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2010年6月27日 (日)

池田信夫のいうことには巨大な?マーク。

池田信夫(上武大学教授)というひとが、Web上で随分話題の人物だと知ったのは、たまたまNIftyのニュース欄で「「無原則なバラマキ福祉」が経済破綻を招く」という見出しをクリックしたのがきっかけだった。
無原則なバラマキは何であれいつかは破綻するのだから、その限りでは間違いはない。現政権の政策を批判するもので、歳出の構造(特に社会保障費が増加し続けるという)を変えないと破綻するというのがその主旨である。

「したがって増税とともに、福祉支出を合理化して「支出も小さな政府」にするしかない。・・・福祉の充実と財政再建を両立させる基本的な考え方は、個人の所得によって再分配を行なうことだ。・・・もっとも合理的なのは、老人福祉や地方交付税や公的年金などの無原則な社会保障を全廃し、『負の所得税』のような非裁量的なルールで所得を再分配することだ。負の所得税とは、課税最低限以下の低所得者に『マイナスの税金』つまり所得補償を行なう制度である。」
ということは、課税最低限に達しない年収のものには戻し税のような形で、その差を半分くらい埋めてやるということにして、(年収300万円が課税最低限だとして、その人の年収が100万円だとするとその差200万円の半分100万円を『負の所得税」として支給する)無原則な社会保障を全廃するという主張である。

これによって、福祉官僚は要らなくなって厚労省はなくなることになる。だからこんな効率的な政策にも関わらず、各国とも仕事を失いたくない官僚に反対されるので実現しないのだそうである。
僕は経済については素人だが、この説はなんだか変だと思った。

たとえば、年金支給をやめたら老人は皆一律収入がゼロになる。どうするかといえば、収入がないのだから、生活保護か負の所得税を貰うしかない。どっちにしろ最低生活は憲法が保障すると言っているのだから、国が何とかしなければならない。負の所得税でいくとしたら、課税最低額が300万円だとすれば、その半分は配分を受けることになるから皆一律150万円支給されることになる。あとは医療費も何も勝手にやってくれと言うのだ。しかし老人が国民全体の25%いるとしてこの金だけで約45兆円かかる。これも年々増加する。今の税収はご存じの通り40兆円にも満たない。なのに一体この金をどこから出すのだろうか?もし、出せないとしたら、老人は早く死んでしまえと言っているようなものだ。

つまり、こういうのを典型的な机上の空論という。財政再建するには厚労省を撤廃して財務省だけで税金の収集と再分配をやる、政府の役割をそれに徹するということらしい。これを実際にやろうと思っているのだろうか?かなり疑わしい。と思ったらこの人経済の専門家ではないのだそうで、NHKで番組をつくっていたヒトだけあって、かなり浮世離れしたことをいうものである。

経済を論じる人の話を聞く時はよほど気をつけていないといけない。まるで、それが現実で全体のようなことを言うが、それは、ホンの部分のそれもフィクションが含まれていたりするので油断がならない。『景気』という訳のわからない言葉がその『体系」に入っているというのもかなり学問的には怪しいものだ。『景気』を科学せよといっても正解はないというなら、その土台が所詮世界の『全体』ではないことの証左であり、その程度のものだと高をくくっていないとつい欺されることがあるから怖いのです。

地方交付税についても要らないという立場である。「本当に地域住民が自分のことを自分で決める「主権」をもつなら、税源移譲するだけではなく、税金は地方自治体が徴収し、そのなかから国に税金を払うドイツのようなシステムにすべきだ。」とはもっともな意見である。

また、「日本の地方都市がアジアの都市と競争するには、海外より高い生産性で勝負するしかない。したがって地方のなかでも政令指定都市のような中核都市に人口を集中して、付加価値の高いビジネスを生み出す必要がある。」そうだ。
この人は、別のところで、こうもいっている。
「1970年代の田中角栄の「日本列島改造論」以来、自民党政権が続けてきた「国土の均衡ある発展」を求めて地方に公共事業をばらまき、都市から所得を移転する政策は、結果的には生産性の低い地方に労働人口を固定し、生産性の高い都市への人口集中を妨げて成長率を低下させた。戦後の人口移動率とGDP成長率はほぼパラレルに動いており、人口移動の減った70年代以降に大きく下がった。」

つまり人口を集中すれば、経済は何とかなるという考えの持ち主らしい。
「人口移動の減った70年代以降に(GDPは)大きく下がった。」と言っているが、そそんな事実はない。実質成長率で見ても90年代初頭まで日本のGDPは順調に伸びている。何を根拠にいっているのか見当がつかない。たしかに工業化社会は、総人口の30%あった農村人口が10%に激減するという形で都市に集中し70年代初頭に一応完成を見るのだが、池田が言うようなデータはどこにもない。農業では暮らしていけない貧農が都市のブルーカラーになったというだけのことで、それが止まったからGDPに影響するなどということは常識的に見てもあり得ない話ではないか。

生産性の悪い地方は切り捨てて、「政令指定都市のような中核都市に人口を集中」した方がいいと言っているが、これもまた机上の空論である。この「生産性」ということを説明するのに「とくに今後、日本の地方都市はアジアの都市と競争することになる。中国の大連で時給100円でコールセンターのオペレーターを雇えるとき、日本で時給800円のオペレーターを雇う必要はない。」というのである。地方に残されているのはこうした労働集約的な産業しかないと決めつけている。また、何故日本の地方都市がアジアの都市と競争になるのかという説明もない。この場合、「何において競合するのか」を定義しなければ、議論にならないのではないか。労働集約型の産業では競争も何もはじめから話にならないのだから、アジアの都市とこれらの仕事を奪い合うことになるという議論はもともとが背理である。

それを解決する道は、「政令指定都市のような中核都市に人口を集中」することだというのも、随分と現実離れした話である。いま日本に政令指定都市は19ある。これに東京を加えるとその人口は約3500万人である。8500万人はそれ以外の地方に散らばっている。中核都市というのも40ほどあって、その住民は推定1500万人である。すると国民の半分以上はいわゆる田舎に住んでいるわけで、これを中核都市または政令指定都市に集中させるというのはよほどのインセンティブを効かしても可能なのかどうかわからない。東北地方には政令指定都市は仙台しかないが、全体で約900万人いる。これを仙台周辺に集めるにはめちゃくちゃなエネルギーを使いそうだ。あるいは各県とも中核都市である県庁所在地付近に集めると言うのですら事実上は不可能に近い。

そんなことをするよりは地方に自立できる経済基盤を作り出すことの方がよほど効率がいい。もう工業化社会は終わって、情報化、消費化社会なのだから新しい産業は都市でなくても可能である。どんな産業がいいか考えた方がよほど効率的で健康的ですらあるのではないか。
というわけで、やはり池田信夫氏の意見には賛成しかねる。Web上で物議を醸す人物と聞いてこれでは宜なるかなと思った。

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