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2010年6月19日 (土)

今更ながらNAMのこと

そんなある日、どういうきっかけだったか忘れたが、柄谷行人が面白いことをやろうとしていることに気がついた。
NAM(New Associationist Movement)という運動である。その全貌を要約することは難しいし、ここでやるべきものでもない。幸い、この運動の「原理」をまとめたものがあるので、そこからどんなものか感じ取っていただきたいと思う。但しわたしは、あくまでもマーケティングの立場でこれを見ているので、何も賛意を示すつもりはない。
「・・・実は、「NAMの原理」はまだ完成していないし、完成するものでもない。それは絶え間ない生成過程にあり、今後の実践の中で書き換え書き加えられていくだろう。とはいえ、これは、過去二〇〇年の社会主義運動を総括し、今後に、唯一、積極的で可能的な方向を与えるものだ、とわたしは思っている。少なくとも、それは、わたし自身にとって「希望の原理」である。・・・」(「原理」柄谷公人編、太田出版,その序文から) 
「資本と国家を揚棄する」ことを課題として具体的な運動を始めようというのがNAMである。
資本と国家は,本来別々の原理、資本は交換の、国家は奪取と再分配の原理に根ざしている。だから、われわれは資本と国家への対抗を同時に考えておかねばならない。マルクス主義者は資本主義を克服するために国家権力をもってしたが、国家固有の「力」に鈍感だったためにそれ自身が国家権力に転化してしまった。アナーキストは、国家さえなくなれば民衆のアソシエーション=協同的社会は形成できると考えたが、資本制の経済の「力」に鈍感だった。国家に依拠せず資本に対抗することが可能かという問いにアナーキストは答えを用意できなかった。
「われわれのいうアソシエーショニズムは、根本的にユートピアニズムとアナーキズムに由来するものである」からアナーキストが何故無力だったか、その批判が不可欠である。
現在、支配的になっているのは社会民主主義だが、それは資本主義経済をそのままにして、それがもたらす不平等や矛盾を、代議制民主主義を通して国家的な規制と再分配によって解決していこうとする考えである。それは第一次世界大戦が示したように結果としては資本と国家を延命することになるだけである。

 

第一次世界大戦が示したこととは、この戦争勃発に当たって、ドイツ社会民主党が反戦の旗を降ろしたのをはじめとして、各国社会民主党はそれぞれの政府を支持して戦争協力に踏み切り,民主主義=国家主義であることを露呈破産したと註に書いてある。
随分と昔の事例を引き合いに出したものだと感心した。一〇〇年前に延命させたなら、百年ももってしまったことになる。そっちの方が問題ではないかと思うが、それはともかく、現代が社会民主主義だという認識なら社民が何故いけないかという事例を現代の事象をもって指摘してくれたらわかりやすかった。
さしずめ、あの須藤なら「修正主義ではいつまでたっても革命は成就しないんだ」と怒鳴っていたかもしれない。どうも書生っぽいことを考えているなという印象である。ここで思い出したが、田原総一郎は口癖のように「それは社民ではないか」と批難する。それには「社民では何故いけないんですか?」と聞いた者がいないから、どういう答えが返ってくるかわからない。もしも、「資本と国家を延命するだけではないか」と彼が言ったら,明日からテレビで彼の顔を見ることはないような気がする。

 

また、NPOや地域通貨、教育制度の自由化などが国家の手で進められるのは、そうした負担を民間にゆだねようとしているに過ぎない。そんな非資本制経済が拡大して資本主義的経済体制に取って代わるというのは幻想である。
とはいえ、このような志向は国家と資本への対抗として活用することはできる。資本のグロバリゼーションに対してナショナルなあるいは地域的な経済や文化を保護しようという運動が起きていて、それは、反資本主義的な動機を持っているが、閉鎖的な共同体へ回帰しようとするのは誤りである。真のアソシエーションは、一度伝統的な共同体の紐帯から切れた個人によってしか形成されない。

 

この部分は、わたしがやろうと企てていることに近いが、なぜ伝統的な共同体から離れた個人でなければいけないのかは理解できなかった。当節「閉鎖的な」共同体などどこに存在するのだろう。「閉鎖的」ではなく「閉塞的」な共同体ならほとんど我が国はそういうものだらけである。

 

こうしていよいよあらためて資本と国家に対抗する論理を根本的に考え直さなければならない。一九六八年(パリの「五月革命」や米国の「ステューデントパワー」はじめ各国で起こったプロテスト運動)以後、前衛党と労働者が率いる革命運動に、学生や市民、女性、消費者などの非組織の反システム運動がとってかわった。これはアナーキズムの再生であるが、同時にそれが持っていた弱点を備えている。それは離散的で断片的でしかあり得なかったために国家と資本の対抗にはならない。そのような市民運動の課題が実現されても、それはブルジョワ革命の理念(人権)にふくまれているのだから、結局社会民主主義の枠内にとどまって、資本制経済がもたらす生産関係はそのまま残るのである。
今重要なのは、資本と国家の揚棄に対していかに明瞭な見通しを持つか、そうした多様で分散的な運動をいかに統合するかと言うことである。

 

須藤が再び登場して、
「おまえらがぐずぐずしていやがるから、俺は一足先に行くぜ。」と言っているような気がした。
「NAMは一九世紀以来の社会主義的運動総体の歴史的経験の検証に基づいている。そのプログラムは、きわめて簡単で、次の五条に要約される。これらに関して合意があれば、それ以後の活動はすべて、各個人の創意工夫に負う。」
(一) NAMは、倫理的ム経済的な運動である。カントの言葉をもじっていえば、倫理なき経済はブラインドであり、経済なき倫理は空虚であるがゆえに。
(二) NAMは、資本と国家への対抗運動を組織する。それはトランスナショナルな「消費者としての労働者」の運動である。それは資本制経済の内側と外側でなされる。もちろん、資本制経済の外部に立つことはできない。ゆえに、外側とは、非資本制的な生産と消費のアソシエーションを組織すると言うこと、内側とは、資本への対抗の場を、流通(消費)過程.におくと言うことを意味する。
(三) NAMは「非暴力的」である。それはいわゆる暴力革命を否定するだけでなく、議会による国家権力の獲得とその行使を志向しないという意味である。なぜならNAMが目指すのは、国家権力によっては廃棄することができないような、資本制貨幣経済の廃棄であり、国家そのものの廃棄であるから。
(四) NAMは、その組織形態自体において、この運動が実現すべきものを体現する。すなわちそれは、選挙のみならず、くじ引きを導入することによって、代表制の官僚的固定化を阻み、参加的民主主義を保証する。
(五) NAMは、現実の矛盾を止揚する現実的な運動であり、それは、現実的な諸前提から生まれる。いいかえれば、それは、情報資本主義的段階への移行がもたらす社会的諸矛盾を、他方でそれがもたらした社会的諸能力によって越えることである。したがって、この運動には、歴史的な経験の吟味と同時に、未知のものへの創造的な挑戦が不可欠である。

 

柄谷行人には、この運動を始める前からカントに関する著述が多く見られるようになった。ここで「倫理的」と言っているのは、他律的な道徳ではなくて、カントの言う他者の自由も認める自由な主体の相互関係を前提にした倫理のことを言っている。資本主義は,他者を手段としてしか認めないし、マルクス主義者にはそれが失われている。ゆえに、NAMは、倫理的ム経済的運動なのだ。この他者は過去と未来に渡っている。他者を単に手段としか認めないとすれば、人間に未来はない。
資本と国家への対抗運動というのは概念としてはこうだ。
資本制経済の無限の運動を止めるには、二つの方法があって、まず一つは資本が剰余価値を獲得する契機つまり労働力商品を購入することと生産物を売ることにおいて失敗することである。つまり、労働者=消費者は資本制経済の下では働くなと言うことであり「買わない」と言うことである。そのためには一方で、そのことを可能にする受け皿が用意されていなければならない。それがもう一つの方法である生産ム消費協同組合である。この生産ム消費協同組合や地域通貨経済の形成は資本制経済における内在的な闘争にとって不可欠であり、逆に不買運動という闘争は資本制企業を非資本制企業に組み替えていくことを促進する。NAMはこの二つの闘争を同時的に組織する。

 

これについてはわたしも少し考えたことがあるが、生産ム消費協同組合が実際にどのように組織されるのか具体的なイメージが湧かなかった。このプログラムの段階でそういうものはまだ形成されていない。
また「暴力的」でない、資本主義体制の中の議会には参加しないというのは主旨から言って当然のことである。
次のくじ引きの論理はこの原理の中でもっともユニークで面白い方法である。
柄谷行人は、「日本精神分析」(文藝春秋社、二〇〇二年)の中で「入れ札とくじ引き」という一章をもうけて書いている。
それは、菊池寛の「入れ札」という短編小説をとりあげて、彼が何故それを書いたか、その背景について説明するところから始まっている。この小説は、国定忠治が幕吏に追われて赤城の山から会津へ落ちのびる時のことが書かれている。例の、「赤城の山も今宵限り、かわいい子分のてめえたちとも別れ別れになる門出だ。」の名場面である。ここで菊池寛は忠治が子分を三人連れて行くという話にした。ところが「天保水滸伝」ではこのとき忠治は一人で山を下りたことになっている。何故三人にしたかというと、菊池寛には書きたいことがあったのだ。彼の小説はテーマ小説と言われるくらいでそのために話を作ると言うことがあった。
何があったかというと、三〇人の作家を集めた「現代小説選集」を出すことにして人選を始めると二〇人くらいはすぐに決まったがあと一〇人ほどを選ぶのに困った。そこで、無記名投票で決めようと提案して、結局そうなったのだが、菊池寛としては誰が誰に入れるかそれぞれ心理的葛藤があったのではないかと思った。つまり、選ばれる作家の中には自分自身に一票を入れる者がいるかもしれないと考えたのだ。それが、この短編を書くきっかけになったというのである。
柄谷がこれを引用したのは、入れ札つまり選挙というシステムによって何が起こるのかという問題を議論したかったのだが、それが、この「原理」のなかでは、分業によって官僚制が発生するのはやむを得ないが、その固定化を避けるためにくじ引きと組み合わせするという方法になって現れている。最終のところでくじ引きなら、世襲制などと言うことを考える者は誰もいなくなるだろう。
最後のテーゼは、情報化社会に移行した今日、インターネットがもたらす流通チャネルの変革や情報ネットワークの充実がこの運動をもっとやりやすい環境にしていくことは確実で、これをさらに活用することを考えなければならない、ということである。

 

さて、具体的に、たとえば「生産ム消費協同組合」はどうやって作ればいいのだろうか? まだ、この段階ではそれは示されていなかった。
参加するものは当面学生に限りたいという話だったので、それでは遠くから見守っていようと言うことにした。
それにしても、長く続いたポストモダンの不毛な時代に、なんだか頼りないが、一つの風穴があいた。うまく育ってくれと祈るような気持ちだった。
だが、それから二年ばかりたったある日、学生時代の友人と会って、この話をしたら、それは今はやめているのではないかといわれた。
どうしてやめたのかは何となくわかるような気がしたが、深く追求しなかった。

 

竹田青嗣の「人間的自由の条件ムヘーゲルとポストモダン思想」(二〇〇四年、講談社)は、冒頭の論文「第一章、資本主義・国家・倫理ムム「トランスポリティークのアポリア」で、この「原理」のもとになった柄谷行人の「トランスクリティークーカントとマルクス」(「批評空間」,二〇〇一年)を俎上にあげて批判を提出している。
(続く、かもしれない)

 

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