2022年4月14日 (木)

伊川東吾さんからのメール

先日、伊川東吾さんから劇評「父と暮らせば」を読んだというメールをいただいた。劇評を誰が書いたのか調べているうちに、僕が笹塚在住と知って、懐かしさのあまりメールしたというのである。このブログのプロフィール欄には郵便番号を載せているからそれでわかったのだろう。伊川さんは笹塚で生まれ育ったという。もちろん面識はない。僕は、1990年ごろから2012年まで、約二十年間笹塚に住んでいた。初めは三丁目、次に...

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2022年2月 8日 (火)

この日曜日(6日)に退院してきた。

この日曜日(6日)に退院してきた。また3月には、修理中の心臓工事のために入院しなければならない。腎臓くんは、心臓工事のために犠牲になったが、過酷な造影剤の攻撃にもかかわらずどっこい今でも多少は機能しているらしい。それにしても造影剤と言うのはどうにかならないものなのか。使った後の数値は明らかに1ポイントばかり下がっていた。もう一度やるから、その時は僕の腎臓くんが最後の力を振り絞って、よく耐えてくれる...

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2022年1月29日 (土)

退院はしたけど

退院はしたけど、まだ本調子ではない。再入院して治療したあと、どうなるか?いずれにしても元には戻らないだろう。こういう状態ではやれることは限られる。冥土の土産に「『中村隆一郎の演劇時評』自選集」でもeBookから出そうかな。と言うわけで、なんとなく取りかかりはじめている。...

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2022年1月20日 (木)

退院が決まった

 とりあえず土曜日に退院が決まったので、ご報告まで。2月に再入院して治療することになった。心臓くんを助ける為に、腎臓くんが犠牲になった格好だ。心臓くんがいかれたら、僕もいかれるからこれでよかったとしなければならないだろう。生きるというのは誠に厄介なものだ。...

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2022年1月17日 (月)

初めての体験

 今日初めて人工透析というものをおこなった。心臓の修理をする為にはまず腎臓がいかれるのを防止しなければならないという訳だ。何しろ自覚症状がないので、こんなこと必要なのかと、今でも疑問である。しかし、血液検査の数値は早晩いかれることを示しているという。昨日まで医学生であったと言う風情の若い医者が男女混合でやってきて、お前の腎臓は立派に病気であると宣言する。ここの大学は、男より女の方が成績優秀らしいか...

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2022年1月16日 (日)

ただ今入院中

この間、「入院してた」と書いたが、実は今入院中で、これを病院で書いている。12月半ばに退院したが、一週間後に、またぶり返して新宿の病院に舞い戻った。今度は、集中治療室で一晩過ごし、翌日一般病棟に移った。どうせ年明け早々に手術の為に入院する予定だったし、家に帰っても生きていく自信がなかったので、そのまま入院することにした。つまり、年末年始は病院で迎え、今に至ると言うわけである。年末年始のご挨拶とい...

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2021年12月19日 (日)

入院してた

個人的なことを書く場所でもないが、しばらく更新していない理由について・・・・・・。10月半ばごろ体調をくずして、我慢していたが、11月に入って間もなくとうとう心不全で入院してしまった。息ができなくなってこのまま死ぬんじゃないかとそれはもう苦しかった。緊急だったので地元の総合病院に駆け込んだのだが、ここでは、一週間で一応回復したとなって退院した。ところが、やや安心して少しばかり無理をして行動した...

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2021年9月 3日 (金)

劇評「反応工程」

率直に言って、僕にはつまらない劇であった。劇評などしてもしょうがないと思っていたら、家人に何度も催促されるものだから、書くことにした。従って、以下はつまらない劇評である。   △   「宮本研は、天才である。」と昔、いまはもう亡くなった友人が言っていた。劇など見ない奴と思っていたのに驚いたのを覚えている。「美しきものの伝説」「明治の柩」「夢-桃中軒牛右衛門の」と並べてみると、僕も同意する。特に...

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2021年8月11日 (水)

劇評「1911年」

昔、大学の本部事務棟が封鎖されたというので、駆けつけると、教室から運び込まれた大量の机と椅子が、ロビーの天井まで積み上げられ、バリケードになっていた。わずかに人一人が身体を横にすれば何とか進めそうな隙間をみつけて、入ると、内部はジグザグに曲がりくねっていて、容易には向こうにたどり着けない構造になっている。一体、こんなものを構築する技を、誰がどこで学んできたものか、あるいは外部から招き入れたものか...

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2021年7月31日 (土)

広告コピーシリーズ「日本料理店」京懐石 京とみ(京都)

 京懐石 京とみ 窓から見える木々の葉が秋雨に濡れて粛々たる翆に沈んでいる。カウンターと小座敷だけのこぢんまりとしたお店であるが、よく手入れの行き届いた庭木や石畳、白壁が美しい瓦屋根の塀などが見下ろせる眺めのいいところである。「借景ですよ」とご主人の富田勝雄さんは苦笑する。ここは祇園のビルの二階、道一つ隔てて円山公園があり、八坂神社の参道口なのだ。一年前に長い間勤めた名門割烹旅館を辞して、ここに...

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広告コピーシリーズ「日本料理店」割烹 まえだ(大阪)

割烹 まえだ  頭に被った烏帽子の紐を顎の下できりりと結んで、白い直垂の袖を括り、左手には真魚箸、右手には柄のついた包丁刀を握って斜め前方に突き出す緊迫の一瞬。包丁式のクライマックスを捉えた写真が一枚、さりげなく掲げてある。ご主人の前田富夫さんは四条流の高弟師範なのだ。お店はカウンターとテーブル席だけのこぢんまりした広さで、白木を多用した明るい内装が割烹にふさわしいすがすがしさを感じさせる。二年...

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広告コピーシリーズ「日本料理店」日本料理 茂里 船場店

日本料理 茂里 船場店 関西料理とか京料理とは言うが大阪料理という言葉はあまり聞いたことがない。「これといった特徴はいえまへんが、相手さんに合わせるのがこちらの料理、それでいながら飽きの来ないというか、大阪の味やなあと実感できる独特の世界があります」と女将さんの森公環さんは言う。そういえば俗に「食い倒れ」とも言うくらいだから、大阪のひとの食に対する関心には並々ならぬものがあるに違いない。その料理...

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2021年7月27日 (火)

広告コピーシリーズ「日本料理店」懐石料理 つきじ田村

懐石料理 つきじ田村 つきじ田村のお正月は「波」で明ける。といっても何のことやらさっぱり分からない。それもそのはず「波」というのはこのたびの歌会始の勅題で、こちらでは毎年そのテーマを拝借して、料理をつくる際のモチーフにしているというのである。波形に盛り付けられたお造りとか、青海波模様の器、波しぶきを模したあしらいなどのように、料理人の想像力を駆使していろいろのところに、しかもさりげなくその主題を...

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広告コピーシリーズ「日本料理店」日本料理あしび

日本料理 あしび 濃い色に塗られた梁と柱が直線を構成する美しい模様を描きながら天井まで組み上がっている。古い日本の民家を模したというインテリアは、高層ホテルの中には珍しい拵えに違いない。強い民芸調ではないが、海外からの宿泊客にも旅情を誘うのに十分な情趣がある。十三年前にホテル直営のレストランの一つとしてオープンした当時は全国の郷土料理を提供しようというはっきりしたテーマがあったが、その後自然に懐...

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2021年7月22日 (木)

広告コピーシリーズ「日本料理店」割烹 多かぎ

前菜がすばらしい。春を告げる魚、白魚を調味液にほんの数分つけて風干しにして、あぶったものに、菜の花の先を微塵に切ってふりかけた菜種干し。わさびの茎をくらげで巻いた粕漬けは、ほのかな香りと辛さに不思議な歯触りの珍しい酒肴である。卵黄を鰹の塩から、酒盗とあえたソースをかけながら焼いた蛤。竹の子の薄切りを巻いて揚げた海老に、湯葉で束ねた黄味そーめんなどいずれも凝りに凝った佳品と言える。霞町から渋谷に向...

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