させた。

「こういうこと」というのは自分のことだというのである。

「あなたはわたしが知らないとでも思っているの。物事が変わっていたかも知れない? まったく頭にくる!どういう意味よ。変わったって、どんな風によ。子供じゃあるまいし、誰だって若いままでいられるわけがないじゃない。」

大声でフランシスが怒りをぶちまける。さすがに「自分と結婚していなかった?」とは口に出して言えなかった。

マデリンがなだめる。

フランシスは、話を先へ促すために冷静さを装った。

マーティンは、あの朝マデリンがだまって去ったことに戸惑っていた。まったく理解出来ないと言った。

マデリンは、その時の気持ちを記憶から引き出すように、応えたという。「わたしは、おびえていた。・・・・・・自分の期待よりも少なく還ってくるのを怖れた。すべてが欲しくても、結果として得られるものが、その一部にすぎないことを怖れた。」

それは愚かなことだ。できることをやればいい。誰もがそうするものだ。しかし、何故、アメリカにいた一部の女の子が、あのとき「100%完璧でないならそれをする気はない」と思ったのかわからない。そして、自分もまたその愚かなひとりだった。

その愚かさの代償は何であったか? 彼を所有しないこと・・・・・・。

「わたしたちは、川のそばを歩いて、そしてホテルの部屋を見つけた・・・・・・。別の角度からながめるテムズ川。(マーティンが、民事訴訟で遅くなるといった夜だ。)その夜、わたしは歩いて家に帰ったことを覚えています。真夜中、コペントガーデンは閑散として雨が通りをぬらしていた。

考えてもみて。そう、それが15年経ってみて感じる心境の変化だった。わたしは、それで、より少ないものを受け入れることにしたの。」

マデリンは、そこから関係が続いたといった。

「だけど、このさき彼は、わたしの人生には記録としてしか存在しないでしょう。」

ここで「そういえば、覚えている?」と話題を変えて、かつて一度だけふたりが顔を合わせたことに言及する。

フランシスは、夫とともに博物館の資金調達のパーティにやって来た。

このときのマデリンの動揺は、僕には意外なものだった。

マデリンは、「システムの終焉」を目指したと言っていたが、ウーマンリブのもと闘士にとっては、結婚制度そのものもシステムの一つだったはずである。彼女は『本妻』の登場に『愛人』が示すごく普通の反応を見せたのだ。

「確か、あなたはあざやかな青い靴を履いていた。夕べの夢に出てきた女王陛下のような青い靴。そして、部屋中をアクティブに動いて・・・ああ・・・心からの関心と暖かさ、ああ、そう、誰の話にも興味を示し、あちこちを見て回る・・・・・・。そして、あなたの背中の彼の手。

あなたは爪楊枝でソーセージを食べてて、彼は、わたしたちを紹介した。あなたは握手しようとして手を伸ばした。ちょうどその時、『フランシス、ダーリン!素晴らしく見えるよ!』と、どこかの間抜けが邪魔をした。握手ができず、あなたは、わたしに背を向けた。

わたしはドアを探し、見学コースの横に見つけるとそこに駆け込んだ。業務用の出入り口から外に出てブルームズベリーへ・・・・・・。心臓の鼓動が激しく打っていた。会議にも出なかった・・・・・・。」

そこまで言うと、マデリンは気が済んだというように、「フェリーまで送るわ。」とドアの方へいく。

すると、今度はフランシスが「自分に何が起きたか・・・・・・」とマーティンと初めて出会ったときのことを手短に話そうとする。

「わたしは17才。疑うことを知らなかった。・・・・・・ そういうわけで、いま逃げるのはとてもむずかしいと思っているの。」

それに対して、きっぱりとマデリンがいいきる。

「わたしは、きっと、あなたがそうすると思います。」

去りがたいという風情のフランシスに向かって、マデリンが言う。

「フェリーに送ったあと、わたしは、遊歩道を散歩するつもりよ。『わたしの頬に、魂の息吹を感じよ』でしょ。」(Feel the breath of life on my face.=タイトルはここから取っている)

フランシスを先に外に出してから、マデリンはパソコンのスイッチを切ろうとテーブルに向かう。そこにあった、あの小さな写真立てをとりあげ、ほんの少しそれを眺めたあと、後ろの引き出しの中に封印するような仕草で収める。

そして、窓の方へ「待ってて、今行くわ。」と大声で叫ぶと、思い切りドアを開けて外へ・・・・・・。

部屋には大きく開いた窓から朝の光が差し込んで・・・・・・。波の音とカモメの鳴き声が満ちてくるなか、次第に明かりが落ちていく。

タイトルになった「The breath of life」は、通常「生命の息吹」などと訳されているが、もともと『旧約聖書』の『創世記』から引用された語で、神が人間を創ったあと、その鼻に息を吹き込んで生命を与えたことに由来する。したがって、マデリンが、最後に明るい声を張り上げたのは、過去は過去として、あらためて新しい人生を始めようと、フランシスにも同意を求めたという意味だった。人生はいまからでもやり直せるという中高年観客向けのメッセージだと興行主がいいたいのはよくわかった。

ところで、この試合は誰が見ても最終ラウンドまではマデリンが優勢という印象を持ったであろう。フランシスが途中で腰砕けになったからだ。しかし、最後の最後で、マデリンが『愛人』vs『本妻』という関係性に古風で常識的な反応を見せたことで、この劇は大メロメロドラマになってしまった。つまり、フランシスが、出しなに古い写真を発見するという偶然の一発が効いて、ドローに持ち込んだ試合と考えていいのである。

このメロドラマの一発は、ハッピーエンドの印象を醸し出すことにもなった。ドロー試合のあと、ボクサー同士互いの健闘をたたえ合い、ハグにとどまらず、その後ふたりは親友になりました、といった理解も可能にしてしまった。フランシスがマデリンの提案を受け入れたように見えるからでもある。それに、わざわざフェリーまで送っていくというのも何か仲直りのようにみえるということもあった。

これを若村と久世がやるものだから、なんだか印象が増幅されて、ハッピーな気分になった人も多いようだ。

それで不都合があるかといわれれば、答えに窮するが、このふたりの間に理解と信頼が成立したと考えるのは誤解である。彼らは、二度と会わないと宣言している。また、フランシスとしては努力するといっているが、いま傷が癒えたわけでもない。論理的に考えると、マデリンという影の部分が多少明らかになったとはいえ、フランシスは、来たときとたいして変わらない心理状態で帰って行くのである。

ではいったい、フランシスは何しにわざわざワイト島までやって来たのか?

第一ラウンドのおしまいの疑問、『我々の話を小説ではなく、メモワールとして書こうと思っている』ことが、第三ラウンドの攻撃で、実は、構想もメモすらなかったことが明らかになった。では、そもそもフランシスの目的は何だったのか? 

僕は、「こんなんじゃ、あいつ何しに来たんだ」と奇妙な終わり方に疑問を持っていた。

普通に考えれば、妻が夫の愛人のところへやってくる目的は三つほどある。

一つ目は『亭主にのしを付けてくれてやるから、あとはそっちでめんどう見ろ!』ついでに悪口雑言も付録でつけてやる、というもの。

二つ目は『お願いだから、後生だから家族のために亭主と別れてくれ!』と懇願するもの。

三つ目は『わたしが本妻だからね。あんたは妾の地位に甘んじて控えているのだよ!」というマウンティング。

一つ目ならば、フランシスが向かう先はワイト島ではなくシアトルであろう。

二つ目も三つ目も、すでに別れているのだから意味がない。

別れた亭主の元愛人の人生に取材してTrue Storyを書こうとする作家魂は、分からなくもないが、そんなゆがんだレンズで覗いた偏見に満ちたものを誰もあまり読みたくないだろう。取材される愛人だってバカじゃあるまいし、ほいほい話に乗るようなマネはしないとしたものだ。

The_breath_of_life その疑問を解く鍵は意外なところにあった。

この本のペーパーバック版を買ったときから頭の片隅に引っかかっていたことだが、それは、表紙にゴーギャンの「タヒチの女(浜辺にて)」の絵が採用されていることだった。絵の中でふたりの女が話しているのか、くつろいで坐っている。

しかし、この表紙は、あきらかに劇の内容とは無関係である。ワイト島の景色とかヴィクトリア調のインテリアとかであれば納得だが、装丁者はいったい何を考えているんだ、と思っていた。

このゴーギャンは、タイトルの裏、第一場がはじまる前のページにたった一行、ひっそりと収まって、しかし、表紙に使われるほど重要な意味を燦然と輝かせていたのだ。

そこにはこうあった。

Life being what it is, one dreams of revenge.      Gauguin

人は、生きながらえてなお復讐を夢見るものだ。 ゴーギャン  (中村訳)

誤解のないように言っておくが、この「Revenge=リベンジ」は、ボクシングで使う「雪辱」とか「再挑戦」などという甘い意味をもともと持っていない。文字通り、「復讐」「仇討ち」、すなわち「相手を完膚なきまでたたきのめす、場合によっては殺す!」のがリベンジなのだ。

すると、フランシスは「復讐」のためにやって来たのか? マデリンを完膚なきまでたたきのめし、足下にひざまずかせようとしてやってきたのか?

しかし、この一行だけでは、ゴーギャンが何を言おうとしたのか分からない。

とりあえず、デヴィット・ヘアは一体この言葉をゴーギャンの何から引用してきたのか?を知る必要がある。

英語圏のインテリにはすぐに分かるのかも知れないが、東洋の果ての凡夫にはまったく理解出来ない。

それで、文献を調べまくって、ようやくゴーギャンが残したいくつかあるエセーのなかの “Avent et Après” (「昔といま」という意味)からの引用だということが分かった。

しかも、これはゴーギャンが残した、割合有名な辞であったことも分かった。

フランス語で、この部分は、

A force de vivre on rêve une revanche, et il faut se contenter du rêve.

(生き長らえてまで、人は復讐を夢見るものだ。だが、夢見るだけで満足しなければならない。)

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で、英訳されたものは、

Life being what it is, one dreams of revenge-and has to content oneself with dreaming.

となる。

したがって、あの言葉は、実は二つのフレーズでできていたのである。

要するに、フランシスは、マデリンにけんかを売りに来たらしい。もうすでに夫と別れて、その愛人も夫と関係がなくなったにもかかわらず、過去の出来事の復讐のためにわざわざワイト島まで出向いたのである。では、「復讐は夢に終わるものだ」という続くフレーズを何故隠したか? 

それは、劇の結論を先に言いたくなかったからであろう。

この劇を作った蓬莱竜太も若村麻由美も久世星佳も、翻訳した鴇沢麻由子もそれを観客に示そうと言う努力をしなかった。「復讐劇」だとは知っていたのに、つまりは、戯曲に存在する強い敵意とふたりの間の緊張関係を示せていなかった。だから、見終わって、もともと三角関係を回想録として書くという無理な設定で説得力を失った上に、では何しに来たのか理解に苦しむという作り方になったために、観客のカタルシスは置き去りにされてしまったのである。

「仏作って魂入れず」とはこのことだ。

まさかゴーギャンのアフォリズムを見落としたなどと言うことはないだろうから誤解したとはいわないが、劇の主題を際立たせようとしなかったために、困惑しか生まなかったのである。

果たして日本語の問題もあったかも知れない。僕は、この劇を説明するのに女言葉を使ったが、これを米語と違って母音をはっきり発音し、アクセントも強いイギリス英語でしゃべったら、しかもジュディ・ディンチとマギー・スミスならほんものの喧嘩に見えただろうと思った。

そうすることで、このひねくれて(男はみんなバカで、男の言うことなどくそ食らえだといっているくせに、男の話で一晩過ごしてしまうのは大きな矛盾ではないか?)ゆがんだ骨格の劇の瑕疵は、多少はごまかされたはずだ。

ところで、この ”Avent et Après” が、この戯曲の成立にさらに深く関与していたことが窺われる事実があった。「浜辺にて」が表紙に使われたもっと強い理由である。

長くなったから簡単にすまそう。

芸術家(画家)の書いたものでわかりやすかったものはほとんどなかったが、ゴーギャンも例外ではない。思いつきで絵の具を塗りたくる類の文章を読み取るのは難儀だが、おおよそのことは理解出来る。

Honnbuna このエセーの最初の章(「復讐を夢見る」辞の前の部分)で、ゴーギャンは、

「自分は小説(Un roman)をあまり評価しないが、メモワール(Des mémoires)は、歴史であり日付であり、作者はともかくも、すべてが興味深い。」といっている。

(この部分、劇のせりふにあるのを思いだして欲しい。)

「告白(confesser)」などは、ジャン・ジャック・ルソー以来の大きな仕事で、そうなると書き手が何者でどこから来たか話さないわけにいかない。しかし、それで、人は作者に目を見張ったり、軽蔑したり、あれこれケチを付けたりするだろう。それがいやなら、だまっているに越したことはなさそうだが、話したいときに我慢するのは身体に悪い。

ひとには、人生に目的があるものも、持ち合わせていないものもいる。美徳(Virtue)、それをわたしは知っているし、好きでもないが、その美徳というか道徳が、長い間、わたしをしばってきた。

だが、人生はわずか一瞬の一コマに過ぎない。

(La vie c'est à peine une division d'une seconde.)

それほど僅かの間に「永遠」を用意するとは!!!

(En si peu de temps se préparer une Éternité ! ! !)

そんなことなら、わたしは豚であったほうがいい。人間だけがおかしなことになるのである。

昔、吠えてた野獣は、いまは剥製にされている。

わたしは、昨日は19世紀にいたが、今日は20世紀にいる。だが、われわれが互いに21世紀を見ないことは確かである。

(ここからが例の引用。)

我々は無理にでも長らえて復讐を夢みるが、せいぜい夢みるだけのことだ。しかし、その夢もどこかへ飛んでいってしまう。例の「ハト、ハト飛んだ」の遊戯のように。・・・・・・・・・・・・」

 Hier j'étais du 19 e , aujourd'hui je suis du 20 e et je vous assure que vous et moi nous ne verrons le 21 e .

A force de vivre on rêve une revanche, et il faut se contenter du rêve. 

Mais le rêve s'est envolé, le pigeon aussi, histoire de jouer. )

という具合で、苦労人であったゴーギャンは、欧州人にはめずらしく諸行無常を説き、この世の変転きわまりないことを述べようとするのである。

フランシスの夢み、企てた「復讐」は、夢で満足するしかなく、しかもいまや鳩ぽっぽの遊戯の様にどこかへ飛んでいってしまったのだ。

しかも、マデリンがかつて夢見た「時代」への復讐は、すでに完璧に夢で終わり、雨散霧消してしまっているではないか。

ゴーギャンを参照した理由はそれだけではなかった。

デヴィット・ヘアが、この戯曲を書くにあたって、” Avent et Après” のモチーフを強く意識した証拠がもう一つあったのだ。

それは扉に付けられた一枚の挿絵である。Sasie

そこには互いに別のところを見ているふたりの女が描かれていて、絵にはキャプションが付けられている。

「何考えてるの?」「知らない。」(À quoi pensez-tu ? Je ne sais pas.)

はたして、作者は、ふたりの女の交わらない視線と、妻と愛人の関係を重ね、互いに過去から抜けだす、再生の物語を書こうとしたのだろうか?

ひとりの女がもうひとりの女に問いかけ、それに応えるかどうか、という駆け引きの物語だと思えば、この挿画はぴったりとあてはまる。おそらくそうに違いない。

しかし、緊張のあまり敵方の家で寝込んでしまったり、何よりも、あのマデリンに、40年前の写真を後生大事にとっておかせるという決定的不自然さを見逃してまで無理矢理つじつまを合わせることはなかったのに・・・・・・。

マデリンは、60年代をアラバマとUCバークリーで過ごし、一度は世界の変革を夢見たたインテリである。ウーマンリブにもシンパシーを感じていただろう。乱交パーティにも出かけ、ポルノも好きだと公言してはばからない自由人である。それが、実は何とも古風で保守的な心根を内に秘めていたとは・・・・・・。

「おい、おい、ウソだろう。」と思わず言いたくなるのである。

デヴィット・ヘアだって、そのあたりのことは案外気づいていたかも知れない。

すると、この劇の主題は何処にあったのかと言うことが問題になる。

僕は、翻訳を試みながらこの戯曲に通奏低音のようにして聞こえてくるある音が、それは時々ボケタ古い映像をともなっているのだが、気になっていた。

燃えているスクールバス・・・・・・警官の振り回す棍棒に逃げ惑う群衆・・・・・・その向こうから次第に大きく聞こえてくる演説の声・・・ I have a dream that one day this nation will rise up and・・・・・・

学生が叫んでいる・・・ハンドマイクの声・・・・・・B52爆撃機の姿・・・ナパーム弾が炸裂するジャングル・・・・・・

戦争反対!闘争勝利!というシュプレヒコール・・・・・・火炎瓶と放水車の衝突・・・・・・

100%永遠でなければ価値がない。

100%手に入れられずば、それはいらない・・・・・・

100%勝利するまでは、絶対にやめない・・・・・・

100%骨の髄まで革命戦士ならずば、与えられるのは死、死、死。遺体の山。

マデリンは、「わたしたちの世代の死亡通知」といった。

我々は、ベトナムに抗議していると思っていたが、それは我々が自らの未来に抗議していたようなものだ。5年の抗議、黙従の30年。我々のことを「豊かさと繁栄を連れてきた世代」と後世の歴史家は書くだろう。

あの時代の熱情は何処へ行ってしまったのだろう。そして世界は、事実それとは無関係に変容を続けていくのである。

サー・デヴィット・ヘアは、ポール・ゴーギャン(1848年〜1903年)とちょうど100歳違いである。不肖僕も同じ世代だ。

「我々は、昨日は20世紀にいたが、今日は21世紀にいる。だが、われわれが互いに22世紀を見ないことは確かである。

我々は無理にでも長らえて復讐を夢みるが、せいぜい夢みるだけのことだ。しかし、その夢もどこかへ飛んでいってしまう。例の「ハト、ハト飛んだ」の遊戯のように。・・・・・・・・・・・・」

この劇は、デヴィット・ヘアの「生命の息吹」には違いないが、その背後に、彼と僕らの”Avent et Après”ともいうべき長く、深い「ため息」が込められていたのである・・・・・・

最後に、英国での劇評を紹介し、劇評の書き方を論じるつもりだったが、長くなったので別の機会にしたい。

ところで、このキャスティングでは、せっかくの劇が嘘くさく見えてしまうからやり直したらどうかと思い、考えてみた。

読者の皆さんも検討してみていただきたい。

僕の提案をあげておくので、賛成の組み合わせに投票をお願いします。

また、別の提案があったら是非書き込みを・・・・・・

(A)李礼仙のフランシス 白石加代子のマデリン

(B)奈良岡朋子のフランシス 大塚道子のマデリン

(C)倉野章子のフランシス 三田和代のマデリン (その逆も)

(D)旺なつきのフランシス 麻実れいのマデリン

(E)若村麻由美のフランシス 久世星佳のマデリン 

タイトル

ブレス オブ ライフ

観劇日

20141017

劇場

新国立劇場

主催

新国立劇場

期間

108日〜1026

デヴィッド・ヘア

原作/翻訳

鴇沢麻由子

演出

蓬莱竜太

美術

伊藤雅子

照明

中川隆一

衣装

前田文子

音楽

長野朋美

出演

若村麻由美

久世星佳

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コメント

>意訳して九十分に収めたらもっと違った印象になったのは間違いない。<

一般的にはそうかも。英語を日本語にした場合、学術ものならともかく(学術物もか?)直訳していると長くなる。時間が大切な芝居では意訳に徹すべきだったろう。芝居はよくわからないけど。
あっ、そうだ。例えばだけど、英語の1巻ものの小説ね、日本語に訳されると上下2冊ものによくなるでしょ。

投稿: 俺です | 2015年3月23日 (月) 03時03分

映画の字幕というのはたいした技だということか?ゴーギャン流の言い方では une grave affaire とでもなるのかな?

投稿: 隆一郎 | 2015年3月25日 (水) 16時18分

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