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2010年10月 6日 (水)

デジタル出版のお知らせ

2 このたび、でじたる書房(http://www.digbook.jp/)から拙著『「ボトルウォーターの輸出が疲弊経済を救う」―地方再生のマーケティング戦略―』を出版いたしましたのでお知らせいたします。
詳細は、キューズ・ギャラリー(http://qsgallery.art.coocan.jp/)の表紙―中村隆一郎の項から入っていただき、ご覧いただきたいと思います。

日本には1,400兆円の個人資産があるといわれています。けど、そんなカネを誰も見たことはない。使ってないなら株を買え!と政府がはやし立てたが、誰もばくちに手を出さなかったのはご案内の通りです。あれはやったものしか分かりませんが、まともな「投資」とは縁もゆかりもないばくちのようなもの。素人の手出しするモノではありません。
さて一体、このカネはどこに眠っているのでしょう。経済評論家もジャーナリストも政治家もこのカネがどこにあるか指摘した者はいません。行方不明のカネがあるはずだというばかりでした。
まあ、どこかにあるとしましょう。 ばくちはいやだが、子々孫々我が故郷日本が向こう100年間、いやそれ以上だまって豊に暮らしていけるとわかったら、おそらく1,400兆円は動き出すだろうと思います。将来不安が、お金を使う気にさせないわけですから。まともな事業に投資するならそんなにたくさんはいらない。1兆円の資本金といったらとてつもないことが分かるはずです。 思い切って言いますが、いくらあるかは別にして、その個人資産は地方にあります。
ついこの間まで日本の人口の大半は「地方」に住んでいたのですよ。この人たちが戦後の成長期に大金を抱えて都会に流れ込んだと思いますか?
ただ、放っておけば資産も減ってやがてはゼロになるでしょう。
地方が死ねば、日本も死ぬ。それは「経済的に」という意味だけではない。日本人の全体的な死という意味で。
地方再生は日本が実は水資源大国だと自覚することから始まります。

政府も地方行政府も日本の水道事業を輸出しようとしていますが、それはそれで正しい。しかし、やがてその大本である水源が涸れようとしています。水道水などは水の全体需要の十分の一ほどに過ぎないから浄化技術で循環すればどうにかできます。問題は、七、八割を占める農業用水と工業用水です。特に大陸内部の帯水層がすでに進行している大量の揚水によって数十年のうちに枯渇する事がほぼ確実です。(中国内陸部は深刻な状態、イスラエルの農業用水も輸入が始まっている、オーストラリアも水の供給は不安定)
カナダ沿岸部のどんな小さな村も、水の輸出を考えないところはないというほど、この問題は注目されています。
僕らとしては、絶好のチャンスとばかりに、騒ぎ立てるつもりはありません。
水が「商品」になった!のには原因がありますが、なった以上は仕方がない。水は人間の生存にかかわるものだといって「公共財」を主張したところで、もはやそれを止められるモノでもありません。日本は、幸い世界に水を分けてあげられる地理的条件にあります。ルールを決めるイニシャティブをもっているわけで、今世紀中に必ずやってくる水問題にいまからコミットする必要があるのです。
その資源が眠っているのは「地方」の土地の下です。
これを大資本や外国資本の手から守るために1,400兆円(の内のいくらか)が使われるなら惜しくないと思ってくれるはず。そう信じています。
具体的な方法は、是非拙著をお読みください。

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