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2011年10月 3日 (月)

角幡唯介の新刊二冊を読んだ

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角幡唯介「空白の五マイル」が面白いというので、本屋に行ったら最新刊の『雪男は向こうからやってきた』しかおいてなかったからそれを先に読んだ。(読み終わってすぐに「空白の・・・・・・」を手に入れたけど。)
『雪男・・・・・・」は、角幡がイエティ・プロジェクト・ジャパンと称する雪男捜索隊に加わって、2008年八月から十月にかけてヒマラヤに滞在したときのドキュメントである。早大探検部以来、チベットの秘境、ツアンポー峡谷の空白の地図を埋めるという目的にとりつかれていた彼自身は、雪男のような未確認生物に興味を持ったことはない。新聞記者を辞めたばかりのタイミングでもあり知人の誘いにのった形である。Yukiotoko_2そんなことだから出かける前の数ヶ月の間に、文献を漁り、雪男を見たあるいは足跡を発見したという人を訪ねて入念な取材をしながら心の準備をしている。

 

登山家の芳野満彦、田部井淳子、今井通子などのほか、ルバング島で小野田少尉を発見した鈴木紀夫の妻にも会っている。鈴木は、ルバング島の後、雪男捜索にのめり込み、何度も挑戦したあげく雪崩にあって命を落としている。
この鈴木紀夫に角幡は、格別な思いを持ったように見える。鈴木は、ルバング島の残留日本兵発見によって一躍冒険家としての名声を手に入れたかに見えたが、しかし、実際には主客は逆転していた。ときに鈴木は「小野田さんによって『発見』された鈴木」と自嘲気味に自己紹介することがあったという。
何度もヒマラヤの同じ場所に足を踏み入れ、雪崩が頻発する谷とわかっていながら雪に埋もれるというのは一体どうしたことか?ルバング島のあと鈴木は結婚して子供までいた。無謀なことをあえてする年でもない。そのとき鈴木の目に探していた雪男の姿が写ったのか?あるいはまた・・・・・・。冒険家の死はなぞをうむ。

 

そのころ、僕らと同じいわゆるヒッピー世代の若者は、世界中ふらふらさまよっていた。今思えば、同世代の鈴木が、なぜルバング島に出かけたのか不明であった。あのときは、たまたまたどり着いたところで元日本兵と出会っただけだと思っていたので、少なくとも僕は、鈴木を世に言う冒険家などとは思わなかった。実際には、山にこもっていた二人の日本兵が銃を持って、時折麓の村を襲っていたと言うから、会いに行くのは危険であった。したがって、マスコミも世間も冒険家として認めたかどうかはともかくその勇気はたたえた。
その後、雪男探検をしていると分かって、どこかしら滑稽なものを感じていたが、意外にも本人は大まじめだった。その「発見」が名誉挽回、こんどこそ本物の冒険家の証になるはずだったというわけである。

 

角幡は、新聞記者を辞めて職業としての冒険家に否応なくなろうとしているとき、これから向かおうとしているヒマラヤの山中に消えた鈴木の人生について考えざるを得なかった。むろんそれと自分が重なると言うことではない。何か冒険家という業のようなものを鈴木の生き方に感じたのかも知れない。

 

そういえば、昔、植村直己の書いたものを続けざまに読んだことがあった。おそらくすべて読んでいる。細かいことは忘れてしまったが、彼が何故最期になった厳冬のマッキンリーに単独登頂を試みたのか、確か未だになぞのはずである。その必然性もなかった。その四年前に目指した二度目のエベレスト遠征で、登攀途中、若い隊員を死なせてしまったことが尾を引いていたと言うものもいるが、その心の内は誰にも分からない。冒険家の死はなぞなのである。

 

今唐突に思い出したが、今給黎教子がヨットで単独世界一周をして帰還したときだったと思う。彼女はおそらくそのときは無名であった。集まった記者たちに金を請求したことが報道されたので記憶に残った。前代未聞の有料記者会見だったのである。このときは、強い違和感を覚えた。女性初(?)の単独世界一周だったのかも知れないが、誰が頼んだわけでもなく、勝手に行った行為であり、メディアが報道しなければそれまでの話である。冒険には違いないが、アマチュアが趣味でやったことにすぎない。話を聞きたいなら金を払えと言うのでは、「知られたくない。そっとしておいて欲しい。」と言っているようなものである。
このときテレビに映った今給黎の顔は、見にくくゆがんでいるように見えた。金も暇もかけたのだから急いで取り戻そうとしているように写った。本人にその気はなかったかも知れないが、有料だと言われたとたんに冒険は不純なものになった。金のために命を張ったのである。
いま、今給黎はヨット教室をやったり講演などで忙しくしているらしいが、若い頃の冒険の上に生活を築いていることを考えれば、あの「有料」記者会見などをやる必要もなかったのである。あれは彼女のキャリアの汚点であろう、(と思って事情を確かめようとしたら、少なくともWeb上にこの記録は痕跡すら残っていない。ひょっとして、記憶違いか幻だったかも知れないから、知っている人がいたら教えて欲しい。)

 

ところで、この文は書評を試みているわけではないことを早めに言っておく必要があった。「雪男は向こうからやってきた」と「空白の五マイル」の書評ならWeb上にもたくさんあるので、僕がとやかく言うべきものでもない。
言いたいことは二つである。
まず一つは、上にも少し触れたが、冒険家という職業が成立するのは何故か?ということについて、一言言いたいということである。そんな小難しいことを一言で済ますわけにいかないのだが、こんなところで体系的に語るわけにもいかないので、角幡のブログに書かれていた見解に沿って話そうと思う。
もう一つは、角幡の記述と文体の問題である。これについては、ほとんどの書評がほめている。新聞記者を五年もやっている男をつかまえて、今さらお前が何を言う、というむきもあるかも知れない。むろん水準以上で、だから売れていることを認める。しかし、僕には不満がある。その点を話そうと思う。

 

まず、角幡のブログ(9/22付)に書いてあることである。
「日本山岳会会報「山」と産経新聞に掲載された国立民族学博物館小長谷教授の文章について」と題されたものである。
この文章の末尾には「小長谷さんの文章を読むと、知的でない人間がリスクに酔って、勢いで冒険し、賞をとった、との論旨に読めてしまう。読者にバカだと思われるのは癪なので、一応、自分が普段考えていることを簡単に記した。」とあって、これは抗議の意味を込めたものである。

 

「今日、日本山岳会から「山」という会報が送られてきた。私は同山岳会の会員ではないので、なぜかなと思ったが、私の『空白の五マイル』が梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞したことを記事にしたので送ってくれたらしい。

その記事に小長谷有紀さんという、国立民族学博物館教授の方が書いた文章が掲載されていた。読んでみると、この文章には、いくつか看過できない点がみられる。日本山岳会の会報くらいなら、黙って見過ごしてもいいが、もともと産経新聞(8月4日朝刊)に掲載された記事らしいので、一応指摘しておく。文章は『空白の五マイル』が梅棹賞などを受賞したことと、本のおおまかな内容を伝えて、次のように続いている。

 

本人のブログには「書くことを前提に冒険行為をした場合、原稿に書くことを常に意識して行動するため、行為がどうしてもそこにひきずられてしまう。わたしの場合は書くことを前提に探検や冒険をするので、よって行為としては純粋ではない」とある。
彼にとって、探検と冒険は同義であり、どちらも純粋だが、書く目的があると不純になるというわけだ。さしずめ、結婚を前提としたおつきあいは純愛にはならないということか。
梅棹なら、行きたい、見たい、知りたいという衝動と同じくらい、書きたい、伝えたいという衝動があることを、きわめて純粋に愛でたのではないかと想像される。」

 

角幡は、これに不満だったために、二つのことを指摘している。
まず、自分は「探検」と「冒険」を同義に扱っていない、ということ。
これについてはもともと別の意味を表す言葉だから当然と言えば当然である。小長谷教授の筆が走った勇み足である。「結婚を前提に・・・」云々という一見もっともらしいたとえも位相の違うものを並べてピントがずれている。そこに漂う揶揄するような匂いは不快だったかも知れないが、角幡もあまりこだわる必要もなかった。
次に、「行為は書く目的があると不純になる。」といったことについて、おおよそ次のようなことを補足として言っている。
登山家は頂上を目指すのが目的で、書くのはあとから結果をなぞることになる。従って、目的が書く行為から独立しているから純粋といえる。一度の行為で一冊の本にすることを目的にしている自分としては、「設定自体が物語ることを前提に規定される」場合があるのはやむを得ない。それを純粋でないというならそのとおりで、 行為と表現の間には微妙な関係が生じざるをえない。

 

言っていることは理解できるが、これが少しいいわけがましく聞こえるのは、「一度の行為で一冊の本」が目的という言葉に、読むものも角幡自身も引きずられているからである。つまり、本を書くことが目的で、探検ないし冒険はその手段であると誤解されかねないのだ。授賞記事がやや皮肉っぽい語り口をおびたのは大人げないともいえるが、小長谷有紀が引っかかったのはどうもそこにありそうだ。
もともと小説家である開高健が、巨大魚を釣りにあまり人の行かない秘境に出かけるというのなら、そういう言い方も成立する。しかし、さすがに開髙も「一冊の本を書くために」冒険の旅に出るとはいわなかっただろう。彼は「純粋に」釣りが好きだった、ということは端から見てもよく分かった。
開髙が旅に出て、そこで出会った出来事や見たこと、感じたこと、考えたことを本にすれば、それには一定の数の読者がついていて本は確実に売れた。本を書くために冒険するという「たとえ」も嫌みなく成立したといえる。
しかし、それは「たとえ」であって、彼における釣りは「純粋」に彼の欲求であり、幸か不幸か、対象=目的は「幻の」「巨大」希少魚でなければならなかった。
「幸」の部分は、対象魚が凡百の釣り好きをはるかに超えていることであり、「不幸」は、趣味の域をはるかに超えた金がかかることである。

 

昔、ニューヨークが世界で最も危険な街と言われていた頃、住んでいた友人が「そのとおりだが、一方で、ニューヨーカーは、この顔の皮膚がひりひりするような、肩のあたりが張ってくるようなあぶない感覚がたまらないのだ。」といっていた。人間は、そういうじんわりと漂う恐怖が必ずしも嫌いではないらしい。
冒険家の感覚は、それとは次元が違うかも知れないが、ときに自然と一体になり、ときに自然と対峙して命のやりとりをするという究極の「リスク」を味わう苦痛を客観的に見られる能力を持っていることは確からしい。

 

角幡が「高い給料をくれる」朝日新聞を辞めた理由は、推量するに、個人としてこの「究極のリスク」を犯すことを大新聞社は許さないと判断したからだろう。将来は欧州か米国のどこかの支局長を務め、やがて論説委員になって高みから世に警鐘を鳴らし、高い収入と社会的地位、安定した老後を確保して一丁あがりのような人生は、想像すらできなかったに違いない。山一つ超えたところに何があるのか、それを確かめて進むのが俺の生き方だと思ったときに、人もうらやむ境遇をおそらく躊躇なく捨てた。
目の前には学生時代にやり残したツアンポー渓谷がある。単独でやるだけの費用は持っている。しかし、それをやりきって、その先に何があるのか考えもしなかった。とはいえ、これから先毎月の給料はどこからも振り込まれない。どうやって暮らしを立てようか?
考えてみれば、自分は五年間新聞記者として記事を書いてきた。かせぐと言う意味で、実績と言えるものは文章を書くこと以外にない。自分の行為を本に書いて、それが売れれば何とか暮らしが立つと考えるのはごく自然の成り行きであろう。

 

角幡は、出発点において、開髙健でも梅竿忠夫でも本多勝一でもなかった。彼らの境遇とは対極にあって、徒手空拳で自分のやりたいことに挑み、あとは朽ち果てるかも知れなかった。名もなく朽ち果てないためには本を書くこと以外思いつかなかったのである。
そしていつしか自分の行為=探検、冒険と本を書くことが切り離すことができなくなり、本を書かなければ「行為」は成立しないとまで思い込んだ。しかし、行為そのものこそ真実で、それを言葉で表現することの間に生ずるある種の乖離、それは何につけ書くことにつきまとう必然的な「差異=隙間の存在」と言ってもいいのだが、その本質的な関係を「不純」と思ってしまったのだろう。
そんなところに不純も純粋もない。登山も探検も冒険も行為である。書いたものはそれを伝える表象で、たとえば映像ですらも体験そのものではない。その間を補完するのはただ一つ、読み手、受け手の想像力だけである。

 

小長谷有紀も教授と言うくらいだからいい加減分別のある年だと思うが、若い角幡が「不純」と言ったところで、そんなところに拘泥して皮肉混じりに混ぜっ返すのもいかがなものか。
批判はこれくらいにしようかと思ったが、次の文には少し問題があると思うので付け加えておこう。
「 梅棹なら、行きたい、見たい、知りたいという衝動と同じくらい、書きたい、伝えたいという衝動があることを、きわめて純粋に愛でたのではないかと想像される。」といっていることである。

 

探検や冒険が「衝動」という素朴で子供じみた欲求に根ざしているという認識が間違っているとは言わない。また、それを何らかの方法で伝えたいという気持ちが生ずるのも頷ける。ただし、その「言辞」が正しいのは、少年少女向けという限りである。

 

実際は、探検や冒険はそのうらに侵略や軍事や商売が隠れている場合があり、登山にしても国威発揚や功名心とか、その動機が必ずしも俄にわいた「衝動」だけとは限らないことをすでに僕らは知っている。登山や冒険は、その多くは結果だけが伝えられるが、到達のプロセスにおいてどのくらいの金がかかったかは誰も知らない。そしてそれがどんな方法で調達されたかほとんど誰も問題にしない。GPSを使って位置を知り、飛行機で補給を受けて達成される冒険もある。角幡も言っているが、グーグルアースのある時代に何が探検か?と。
また、登山家や冒険家が同時に読むにたる本を書けるだけの文章家であることが希有であろうことも僕らは経験上知っている。小西政継がグランドジョラス北壁を登りながら、この体験は是非書きたいと思ったかも知れないが、一人でできる技ではない。出版社や編集者やその他誰やらプロ集団がよってたかってできた本であろう。思うに長谷川恒夫や加藤保男、植村直己しかりである。
開髙健は文章家だが、彼の冒険のためにコックを雇い通訳とガイドに、CF撮影隊までつれて秘境にでかけた。彼がやったことは、その連中相手の際限ないおしゃべりと魚がいるらしい場所までつれていかれたボートの上で、ウイスキーをやりながら竿の先に魚がかかることをひたすら待っただけのことである。

 

僕は、それらを批判する気があって言うのではない。どんな便利な機械を使おうとどんなに金をかけようとまた、本人がひねり出した文章でなくても、その探検や冒険が不純だなどとは思わない。
ナイーブな好奇心が純粋で、技術もないのにただ伝えたいと思う心だけが純粋ならば、そこからの逸脱は不純と言うことになる。世の中はそんなに単純なものではない。今給黎教子は有料記者会見で世のひんしゅくを買ったが、かかった金をどうしてくれるんだというはしたない本音がでただけで、成し遂げたことが正当に評価されたから今日があるのだろう。また「オーパ!」はその怠惰な冒険にもかかわらず版を重ねたのである。
それらが評価されるのは、純粋だからではない。不純な動機や欲得も含めて様々な事実が重なり合ってできた結果を、金を出して消費するだけの価値があるか、俄仕立てのタレントが書く「小説」よりは、その「事実」の方が面白いと思えるか、あるいはどれだけ「快挙!快挙!」とはやし立てたかといった要素が複雑にからみあって、それは探検や冒険に「なる」のだ。

 

「純粋に愛でる」などという小長谷のような言い方には、探検や冒険に「純粋」があるかのような、あるいはそれを要求するようなニュアンスがある。小長谷にしてもその師匠である梅竿にしても、「純粋」であることが可能だと思うところがいかにも学者の脳天気なところで、長年税金で仕事をしていると、物事をやるには金を稼ぐとか集めるとかの苦労が存在することに気づかなくなるものだ。
「梅棹忠夫・山と探検文学賞」の主旨はそれでいいが、純粋さを気にするあまり、「一冊の本を書くために」といった動機に言いがかりをつけるような野暮なことはしないでもらいたい。

 

冒険家という職業が成立するのは、確かに子供じみた「純粋な」衝動がきっかけになるかも知れないが、むしろそれを実現するコストを資本主義的システムの中でどう調達するかという現実的な、生臭いと言ってもいい問題にかかっているといえる。たとえ、それがあったところで、冒険や探検の価値が下がるなどと誰が批判するだろうか?われわれの社会の成熟度はそんなことを許容しないほど低くないはずである。
さらにいえば、グーグルアースの時代の探検や冒険は変質していくかも知れないが、「行きたい、見たい、知りたい」衝動がなくなるとは思えない。しかし、それが個人の体験にとどまるかぎりでは、それは世間的には存在しないことになる。 外に向かって表現され伝えられてはじめて、「事実」が誕生するのである。そして、それが価値をうむのもまた資本主義的なシステムに運命づけられているといえるが、それでもなお、人がその物語に関心を寄せ、探検や冒険に感動する理由は、それが自然と対峙して命のやりとりをするドラマであり、その行為こそが究極の人間的自由の表現であると思えるからある。

 

(この角幡のブログで翌日、小長谷有紀が女性であることに気づいて「昨日は言い過ぎた」という反省の弁を書いていた。

 

「…女性だったら印象はぜんぜん違う。たとえばさっき批判した最後の「リスクといえば、わたしたちは今、山にのぼらずとも、十分に大きなリスクとともに生きていることを強いられている」という部分も、そうだよなあ、女性的なやさしい発想だよなあ、と納得できた。「純粋に愛でた」という部分も、そりゃそうだ! となったのだが……。」

 

僕としても、産経新聞の記事にあたってから書くべきと思って探したが、どうやっても見つからなかった。だから、小長谷が書いたものを確かめていないので、角幡が引用した部分だけでこれを書いたとことわっておきます。それでも、「山に登るリスクと生きているだけでもリスク」という言葉には、そんなバカな比較があるものかと思うが…)

 

つぎに、不満があるといった方である。
幸い、角幡唯介は文章家である。彼の探検や冒険を描いたものに筆を入れようという出版社も編集者もいないだろう。
「雪男は向こうからやってきた」は、前にいったとおり、事前調査は徹底している。特に、関係者へ直接会って取材を行う場面は、さすがに新聞記者らしい手腕で、その文は簡潔にして明快、刑事物の小説を読むような謎解きのスリルがある。資料の並べ方も、読者が雪男探索の100年の歴史を概括的に頭の中に描けるようになっている。
問題は、探検の場所に入ってからである。
ダウラギリⅣ峰を目指すルート上にあるという捜索エリアは、添付されている地図を見ればわかるが、文中の現在地がこの地図上のどこにあるのか、回りの様子はどうなのかという点が文章からはわかりにくい。実際に読者がそこに身を置いたら何が見え、行動にどんな難儀があるのか実感しにくいのである。
この場所と少し下のジャングルとの位置関係やジャングルの様子、集落との距離など読者の頭の中に関係地図が自然に描かれるように書かれていない。書き手が、移動した自分の回りを標準レンズだけのカメラで写すような描写は、読んでいて疲労感があるのだ。
現代人は映像によるプレゼンテーションになれているので、言葉によって自分の中にその映像を再現しようとする。普通の読者が行ったこともないところだから、かなり言葉を選んで描写しなければ、不完全な映像ができあがって不満がつのる。

 

精読していっていることではないので、単にこっちの頭が悪いだけのことかも知れない。ただし、「空白の五マイル」のほうも現在地がどこなのかかなりわかりづらい。こっちは、大まかな地図さえ頭の中に描けない秘境のことだから何がどうなっているのか添付の地図に何度も戻りながら読むしかなかった。
特に道のない藪こぎの場所では、植生がどうなっているのかあまり説明がないので、以前見たことのある南方のジャングルをなたで切り開いて進むような場面を違うだろうなと思いながら取りあえず想像しながら読むことになった。シャクナゲが特徴的に登場するが、これは普通われわれは花として知っている植物で、これが薪になるような灌木であることを知らなかった。ほかにも植物はあったはずだが、筆者の興味はシャクナゲ以外には向かわなかったと見える。

 

この状況の描写は、ただでさえ難しい技だから次回以降に期待するのであるが、反面行動中の心理描写となれば俄然訴えてくるものがある。特に最終章、「二十四日目」の飢えと死が迫ってくる緊迫した様子は、はらはらどきどきの連続で読者の胸をしめつけ、一気に読ませる力がある。
むろんそれが、探検や冒険の話の醍醐味なのだが、この大団円をどう準備するかが途中の風景描写や舞台装置の説明にかかっているというところもあるので、一冊の本にするなら、緻密に計算してかからないといけない。

 

それが、この二つの本ではなかなかできなかったのではないかと同情する面もある。
二冊とも、実際に行動する場面と取材や集めた資料の説明部分のバランスが非常に悪い。理想を言えば、関連情報を一とした場合、実際の行動は二ないし三ぐらいの量になるべきだが(この場合は説明資料が二であってもいい)そうはなっていない。
おそらく、三百ページが出版社のあらゆる意味での見積もりの限界だったのだろう。三百ページを前提とすれば、このテーマの場合、行動部分をかなり圧縮せざるを得なかったのではないかと想像される。
文庫版にするときにでも増やしたらどうかと思う。
(よけいなことだが、ついでだから、この手のものを集英社が得意とは思えないといっておこう。)

 

以上、書きなぐってしまったが、結論として僕が言いたいことはただ一つである。

 

角幡唯介という若いドキュメンタリー作家の誕生を寿ぎ、彼の探検と冒険が長く続くように祈る。
そして、それが持続するために僕らができることは、彼の書いた本が出版されるたびにそれを購入して読むことである。
がんばってくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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