2022年12月 6日 (火)

「赤い鳥の居る風景」(2006年9月)

木山事務所の公演を見るのは「桜の園」(01年6月俳優座劇場)以来5年ぶりのことだ。だいぶ前に多少縁があって以来気になっていたが、見たいものもなくて足が向かなかった。どういう風の吹き回しか新国立劇場でやるというのでYが選んだ。記憶をたどって並べてみれば、出し物にこれといった一貫性を感じない。チェーホフから川上音二郎、直近では「はだしのゲン」が当たっているようだ。幅が広いといえばそうでもあるが、老舗...

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劇評「カナリア」(2006年9月)

作者のしゅう史奈の名が、劇作家新人賞の候補に上がっていたのを記憶していたYが見ようといった。他のことは「海市−工房」と言う劇団も演出や俳優もまるで知らない。パンフレットはもらったが、劇のことはろくに書いていない。俳優がつまらぬ「お題」につまらぬ回答をするのが流行っているのか、ここもそれだ。こんな無関係なものを読ませる前に劇団や俳優の紹介ぐらいしろといいたい。劇のほうは、しゅう史奈が今どき珍しい正...

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劇評「アジアの女」(2006年9月)

長塚圭史の名は時々見かけていた。若いから、やかましいパンクロックにでも乗せたガチャガチャした芝居だろうと何となく思っていたが、この芝居を見る限り、いたって冷静で、野田や鴻上の世代のように物事をやたらに派手なイメージに飛ばして見せるようなところはなくて、むしろ世界を理知的に捉えようと志向するタイプの作家だという気がした。   もっとも、栗山民也の注文がどんなものだったか知らないので、これが長塚本来...

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2022年12月 4日 (日)

劇評「書く女」(2006年10月)

何年か前に甲州、塩山から少し北に行ったところへ水を汲みに行ったことがある。初めての場所で、迷っているうちに「一葉のみち」と書いた看板に出会った。大菩薩峠から下りてくるあたりだったが、なぜそんなものがあるのか?まもなく合点がいった。幕末、一葉の両親はここから江戸に駆け落ちしたのであった。苦労して八丁堀同心の株を手に入れ、御家人になった。御一新のあと父親は新政府に出仕、その後事業に失敗して、一葉十六...

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劇評「破戒」(2006年10月)

京楽座は初めてみる名だった。昔、小沢昭一が永六輔らと作った期限付き劇団、芸能座というのがあった。期限が来たらやめてしまうとは勝手な言い分である。しかし、小沢昭一が劇団経営にふさわしいとは思わないからそれも仕方がないかと思ったものである。どうせ長続きしないなら、ハナからやめると断っておくのも手ではある。ところがこの劇団、大まじめで団員を募集した。しかも現役だけでなく学生までも。プロもいたが、芝居は...

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劇評「奇跡の人」(2006年10月)ー石原さとみ

三年前に大竹しのぶと鈴木杏で見た。大竹しのぶの当たり役で、何度も再演を繰り返した名作である。この時の劇評は感ずるところ多かったと見えて、いま読み返してもかなり力が入っている。 装置はそのままだったが、その時と全体の印象がかなり変ったような気がした。キャスティングはむろん一部を除いて交代している。田端智子についてはあとで書くことにして、とりあえず石原さとみには感心した。初舞台ということだったが、小さ...

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劇評「奇跡の人」(2003年3月)ー大竹しのぶ

確か中学英語の教材だったと思うが、手押しポンプからほとばしる水を手に浴びて、この冷たくてさらさらと流れる気持ちの良いもの、これはWATERと言うものなのだとヘレン・ケラーがはじめて理解する有名な場面をいまでも覚えている。英語とは言えその行間からあふれかえってくる幼いヘレンの瑞々しい歓喜が伝わってきて、「人間てすごいなあ」と感動したものだ。 ところが、三重苦という困難をどのように克服したのか、そこに...

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劇評「嗤う女」(2006年11月)

山崎哲の芝居を見るのは、ちょうど一年前の「黙る女」以来である。「黙る女」は音羽のお受験殺人といわれた事件を扱ったもので、我々が知らない事実を盛り込んでなかなか説得力があった。犯罪というものは、子細に眺めると「人間」だけでなく世相が浮かび上がってくるという側面があって、ジャーナリズムは好んでそういう見方をしてきたが、果たして「お受験」熱に侵された主婦の犯行と決めつけていいかどうか、山崎哲は劇を通じ...

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劇評「シラノ・ド・ベル ジュラク」(2006年11月)

「これが男の心意気・・・」と声を絞り、中空をにらんだシラノ・喬三(新堀清純)が長い文机の上に突っ伏すと、あたりには次第に暗闇が迫る。白いものがひとひら落ちてきたかと思うとたちまち舞台一杯に雪が舞い降りてきて、見えるものといえば下手奥に建てられた白木の屋敷の縁側と空に照らし出された一対の障子だけである。やがてシラノ・喬三が静かに起き上がって、番傘を広げると降りしきる雪の中に歩を進める。ここで、大向...

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劇評「イワーノフ/オイディプ王」(2006年11月)

鈴木忠志には「劇的な情念を巡って−世界の名作より」と副題の付いた作品がいくつかあるようだ。新国立劇場には「シラノ・ド・ベルジュラク」と合わせて三本同時に見せるという趣向で持ってきた。「シラノ・・・」は中劇場で一週間前に見た。これは小劇場のほうで、休憩を挟んで二本見せるものである。   「イワーノフ」はいわずと知れたチェーホフの戯曲である。とは言えチェーホフが嫌いな僕はストーリーを知らない。勉強も...

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2022年12月 3日 (土)

劇評「八百屋のお告げ」(2006年11月)

「今夜十二時にお前は死ぬ」というのは何だか落語にあったような話で、それ自身に新味はない。そこから「る・ぱる」の芝居にふさわしいどたばたで、きてれつな展開に持っていくのが鈴木聡の力技である。   鈴木聡は「ハゲレット」を初めてみて、その創造力に感心した。博報堂のコピーライターだった頃見かけたような気がするが、現在のコピーライターの状況を考えれば、芝居の世界に飛び込んだのは大正解だったと僕は思う。...

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劇評「飢餓海峡」(2006年11月)

小学生の頃、わが家には「主婦の友」と「オール読み物」が毎月配達されていた。他に時々「文芸春秋」と「漫画読本」が届いた。母が実家の習慣を持ち込んだものである。菊池寛が麻雀の普及に努めたために、戦前から家族で卓を囲んでいたらしい。文芸春秋=文化の影響をもろに受けていた。良妻賢母の「主婦の友」はご愛嬌だが、文春にしても、新聞は朝日ではなく読売だったところを見るとわが家にはアンチ教養人の気分が潜在してい...

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劇評「チェックポイント黒点島」(2006年12月)

舞台の上に二坪(一間×二間)ほどの大きさの小屋がおいてある。ベルリンの壁があった頃、西側の検問所として使われたものを再現したのだという。チェックポイントチャーリーといった。とは言え舞台がこの検問所のあった時代のベルリンというわけではない。坂手洋二はあの時代に東ヨーロッパを公演で訪れており、その頃の体験を思いだしながら、どことはいえないが、どこか国境あるいは境界線のあるところという設定で、この劇を...

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2022年12月 2日 (金)

劇評「エンジョイ」(2006年12月)

  平田オリザの芝居を見た時に、この岡田利規のような劇がやがて現れるだろうと思っていた。平田の特徴は、それまでの新劇から小劇場の時代、野田や鴻上の芝居に連なる劇の中の会話を、自分たちが普段使っている言葉遣いにしたことだ。リアリティという点で不満があったとどこかに書いている。確かに演劇の言葉は観念的で事大主義で現実からかけ離れていることがある。平田の仕事は、演劇のいわば「機能」をそのままにして、...

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劇評「黒いぬ」(2006年12月)

紀伊国屋ホールの入口は両サイドの真ん中に一つずつある。その列は通路になっていて客席はそれを挟んで前後に振り分けられている。そろそろ時間だというので中に入ると、通路の最前列に大笹吉雄教授始めお歴々が座っているのが目に入った。評論家や俳優のために用意された席だろう。その後ろの座席が埋まっていない。疎らというよりほとんど人が見えないのだ。そんなことは初めてだったので、僕としてはどうも悪い予感がした。観世...

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«劇評「野火」(2006年12月)