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2012年12月18日 (火)

呉智英「吉本隆明という『共同幻想』」が面白い(その1)

呉智英「吉本隆明という『共同幻想』」を読んだ。41ugsdjeoil_aa160_

呉智英さんが本を出したと聞いたので、取りあえず本屋に走った。「吉本・・・」といっしょに「つぎはぎ仏教入門」という新刊もあったので、ついでに買った。評論家の宮崎哲弥との対談本もあったが、対談というのはいままでさんざんな目にあって金を出して買うものではないと思っているからこちらはやめにした。

アーサー・ミラーの「るつぼ」(11/2観劇、新国立劇場)の劇評を「アメリカという国はない、といわれたことがある・・・・・・・」と書き出した途中で、年老いた我が身にはつらすぎる物語の説明をつい先延ばしにしていたのだが、取りあえずこっちの方が面白いやと「吉本隆明という『共同幻想』」(筑摩書房)にとりかかった。

とりかかったと大げさに言ってしまったが、そういう本でもない。いたって気楽に、座卓に腰掛けたり(?)座布団枕に読んだだけである。

読み始めてそうそうに吹き出してしまった。あまりのおかしさに腹を抱えて大笑いした。久しぶりに誰に気兼ねすることもなく思いっきり声を張り上げて憂さ晴らしをするように、ベランダから外に向かってなんだかコン畜生という気持ちで哄笑した。

気がついたら側になかなか大学を卒業しない娘が妙な顔してたっている。うるさいし、「キモイ」といわれた。

読んでる途中で足のしびれがひどくなったので、近所に適当な医者はないかと探してみたが、都心から十五キロも離れると血液検査をその場でやる病院など滅多にあるものではない。足がしびれたといっても座りすぎのわけではなく、病的にしびれているのだ。原因は、推測するに高カリウム血症である。

一年半前の入院時から高いといわれていたのが検査のたびに次第に進行していたのである。病気の話などするつもりはなかったがつい思い出したので、書き出してしまった。

先週、半年ぶりの眼科の検査で異常はないといわれて一安心したのだが、ついでに「目が疲れやすいのは、カリウム値が高いからか?」と訊ねた。血液成分の生理作用が目に影響することは有り得る、かもしれないと自信なさそうに学会で不在の担当医に替わって若い代理の医者が言う。データを見せたら、驚いた様子でこれはすぐに主治医のところへ行った方がいいと親切である。親切ついでに、「あのね、安楽死ってあるでしょう。あれはカリウムを注射するんですよね。」とおしえてくれた。そうか、いわれてみれば探偵小説で読んだことがある。すると僕の場合、安楽死の材料を自らの身体が生産しているというわけだ。これは安楽でいいや。とも思うが、足がしびれていては歩くにも不便である。それに突然時と場所をかまわず安楽になるのも多少は困る。

そこで、その足で同じ階にある循環器内科の予約外受付にいった。心不全で入院したのだからその担当医が主治医ということになるだろう。診察室に電話をして都合を聞いているらしい。予約もないのにのこのこ来た理由は何だと聞くから足がしびれるといったら、なんと、形成外科に行けというのである。なるほど足なら外科である。電話に出たのが担当医かどうかはわからないが、こりゃあダメだと思った。心臓の医者のところで足の話なんか聞いていられないというのあろう。当たり前だ。いや、足は足だが、そもそも高カリウム・・・・・・といいかけて途中で言葉を飲み込んだ。心臓の医者のところで、血液成分の話をしてもお門違いなのに気がついたからだ。

申し込み理由を書いて提出してくれと紙を渡されたが、急に腹が立って、「うるせい、もういらね―や。バカにするんじゃねえ。」と叫んだ。全共闘時代に覚えた言葉遣いを思い出して、である。唖然としている看護婦だかクラークだかに診察券を返せと奪い取り、申込用紙を投げつけてその場をあとにした。居合わせたザッと百人くらいの視線を背中に感じながら、ざまあみろという気分であった。みんな!病院なんてところはこんなバカの集まりだ、・・・・・・とは思ってくれないよね。

よーし、こんな病院二度と来るものかと思って、家の近くで血液検査をやってくれる医者を捜したのである。

近所ではなかなか見つからないし、医者を変えても面倒なことになると思って、今度は同じ病院の内分泌内科の担当医のところへ電話した。名簿で探したが、名前が載っていないところをみると派遣医かもしれない。ところが意に相違して、診察日でもないのにいるらしい。すぐに来いといわれるかと思ったら、自分の外来担当日である四日先に予約を入れてやるというのである。ついでに俺は忙しいのだといっていると電話口の女はぬかした。患者が自己診断するのが気に入らなかったのかもしれない。

この医者は、野菜を食うときはすべて水洗いしろ、果物は食うな、その他カリウムの多い食品を口にするなとか、インスリンは身体にたまるとか、薬を変えると心臓に悪いとか毎回いろいろ脅しながら役にも立たないことを指導する。おかげで、野菜や果物を食うときはなんだか後ろめたい気持ちにさせられている。(しかし、平気で食っているが・・・)

診察は、体重と血圧を測るが、脈を取るわけでも触診することもなく、データを見ながらながながとおしゃべりをするだけである。そのおしゃべりも、途中で「これはなんといえばいいのかな・・・」と表現および言葉選びにしばしば頓挫する傾向がある。(誰にたいしてもこんなことだろう。いつも予約時間を大幅に超えてしまう。)糖尿病および内分泌内科医に文学はあまり必要ないと思うが、患者に説明する職業用の言葉くらいはすらすら出てくるべきだろう。

卒業するまでにザッと三千万円は必要な大学だからといって町医者の息子とも見えないし、苦学から這い上がり、医者という崇高な職業に誇りと威厳をもって取り組んでいるという気配も感じない。もったいをつけようとして失敗しているのか、単に記憶力に問題があるのか、「これならオレにも出来るわい」と思わせる、よくいえば信頼をみずから拒絶しているような損な人格の方である。

そもそも、かつてこの医者に、カリウム値が高いからといって、心臓の薬を変えてもらうよう循環器内科の担当医にいえといわれたことがあった。僕は人がいいからわざわざ循環器の医者に行って、そういっているがどうしてくれる?と聞いた。すると、苦笑しながら、一つを別の薬に変えてくれた。

内分泌医が直接循環器の医者に電話したら、専門家同士のことであり、事はすぐに済んだはずなのに、なぜ僕のような素人を介していわせるのか大いに疑問であった。先輩だからといって、遠慮しているのではないだろうな。体育会系の医者というのもこまりものである。

今度行ったらなんといわれるか?

食べ物という食べ物からカリウムだけ抜き取って食べるように・・・。シャイロックじゃあるまいし、そんなことできやしない。薬を変えてもらえといわれたら、今度こそ自分で電話しろといってやろう。

足のしびれの話を長々やったのは、「吉本隆明という『共同幻想』」に関係がなくもない。

僕は、「医は仁術である」ということを幼い頃すり込まれたせいもあるが、いまでもそうだと思い込んでいる。

若い頃は、病気とも病院とも無縁であったから「医」と接触する機会がなかった。だから、去年生まれて初めて入院して、医は必ずしも仁術ではないことを身をもって知ったのである。

「医は算術である。」とは、社会の常識と幼い頃から知っていたから、そんなことをいいたいのではない。

仁とは、仁愛とか仁徳とかいうように他人を思いやる倫理のことを指している。僕はこれを「医」に対して拡大解釈する。理屈っぽくいえば、医術が他人を思いやるとは、他人を人格として認め、自分の持つ知識と技術を持ってそのひとの心身の健康に寄与するよう働きかけることだと思っている。

外科と内科の違い位はあってしかるべきだが、病気というものは身体にかぎらず精神も関与して様々の原因が複合的にかかわって起きるもので、医者はこうした全体についてある見通しを持っていなければならない。微細な専門的知識はなくても、人間というものの精神と身体に対する自分なりの構えというか見通しのことである。見通しとは、関係性の深度のことをいう。

僕が実際に経験したことを書いてもいいが、それはこの文の主旨からますますずれることになるから、いずれやるとして、とりあえず「医」の現状には、まったく不満であった。

それは端的に言えば、焼き肉屋のメニューのようなものになっていたからである。

僕は「ハツ」の「コリコリ」の不具合で入院することになったが、「シビレ」に欠陥があり、その治療のために「マメ」に問題が生じ、「ミノ」を守る薬を処方されている。いまのところ「レバー」に問題はないが、この先何か生じたらその専門店に行かねばならない。しかも、それぞれ独立した店舗で営業しており、束ねるといっても我が邦官庁のように組織も縦割りだから「ハツ」と「レバー」に「ミノ」が関与していると思われる症状が出たら行き場を失い、もうお手上げなのである。

それで、僕が万歳してしまったら、いよいよ僕の「ハツ」や「マメ」やその他食っても大丈夫そうなところはバラバラにされ各専門店に配達されることになるのだ。安楽になってから何をされてもこっちの知ったことではないからどうでもいいが・・・・・・。

そんなことで、現実がどうあろうとも僕はあくまで「医は仁術」原理主義者であり続ける。「医は仁術」原理主義者である僕は、医は一貫して僕であるところの全体性に関心を持つべきだと考える。予約外受付で全共闘時代を思い出し誰にも理解されないと分かっていながらプロテストしたわけは、以上でよくお分かりいただいたと思う。(こういう無駄なエネルギーを費やすところが、あの虐殺された作家と同郷の由縁か・・・・・・)

ところで、この本によると、吉本隆明は同じ原理主義者といっても民主主義原理主義者であった。通常民主主義とは市民民主主義をいうのだが、吉本の頭の中にある民主主義にはこの「市民」がない。市民の代表格であるインテリ、知識人、有り体に言ってしまえば偉そうに大衆を啓蒙しようとする奴は含まないらしい。むしろこういう輩こそ吉本のよく批判攻撃するところのものたちであった。

先だって亡くなった小沢昭一は「おれは貧主主義だ」といっていたが、これは貧乏だってそこそこ暮らしていけりゃいいじゃないかという意味で、思想と言うほどのことでもないがすこぶる健全である。しかし、市民が主体でない民主主義というのは不健康で、危険な香りがする。じゃあ何なのだという問いの答えが見あたらないからである。

見あたらないはずである。それは吉本にとって「大衆の原像」というものだが、僕らにとっては「幻像」としての大衆だからだ。

レーニンは「国家と革命」の中でこんなことを書いている。

「ひとたび人民の多数者自身が、自分の抑圧者を抑圧することになると、抑圧のための「特殊な力」はもはや不必要となる。つまり「国家権力の諸機能の遂行そのものが全人民的なものになればなるほど、ますます国家権力の必要度は少なくなり、したがって「国家は死滅し始める」

革命が成就し、権力をふるう統治機構もなくなって誰もが平等で自由な生き方が可能となった共産社会における「大衆」こそ、ほんとうの大衆、つまり吉本はそこを基点に「大衆の原像」をイメージしていたのである。しかも、この「原像」という言葉は吉本オリジナルで、当時の辞書にも載っていない。

しかし、その概念は吉本にとって 証明不要の「公理」であった。

これを民主主義原理主義とすれば、市民の代表格であるインテリがああだこうだ言うことはみな修正主義になってしまう。修正主義はスターリンと同じ人民の敵である。

これを称して、この本は、「吉本大衆神学」と揶揄している。

大衆の原像とは現実には存在しない、遠い未来の大衆の姿を夢想している、いわば幻像だったのである。

原理主義つながりで、妙なところから話を始めてしまったが、例によってこれは書評のつもりはない。書評などという偉そうなものを書く資格も能力もないことはお立ち会い周知のところ。個人的感慨とでも思っていただきたい。

個人的感慨ならば、すでにこのブログで「吉本隆明」と題して書いている。これも呉智英先生の批判をきっかけにしたものだが、今度またこの本で、目から鱗が何枚もはがれ落ちる思いをしたので、そのことを書き記しておこうと思ったのである。

呉智英さん(以下敬称略)が吉本隆明を読むきっかけになったのは、「お前、吉本も読んでないのか」と他人からマウンティングされたくなかったからだという。「マウンティングとは、サルの群れの中で上位者が下位者に自分の優位性を誇示確認するために交尾類似行動をとることである。俺の方がお前より上位なんだぞ、分かったか、というわけである。学生はこの世に生まれてまだ日が浅いので、サルからあまり進化していないのかもしれない。」(P13)

確かにあの時代は、同級生や仲間からバカにされるというのは恐怖であった。だから、興味のあろうがなかろうが、理解できるかどうかはともかく、他人の知るところのものは「読んだ実績」を示すだけのために片っ端から読んだ。「吉本隆明を知ってるか?」「ああ、○○を読んだよ。」といえば、とりあえずマウンティングを避けられた。それでも突っ込む奴はいる。「それで、俺はこう思うが、君は?」というのはかなりサル度の高い奴で、応え方次第ではマウンティングされる。

なるほど、あれはサルと同じ行為だったということにあらためて思い至った。

してみれば、昨今話題の「いじめ」問題も、これで解釈できるのではないか。小中学生は、高校生や大学生よりもまだ「進化」していないから余計にその行為が本能的というか理屈をこえたものになる。西欧は長い時間をかけて「理性」というものを作りあげたが、僕らはもともとサルだという前提でもう一度考え直した方がいいのではないかとも思う。いじめもパワハラもDVも僕らがうすうす気づいていることだけれど、サル度の高いものの行為であると解釈したら、新たな対策の芽も出てくるような気がする。

ところで、「言語にとって美とは何か」を目にしたのは確か高校時代だった。目にしたと書いたのは、何が書いてあったか記憶がほとんどないからだ。取りあえずタイトルの意味だけでもと思ったが、歯が立たなかった。当時の友人たちも、その話題を避けていたところを見ると、理解したものなんていなかったのではないかと思う。しかし、 世の中には、あれでマウンティングされたものも多くて、 「言語美」(と省略されている)は難解で、テーマも何か玄妙なものに違いないという印象だけは定着した。これは彼のもっとも初期の作品であり、この本が吉本隆明の評価を決定的にしたのである。

どういうわけか、僕の本棚に古ぼけた「言語美」第一巻が紛れ込んでいるが、これを手にして呉智英の解説を読むと、吉本が言いたかったことが非常によくわかった。一言で言えば、社会主義リアリズムに支配されていたプロレタリア文学はくだらん、ということを言語論を土台にして説いたものということができる。

今さらプロ文でもなかろう、といっても当時の文学界の最重要テーマであったことは間違いない。二巻本合計600ページ以上も使って、政治から力ずくでも文学を引きはがさねばならなかった時代であった。「なんとまあ」という感慨がわいてくる。プロ文は、こんなに力説しなくともこのあとあっけなく姿形もなくなったのである。そして、あれから長い時間が経ったが、僕はこの間、「言語美」が重要文書であるとして、それから幾ばくかでも引用したという文章に出会ったことがない。

この長大な著作に圧倒されて、短いものなら何とかなるのではないかと、やはり初期の作品「藝術的抵抗と挫折」を手に取ったことがあった。(分からないものに金を払うのは我慢がならないたちだから立ち読みだったかもしれない。)

この本の巻頭には「マチウ書試論―反逆の倫理」というエセーが収録されていたことはよく覚えている。

それはこのような文章からはじまる。

「マチウ書の作者は、メシヤ・ジェジュをヘブライ聖書の中のたくさんの予約から、つくりあげている。この予約は、もともと予約としてあったわけではなく、作者がヘブライ聖書を予約としてひきしぼることによって、原始キリスト教の象徴的な教祖であるメシヤ・ジェジュの人物を作りあげたと考えることが出来る。」

まだ大学生だった僕は、大急ぎでこの本をとじ、自分が必要としている勉強に戻るべきだと思った。

呉智英は、マウンティングされまいと、この晦渋きわまる悪文を必死に読んだらしい。そしてついに解読した。

僕が大笑いしたのは、この解説を読んだときのことだ。

聖書のことらしいが聞いたこともないと思っていた「マチウ書」は、なんと「マタイ伝=マタイによる福音書」のことだったのである。(ここで、まず最初の大笑い!)

そして、メシア・ジェジュとは何か新手のメシアがあらわれるのかと解釈していたが、じつは救世主イエスのことだった。(二度目の笑い!)

また頻繁に出てくる「予約」という言葉も「預言(あるいは)予言」とすればすっきり意味がとれるという代物で、この書き出しの文章を呉智英は、読みやすく意味がとおるように書き直してくれている。

実は、「マチウ」も「ジェジュ」もフランス語版聖書を使ったためにフランス語読みしたというのである。英語版の日本語訳が荘厳すぎるから、フランス語版を使ったという理解不能な理由であった。してみれば、仏語マタイにあたる名前は、mathieu (hは発音しない)であり、仏語 Jésus の読みはジェジュ(母音に挟まれたSは濁って発音される)である。怖れ入谷の鬼子母神、僕は言葉を失って、ただひたすら笑いをこらえた。(この直前、娘が現れて「キモイ」といいやがったからだ。)

つづく

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