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2007年3月 4日 (日)

劇評「笑顔の砦」

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摩訶不思議な芝居を見た。「庭劇団ペニノ」という名もどこかおかしい。Yが劇場に住み込んでいる劇団らしいと言っている。そんなバカな話はないのだが、幕が開いて合点がいった。典型的な安アパートの部屋二つが、超リアリズムでたっている。真ん中の壁はあるつもりだが、ない。
完全なシンメトリーになっていて、両側にキッチンの流し台、小さな冷蔵庫、手前に三尺の押し入れがある。正面は出窓、横に出入り口のドアがあって、窓の外には木造の小屋か何かが見えている。天井は照明のために普通は張らないものだが、波打った板が覆っている。
これほど細部に渡ってリアリズムを追求した舞台装置は見たことがない。その執着は異様ともいえる。しかし、その執拗なこだわりが、この劇のシュールな味わいを強調する結果になっていたところを見ると、その辺りの効果は十分計算づくであったのだろう。

 

最初は、上手側の部屋は空っぽで明かりは入っていない。下手側の部屋にはこたつがあって、二人の若い男が寝ている。一人は酒瓶やら皿などが乱雑に乗っているこたつ板に突っ伏して、一人は片方の足をこたつから出して仰向けに転がっている。窓から朝の光が入っているが二人は微動だにしない。
この様子を見て、若い頃自分たちもこうだったと思ったものは多いだろう。それがあまりにも現実的に迫ってくるものだから、あたかも「劇場に住み着いている劇団」の印象を作り出したものに違いない。
やがてこたつに頭を載せている一人、健二(飯田一期)が目を覚まし、もう一人の大悟(山田一彰)も起き出す。二人は仕事仲間らしいが、まもなくドアが開いて、タケさん(久保井研)と寛さん(矢島健)が入ってくると、やりとりからそれが漁師仕事であることが分かる。
タケさんは、四十五歳、結婚願望のある独身男で漁師、寝ていた二人はその手伝いであった。アパートの上の部屋に住んでいるが、この日はタケさんのところで飲んでそのまま寝込んだらしい。寛さんは魚市場の人で、彼らとの遊び仲間である。
タケさんが、かいがいしくみそ汁などを作り、わいわいがやがや朝食を振る舞っているところへ管理人のおばさん(瀬口タエコ)が筑前煮を差し入れに来て居座ろうとする。このおばさんが、がたがたした歯並びに、瓶底眼鏡をかけた突飛なキャラクターで、このシーンだけ登場すると嵐のように去って行くのがなんだか奇妙でおかしかった。そういえば、魚市場の寛さんもこの場限りだったが、矢島健の名前は舞台監督のところにも出ていて、後はそっちの仕事で忙しかったのだろう。こういう場当たり的な役者の使い方も他ではあまり見かけない変な方法である。
他に大学生、亮太(山田伊久磨)が加わって、登場人物の紹介と思える場が終わると音楽とともに溶暗。

 

再び幕が開くと、今度は上手の部屋に薄明かりが灯って、真ん中に置かれたベッドで電柱のように細長い女、多喜子(五十嵐操)がキク(マメ山田)のおしめを換えている。
多喜子は何やらキクに対して小言をいっているようだが、まるで芝居っ気がなくて声も通ってこない。キクは侏儒である。おしめが必要なほど寝たきりかと思ったら、結構そこいらを動き回っている。共同便所が外にあって、おそらく、そこまで遠征は出来ないと言うのであろう。多喜子の長いスカートの中に潜り込んだり、抱きついたりしているが、そのうちに、多喜子が「センターにいってきますからね。」というので、彼女は派遣された介護士であることが分かる。して見るとキクには少しボケが来ていると思われた。ぶつくさつぶやきながら歩き回り、押し入れを開けて小さな仏壇に話しかけたりしている。
このあたりの動きは、やや薄暗い明かりの中で行われるのだが、多喜子のなにかに耐えているような、あるいは消え入るように主張のない(彼女は客席に顔を見せない)態度にしても、キクのアナーキーな動きにしても、秩序あるいは通常の感覚を破壊するような怪しげな雰囲気があって、結構ハードボイルドだなと感じるところがあった。この芝居の独特の味わいが強く出ていたシーンである。
再び、タケさんの部屋に明かりが戻って、男たちが集まってくる。

 

大学生の亮太に魚の裁き方を教えると言うので、タケさんが発泡スチロールの箱から取り出したのはイナダであった。僕の位置からは手さばきが見えなかったが、切り身になった「サク」を見ると完全にプロの技であった。腸を抜いて三枚におろすのだって並みの男でも出来るものは少ない。皮をむき中骨を取るところまで包丁の切れ味を見せるのは修業がいる。久保井研はあるいは板前の経験があるのではないか?
物語はこうした日常を淡々と描いていくのだが、大悟が親元に帰らねばならない事情が出来て漁師をやめようか迷っているというのが僅かに起こるさざ波である。タケさんも気になったのか、三年ぶりに母親に電話をしたりする。
そうした中、男たちがトイレにやってきた多喜子と鉢合わせし、無理やりタケさんの部屋に連れ込んだ。男たちははしゃぐが多喜子は全く反応しない。そのうちに黙って部屋を出ていってしまう。ハンカチが一枚こたつの横に残されていた。
このハンカチを返そうとタケさんが隣を尋ねると、窓から棒立ちの多喜子の首にキクがしがみついている様が見えた。タケさんは仰天して引き返してしまう。

 

何日かして小雨のぱらついている夜、タケさんの部屋のドアが開くと雨に濡れた多喜子が立っている。慌てて中に引き入れこたつの前に坐らせて事情を聞こうとすると、無言の多喜子が、ブラウスのボタンを外しはじめる。こういうところが何ともいえずシュールでおかしい。事情を察知したタケさんは、飛び上がって驚いた。やめてくれ、ちょっと待ってくれと言いながら外に追い出そうとする。市場の寛さんがくれた伊勢エビの入った木箱を無理やり押し付けてこれをやるから帰ってくれと懇願するとあっけなく行ってしまう。
隣に戻った多喜子は伊勢エビを冷蔵庫に入れると布団を被って寝てしまう。
ややあって、冷蔵庫からがさがさと音がするのに気付いて、棒を杖にしてキクが起き出す。冷蔵庫をたたくと音が止むが、ベッドに戻るとまた始まる。それが何度も何度も続いてとうとう癇癪を起こしたキクは木箱をとり出すと、伊勢エビを棒で突いてぐしゃぐしゃにしてしまう。(ヒィヤー、大笑い)

 

やがて、大悟が親元へ帰る決心をしたと報告に来る。漁師仲間の関係も、また新しい局面を迎えるだろう。変らなかった日常に変化の兆しが見えてくるところで二時間の舞台が幕となる。
最後の場面は、キク+多喜子の部屋からベッドが無くなっており、がらんどうの部屋がまた、あれは夢幻だったのかと思わせるところがにくい仕掛けになっている。
作・演出のタニノクロウは医者なのだそうだ。医学部の学生仲間で芝居をやっているうちにこの世界に入ったものらしい。旗揚げは2001年というから、若いのだろうがそれなりの実績である。
以前、手術室が舞台の芝居をやったことがあると言うことだった。もっとも得意とする世界だろうが、今回は、親の面倒を見なければならない世代に、そのことがじんわりと迫ってくるということと、実際の「ボケ」や「介護」の問題を主題に据えて見せてくれた。
といっても、その日はまだ先のことであり、これは想像上の「介護」である。なぜなら介護を要するものが実によく動き回るからだ。耄けているのかどうかさえ定かではない。介護士の方が精気がなく、生きる意欲に乏しいと見えるのは、「介護」を陰画のように映し出してブラックなユーモアで見せようとしたのかもしれない。それにマメ山田のキャラクターはこれ以上ないほどの適役だったといえる。
タケさんの久保井研は、新・転位21の「黙る女」(05年11月)で見知っていた。もともと「唐組」の役者らしいが、客演が多いところを見ると劇仲間のあいだで評判がいいのだろう。「黙る・・・」では幼女を殺した女の亭主で寡黙な副住職役を、その自責の念のために、見ているほうが息のつまるような演技で見せてくれた。

 

今度のタケさんは、漫画に出てきそうなキャラクターのように、のほほんとした中年独身男の日常を淡々と描いて見せた。あの物静かな介護士がブラウスのボタンを外そうとした時の仰天した様子や、窓の外から介護士とキクが抱きあっているのを見た時の驚きが、芝居に立体感作り出し、その才能の一端を見る思いだった。
それにしてもこの芝居は、面白いと思うが、どうしても構造がいびつである。アパートの二室を同時に見せたというのにも幾分かは原因がある。それよりもむしろアパートで巻き起こるそれぞれのエピソード、人物の関連性がどこかでぎくしゃくしているのだ。伏線の張り方もずいぶん露骨である。

 

古田織部は、轆轤で引いた茶碗をわざわざ掌で押しつぶして味わいを表現しようとした。それにたとえていうなら、この芝居は轆轤をまわしているうちにゆがんでしまった茶碗の味わいである。完成度を求めたら失敗作だが、それ自体に味があると言うなんとも奇妙な芝居である。おそらく演劇賞の審査員なら授賞をためらう代物だ。
しかし、この作者はもっとしたたかのようにも見える。
あの舞台装置に見るようなくそリアリズムに執着し、何でもないありふれた若者の日常を意味なく描いて見せたのは、とことんそれをやって、突き抜けたところにある別の世界を描きたかったからではなかったか?それを暗示しているのが、最後に忽然と消えた隣の部屋、キクと介護士が暮らしたあの部屋である。

 

サルバドール・ダリの絵は、克明な具象で描かれている。現実を越えた世界をかいま見たものは、それをくそリアリズムで表現せざるを得ないというのも一つの真実だと、タニノクロウは言いたいようだ。
この若い才能には、注目する必要がある。

 

題名:笑顔の砦

観劇日: 07/2/23

劇場:下北沢駅前劇場

主催:庭劇団ぺニノ

期間:2007年2月22日~3月4日 

作:タニノクロウ

演出: タニノクロウ

美術:田中敏恵

照明:今西理恵

衣装:

音楽・音響:中村嘉宏

出演者:久保井研 マメ山田 瀬口タエコ 飯田一期 山田一彰 山田伊久磨 五十嵐操

 

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