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2010年4月22日 (木)

 劇評「The 39 Steps 秘密の暗号を追え」

39steps

何とも忙しい芝居であった。
カナダからやってきた外交官、リチャード・ハネイ(石丸幹二)が、偶然出かけたロンドンのミュージックホールで妙な事件に巻き込まれるというミステリーなのだが、他に登場する女優一人(高岡早紀)と二人の男優(今村ねずみ、浅野和之)が、都合百四十もの役柄を次々に演じ分けながらハネイと絡みあって進行するというもの。
二時間もない芝居でこれだけのとっかえひっかえをやるのだから、あるときは右を向くと車掌、左を向くと刑事の衣装と一人の役者が同時に二役をこなすという笑える場面も現れる。めまぐるしく入れ替わる早変わりの技で、内容はともかくその高揚したスピード感を楽しませる芝居だと言っても過言ではない。

 

原作は、ヒッチコックの映画であった。何を見るのかわからずに劇場に行ったのだが、中に「サイコ」の包丁をかざすシルエットの場面や「裏窓」「めまい」の一シーンとおぼしき場面が一瞬だけ現れるので、それとわかった。あとで調べたら、どうも映画のシナリオをそのまま忠実に舞台に再現したものらしい。だから、主人公以外に映画に登場した人物を三人の役者で演じ分けることにしたのだろう。書いたパトリック・パーロウはよほどヒッチコックが、あるいはこの同名の映画が好きなのかもしれない。
これは、ブロードウェイでトニー賞に輝き、いまもロングランしているストレートプレイの輸入版で、キャストこそ日本人だが米国の舞台を忠実に再現したものである。違いは、向こうが未だにチケットが取りにくいというのに、こちらは実に短命に終わったことだ。キャスティングもなかなか意欲的だし、舞台も適度に省略されて小道具大道具の使い方もしゃれている。東宝としては、もっと評判になってもいいはずなのにと思ったかもしれないが、当てが外れてご愁傷様であった。たぶん高い著作権料とお雇い外国人などの制作費でペイしなかっただろう。

 

さて、事件はハネイが退屈しのぎに出かけたミュージックホールで起こる。
出し物は、ミスター・メモリーという記憶力が自慢のいたってまじめそうな中年男が、「○○年のダービーの優勝馬は?」とか「○○殺人事件の犯人は?」とかいう観客の質問を受けてそれに答えるというもの。メモリー氏は一日五十ものことを記憶し、いつまでも正確に覚えている。その脳は、死んでから大英博物館に寄贈されることになっているという。歩く百科事典とも言うべき人物だが、なんでも見せ物になるものである。
観客がその記憶力を試しているさなかに、客席の後ろでけんかが始まる。次第に騒ぎが大きくなり収拾がつかなくなるとそこで一発ピストルの轟音。驚いた観客が押し合いへし合い劇場の外に出てくると、ハネイのそばに一人の女がぴったりと寄り添って「あなたのうちへ連れて行って」という。
アナベラ・スミスと名乗る女は、自分はフリーの女スパイで英国の国家機密を外国に持ち出そうとするスパイ組織と戦っているのだが、敵に見つかって追いかけられているので一晩かくまってくれというのである。
半信半疑ながら、外を見ると怪しい二人の男の陰がこちらを覗っている。一応信じて別室に寝かし、自分も休むうち夜中になってドアが開くとアナベラがよたよた入ってくる。敵に襲われたと言って倒れ込むその背中にはナイフがぐっさりと刺さっている。これはいよいよ本当のことだ、英国の機密が外国に渡ってしまう、なんとかしなければとハネイは考えた。倒れたアナベラの手に紙が握られている。広げるとスコットランドの地図で、アルトナシェラという場所が丸で囲ってある。アナベラは、敵のボスは左手の小指の第一関節から上がない、地図の場所を示して「39ステップ」というパブに手がかりがある、と言ってこと切れる。

 

ハネイはアナベラの死体をそのままに、スコットランドに向かうことにする。外でうろうろする追っ手を巻いて、ようやくスコットランド行きの列車に乗り込む頃、アナベラの死体が発見されてハネイは、スパイ組織とスコットランドヤードの両方に追われることに。
順調に列車が進んでいると思っていた矢先、刑事が客室を調べているのが目に入る。とっさに女が一人でいる客室に飛び込むと、キスをしてハネイと名乗りいっとき難を逃れるが、戻ってきた刑事に女から「この男!」と告発され、再び列車の内外を逃げ回るはめになる。
この場面は、旅行鞄をいくつも並べてその間を縫って追いかけっこするというもので、列車のスピード感や捕まりそうで捕まらないスリルが喜劇タッチに表現されていて、うまい演出であった。
この騒ぎで、列車が橋の上で一時停止をした隙に柱の陰に隠れて刑事をやり過ごし、徒歩で北に向かう。日が暮れて一軒の農家に宿を求めると、美人の妻に強欲で嫉妬深い夫という取り合わせ。都会にあこがれる美人妻はハネイに好意を見せ、それに夫が焼きもちを焼くという具合である。
アナベラの地図を示して、場所を確かめるとそこは、ここからほど近いある大学教授が住んでいるところと言うことだった。地元の名士で大学教授ならスパイと関係はないだろう。
そこへ刑事が探索にやってくると、ハネイは夫に金を握らせ黙っているように言うが、妻の方は夫を信用していない。刑事と応対しているうちに、コートを着せてハネイを逃がしてしまう。
翌日朝、ハネイは地図の場所にたどり着く。
大学教授は娘の誕生日の祝いの最中だったが、歓迎してくれた。皆が帰ったあと、ハネイがこれまでのいきさつを説明し、敵のボスの手がかりは左手の小指がないことだというと、それは右手の間違いではないかと、自分の手のひらを目の前に差し出す。小指が途中までしかない。
大学教授はハネイに小型の拳銃を向けて、発射する。
その夜、教授は家族にいよいよ機密情報を国外に運ぶと言い残して、家をあとにする。
一方、殺されたはずのハネイは最寄りの警察署に現れ、かの大学教授は国際スパイ団の首領で、近く国家機密が教授によって国外に持ち出されると訴えている。
教授が放った拳銃の弾が、農家で借りたコートにたまたま入っていた分厚い賛美歌集にあたって、その中にとどまっていたのだ。気がつくと、クロゼットに放り込まれていたので隙を見て逃げたのであった。
ところが、ハネイの訴えを聞いていた警部は、国家機密が盗み出された事実はなく、スパイの話はでっち上げと断定、ハネイを殺人犯としてロンドン警視庁に送還しようとする。しかし、ハネイは片手に手錠をかけられながらも取調室のガラス窓を破ってその場を逃げ出す。
デモ行進に紛れて逃げるうち、とある演説会場へ。政治家に間違えられ演説させられるが、その最中にあの列車でキスした女と見知らぬ二人の男がやってくる。ハネイもこれまでと観念。女は、ハネイの首実検についてきただけでその場で帰ろうとするが、なぜか二人の男は同行するように言って車に押し込む。警察署を通り過ぎるので、どこへ行くのか聞けば保安官事務所とか、どこか怪しい。
夜の道を行くうちスコットランド特有の霧が辺りを覆って、石に躓いた車がエンコ。
女はいやがったが、手錠でつながれたままだから二人で逃げるしかない。どんなにスパイ話を説明しても女はハネイをただの殺人犯だと思っている。
渓流の中を歩き、霧の中をさまよいながら一軒の小さなホテルにたどり着く。嫌々ながら一つの部屋に手錠でつながれたまま寝ることに。
濡れたストッキングを脱ぐときに男の手がついてくるので随分となまめかしいことになるのだが、これもこの芝居の見せ場の一つである。
ハネイはろくに寝ていなかったから、ぐっすり寝込んでしまう。そのすきに女は手錠の輪の中から手をすぼめてどうにか脱けだすことに成功して逃げようとすると、ホテルのフロントに追ってきた二人の男の姿が現れる。彼らがどこかへ電話しているのを盗み聞きして、スパイ団の一味であることがわかると、今度は安心してハネイの寝ている部屋に戻り一夜を明かす。
男たちの電話によると、今夜パラディアム劇場で何かをピックアップする、そして「39ステップ」がキーワートといっていたのを聞いて、ハネイはそれだと確信する。出し物は「狂った月」。しかし、それだけではなんだかわからない。
五時間後にようやく劇場にたどり着いた。 いったいこの劇場でなにがあるというのか?
一方女は、この陰謀を警視庁に届け出るが、航空省の機密が盗み出された形跡はないという。後をつけた警官も劇場へやってくる。
ちょうどそのとき、聞き覚えのある音楽が鳴り、例のミスターメモリーが舞台上に現れる。幕間の出し物として彼がでていたのだ。同時にハネイは逮捕されようとしている。
しかし、そのときすべてがつながった。書類を盗んでミスターメモリーに記憶させたあと、それを元の場所に戻しておいたから誰も気づかなかったのだ。今夜、機密書類ではなく、ミスターメモリー自身を国外に連れ出そうとしていたのである。
とっさにハネイが舞台に向かって「39ステップとは?」と叫ぶと、ミスターメモリーの頭が作動する。
「39ステップ」とは国際スパイ団の名前。と言い始めるやいなや、二階席から拳銃の音。例の教授がミスターメモリーを撃ったのだ。
瀕死のミスターメモリーの口から、新型航空機のエンジンスペックが語られ始める。ようやくこの内容をはき出すことができると安心したような様子である。しかし、そのままミスターメモリーは息を引き取ることになって、文字通り劇の幕がおりる。

 

パントマイムのおもしろさで見せる芝居なのだが、全体としてみれば残念なことにその要求に役者が応え切れていたとは言い難い。
もっとも、今村ねずみだけはその経験も身体能力も十分ではないかというむきもあるかもしれない。さりながら、この芝居のように筋肉の張りを見せつけるようなスピード感を表現するには彼とてももう五十の坂を越して少々くたびれてしまっている。
他の三人が適役でなかったとも言い切れないが、ここは全身バネでできているような身体表現ができる役者をオーディションでもして集めるべきだった。
米国人の演出家にはたぶんこの辺りは不満であっただろう。

 

物語としては、いかにもヒッチコックらしい話の運びでおもしろい。書類を写真に撮ってフィルムを運ぶというのではなぜいけなかったのかはよくわからないが(それを言ったら野暮というものだ)、ミスターメモリーの存在が圧倒的で、この妙に凝った仕掛けにそのまま押し切られてしまう。つまり、二つの劇場の場面がなければ、ミステリーと言っても平板なものになっていたに違いない。音楽が鳴り、大声で叫ぶ司会者がいて異能の人が現れる。華やかで知的なくせに大衆劇場の猥雑さがあって、それが演劇的だとも言えるのである。列車を使った追いかけっこや農家やホテルでの脇役のうまい使い方で主人公が救われるというはらはらどきどき、仕舞いには主人公がピストルで撃たれ一巻の終わりと思わせる意表を突く展開など、ヒッチコックのサービス精神があふれた楽しい作品であった。

 

この芝居の原作となった映画「39夜」は1935年の作品で、ヒッチコックがまだ英国で制作していた時代のものである。この稿を書くために見たが、最初から二重三重に伏線が引かれていて説得力があり、一時間二十分、息もつかせぬ展開であった。この芝居は実に台詞まで忠実に写し取ったような内容で、こういうものをやろうと思ったのはよほどこの映画が気に入ったからなのだろう。

 

ヒッチコック映画には、ティッピー・へドレン(「鳥」「マーニー」)やジャネット・リー(「サイコ」)グレース・ケリー(「裏窓」)ジョーン・フォンテーン(「レベッカ」)など必ず美人女優が出ることになっているが、この映画のマデリーン・キャロルもいかにも彼好みの美女であった。
ヒッチコックはまた、テレビのシリーズもの「ヒッチコック劇場」を自ら司会を担当しながら(熊倉和雄の間延びした声もなつかしい)長い間制作指揮していたが、これは僕らが子供の頃によく見ていた番組であった。自分のシナリオもあったと思うが、多くは彼が選んだ短編の映像化であった。その中に今でも忘れられない作品がある。
「南からきた男」は、ライターの火がつくかつかないか二つに一つのギャンブルの話なのだが、これになんと自分の指を賭けるのである。あのスパイ団の黒幕の大学教授が「それはこっちの手ではなかったかね?」と手のひらをかざす場面で「南からきた男」が鮮やかによみがえった。映画が先にできたのだろうが、その関係はどうなっているのだろうか?

 

また、この映画には一瞬だけ前方にエンジンがある普通の飛行機の上に大きなプロペラをつけた飛行物体が飛んでいる場面がある。形から見てヘリコプターの原型のようだが、調べてみるとこういう形式のヘリコプターが飛行に成功したのは1937年、つまりこの映画の二年後である。
ということは、ヒッチコックはこの画期的な飛行物体のことをすでに知っていたことになる。おそらく、普通の飛行機のエンジンでは十分な揚力が得られないために、新しい強力なエンジン開発が必要だという情報をどこかで得ていたに違いない。しかもそれが各国間の熾烈な開発競争になっていた。
そこで最後の場面、ミスターメモリーがいまわの際に残した言葉が俄然意味を持ってくる。
「・・・新型エンジンの特徴は圧縮比が増加することです。Rマイナス1からRのガンマ乗の算式で表され、Rは圧縮率、ガンマは端面図に見られる2列に並んだシリンダーの軸の角度が65度、シリンダーの容積も同様である。それがエンジンを完全に無音にする・・・」
国際スパイ団は、英国航空省のこのような極秘情報を持ちだそうとしていたのである。もちろんこれはヒッチコックの描いたフィクションであるが、しかしこの映画は単なる絵空事ではなく、こうした確固たる現実に裏打ちされていたのである。
もちろん劇を見ているときにこんなことは思ってもいなかった。ヘリコプターらしきものを舞台で見せるというのはたぶん難しかっただろう。

 

その後ヘリコプターは、あの大きなローターを回すより強力なエンジンが開発されて今では当たり前に空を飛んで、それは機密事項でも何でもなくなった。
しかし、待てよ。
ミスターメモリーの言い残した言葉にもう一度耳を傾けよう。その最後に「完全な無音」とある。

 

あの時代から巨大出力のエンジンが放つ巨大な轟音は、やはり問題だったのだ。
とすれば「エンジンを完全に無音にする」技術がどこかで密かに開発されていて、この機密を巡る国際産業スパイ団が暗躍している・・・かもしれない。

 

いずれにしても、この芝居があまり話題にならずに終わってしまったのは「39夜」がヒッチコックの代表作の一つとは言え、戦前の作品であり今では知るものも少ないうえに、なんと言っても、こういう作品をおもしろがる人たちがいなくなったからだろう。
もう少し、PRがいきとどいてたらと思うと惜しい気がする。

 

最後に告白しておくと、僕は未だに何故「39 Steps」が「39夜」なのかわからない。

 

題名: The 39 Steps 秘密の暗号を追え
観劇日: 2010/02/10
劇場: シアタークリエ
主催: 東宝
期間: 2010年2月6日〜3月4日
作: パトリック・バーロウ
原作: アルフレッド・ヒッチコック
翻訳: 小田島恒志
演出: デビット・ニューマン
美術: ピーター・マッキントッシュ
照明: 黒尾芳昭
衣装: ピーター・マッキントッシュ
音楽・音響: ミック・プール
出演者: 石丸幹二  高岡早紀  今村ねずみ   浅野和之

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