2018年7月 7日 (土)

劇評「ザ・空気 ver.2」

暴力団担当の刑事が、その風貌に於いて鏡をあてたように相手に似てくるということに気づいている人なら、大新聞・大放送局の政治部ベテラン記者の態度風体が保守系政党派閥の親分連中に通ずる空気を醸していることも先刻承知のことだろう。相反するものでありながら、つきあいが濃厚になるとしばしばこのような化学反応が起きるのは人間も究極は物質の一つである以上致し方のないことである。 化学反応には触媒がつきものだ。 彼...

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2018年6月21日 (木)

ジャーナリストの頓珍漢

前回、AIは人間の能力を超えたものではなく、大量のデータを素早く処理する機械であり、蓄積された「過去」を元にしていると言う意味で、その先に来る未来は本質的にConservative=保守的であると書いた。 そうしたら、メールマガジン「田原総一朗公式サイト」から最近(6/12/18)届いた文の中にタイミング良く次のような記述があった。 囲碁や将棋で人間がAIに負けたことやAIのせいでメガバンクが千人...

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2018年6月11日 (月)

AIの本質はなにか。

この間、シンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超える時代)など心配するほどのことではないといったことだが。 AIといえば、映画や小説の影響もあって、自分でなにかを感じ、ものを考えているようなイメージでとらえているむきもあるが、実体は厖大なデータを人間が作ったプログラムに従って処理している機械にすぎない。 再び囲碁の話で恐縮だが、昔、後の二十四世本因坊秀芳が最年少タイトル獲得者になった若手の頃、観...

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2018年3月22日 (木)

AIは、実はIA(Intelligence Amplifier)ではなかろうか?

この間、『一般意思2.0』のことを紹介しようとしたところで、「よく考えると『AI』も実は得体の知れないものではないか?・・・・・・世間が騒ぐ『45年問題』は、スローガンばかりが先走りしていて、本当のところは明るみに出されていない。それは『45年問題』の問題である。」と書いた。 『45年問題』というのは、端的に言えば、2045年にコンピュータの知性が人類を超える時点、「技術的特異点(シンギュラリティ...

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2018年1月 3日 (水)

正月のTVは最悪だ!

暮れに罹った風邪が治らず、不快な正月を過ごしている。 TVの正月特番は、ほぼくだらないので見ないことにしているが、たまたま夜中に起きたら、人をだまし、落とし穴に誘い込んで、落ちたお笑い芸人を笑うというのをやっていた。芸人にはCMの撮影だと嘘を言ってある。何故そんな嘘をつくのかと言えば、通常の番組出演料なら数十万円程度だが、CMとなれば数百万円から上は一千万円台までにもなるから出演者が期待するからだ...

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2017年12月27日 (水)

デザイナーになったぞ!

竹田青嗣 「欲望論 第二巻『価値の原理論』」に取りかかったとたん、予期せぬブレーキがかかってしまった。 使っていたアドビ社「Illustrator CS3」と「Photoshop CS3」が開かなくなって焦ったことが原因だった。 このソフトは、三十年近く前の、たぶんVersion3.0あたりから使い始めて延々金をかけ更新してきたものだ。いま、アドビ社はソフトのDVDでの売切りをやめ、Webによる期...

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2017年12月22日 (金)

「国家とはなにか」(萱野稔人)の続き 竹田青嗣 の「欲望論」がすごい!

9月に書いた『国家とはなにか』(萱野稔人)を読んで考えたこと」には続きがあるように書いてしまったが、あれからずいぶん間が開いてしまった。 ただ、もともと、あの論旨は飛躍しすぎでアップするのが不本意でもあった。と言うのも、本の批評になっていない上に、唐突にルソーから東浩紀の「一般意思2.0」を引っ張り出そうというのではいかにも乱暴に過ぎる。ドゥルーズ・ガタリの『哲学とはなにか』を引用して、あの『アン...

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2017年9月 7日 (木)

萱野稔人「国家とはなにか」を読んで考えたこと(その1)

冒頭の記述は、こうである。 「国家というのは、いかにもとらえがたいもののように見える。」 我々老人にとって「国家」が捉えがたいものに見えると言う感覚は、いかにも理解しがたいものに思える。 というのも、戦後、繰り返してきた不毛な議論の中核にあったのは、結局この「国家」および「国家と個人」との関係をめぐる見解の相違だったからだ。 かなりおおざっぱに言えば、まず、天皇とその臣民で構成される共同体こそ日本...

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2017年8月 8日 (火)

劇評「イヌの仇討ち」

記憶の最初にある大石良雄は、東映正月映画の片岡知恵蔵、そのとき吉良上野介は月形龍之介、大川橋蔵の浅野内匠頭である。同じ頃、ライバル東宝の大石、松本幸四郎(八代目)に先代の市川中車が憎々しげに吉良を演っていて、若大将、加山雄三の浅野内匠頭というのも覚えている。NHK大河、例の「オノオノガタ」(昭和39年)の時は、長谷川一夫になんと滝沢修の吉良だった。 映画もTVも「仮名手本忠臣蔵」を横目で見ながら、...

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2017年3月18日 (土)

劇評「円生と志ん生」(2005年初演)

「あばらかべっそん」は文楽、「なめくじ艦隊」は志ん生の半生記、円生も何か書き残しているかもしれないがあまり贔屓でないから知らない。 酒がたら腹飲めるというので円生(辻萬長)と二人で満州に出かけた話は確か「なめくじ艦隊」にでていた。この二人が終戦の一週間前にソ満国境を越えてきたソ連軍に追われて多くの日本人とともに大連に閉じこめられたときの話を芝居にしたものだ。大連に抑留されていたのは六百日間にも及ん...

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«劇評「私はだれでしょう」(2007年初演版再掲)